翼顕現(2)
『ぼくのほうがいただけない』
ジュネがそう言ったのをロドニーは聞いている。つまり、彼自身も正義を行っているつもりなのだ。
『人間をやめないとやっていられません』
司法巡察官である以上、星間法順守を正義としているのだろう。しかし、星間法に従って人を裁き、ときに自らの手で殺めることも是とする。その行為を人ひとりの身で行うのは重すぎる。
『視点を神の領域まで上げないといけないのですよ』
人の身でやろうとすれば葛藤が伴う。だが、迷っていていい立場ではない。その場で正義を行うのだ。ジュネは法と秩序の神のステージに自ら踏み込もうとしている。
(どれだけの覚悟があればそれができる? ジャッジインスペクターってのはとてつもなく重い職務じゃないか)
想像もつかない。
(あいつは「執行せよ」って言った。つまり破壊活動を止めるためなら殺傷も躊躇わないよう命じた。命じるほうの立場なんだ)
死を背負う立場に自分を置くために神になる。その苦しみを自分が一番知っているからこそ、ロドニーが役に引っ張られてどこに自分を置くべきか迷わないよう役者のステージに留まらせようとした。そういうことなのだ。
(お前……)
リリエルが甘えるのも当然だ。あの青年は彼らの行動すべてを司っている。裁定し行動させているジュネをトップに置いた執行機関と化していた。
「うおっ!」
「ヤバいのか?」
デニコレオ教団が差し向けたアームドスキンが数十機迫ってくる。放たれたビームがロケ地まで届いてきていた。それをフンクーン警察機がリフレクタをかざして防ぐ。指揮を執っているのは星間保安機構の機体のようだ。
(嘘だろ?)
実戦はまるで迫力が違う。飛んできた光の筋がリフレクタに衝突すると紫色の波紋を描く。もし、拡散できていなければ、このロケ地はもう焼かれているはず。
「正気かよ!」
目にも留まらぬスピードで飛び交うビーム。その一本いっぽんが当たっただけで人生が終わってしまうのだ。
それなのに、リリエルやその部下も、ジュネも平気でその中に突き進んでいく。彼らの正義を行うために死をも厭わない覚悟を持って。
「なんだよ、これ! 生きてる場所がぜんぜん違うじゃないか! こんなの!」
ロドニーには耐えられない。
ジャスティウイングを演じて、掃いて捨てるほど放った正義の言葉を今は口にできない。怖ろしくてジャスティス・ツーに乗り込むこともできないのだ。今、飛び立てば確実に的になるから。
「悔しいがそのとおりだな」
オイゼン監督も腰を抜かしている。
「ええ、本物は格違いでしたね。我々はもっと現実を知らねばならないのかも」
「だが、あまりに現実を知りすぎれば夢を描くこともできん」
「確かに。塩梅が難しいところですね」
監督と脚本家は創作のプロとして協議している。しかし、ロドニーはそれどころではない。ほんの少し前までアクションシーンのアップをともに喜んでいた仲間が、今は実際の戦いの渦中に身を躍らせている。あまりに現実離れしていた。
「俺は! 俺は……、あそこに飛びだしていく度胸がない。そんな俺がジャスティウイングを名乗っていいんですか?」
尻すぼみになってしまう。
「それは無理な相談。ジュネ君も言っていたのだろう? 君たち役者は上手に嘘をつくのが仕事だ。自分も騙せるくらいのな」
「そうなんですよね。わかってるんだけど……、自分が情けないです」
「せめて糧として彼らの活躍を見届けようじゃないか」
また光球が膨らむ。ジュネやリリエルたちは星間銀河の平和を守るために自らの手を汚している。作中のジャスティウイングのように褒め称えられ、人々の喝采を浴びることもない。ただ淡々と加盟国市民を守るべく戦っているのだった。
「敵うわけないな」
諦念が言葉になってこぼれ落ちる。
「そう言うなよ。それじゃ、どっちが本物なのかわからなくなっちまうだろ?」
「でも、フェズ。あいつらより世間の役に立ってる自信あります?」
「難しいところだな。なにしろ住んでる世界が違いすぎる」
彼ら虚構の住人が実際に悪と対峙することはない。そんなことになれば一瞬で殺されてしまうだろう。
「やっぱり情けないです」
「消化するには時間が必要だな」
そうしているうちに戦闘は終わった。数十機のアームドスキン程度はブラッドバウの敵ではない。何日も一緒に過ごしていた彼らが一番その腕のほどを知っている。
「帰ってくる」
重力波フィンの輝きが近づいてきた。
「リリエル!」
「ギャランティはこのアカウントによろしく。バイ!」
「行っちまうのかよ!」
実在の正義の使者はロドニーの頭上を飛び越えていった。
◇ ◇ ◇
公開された次代シリーズ劇場版第二弾『ジャスティウイング 紺碧の海の凶悪戦隊』は記録的なヒットになった。子供の観客はもちろん、今までに乏しかった緻密なアームドスキンアクションシーンが話題を呼び、大人のリピーターも多数呼び込んでの成功である。
当然のごとくゲストのルーエン・ベベルの人気も大爆発。勝ち気な雰囲気も大ウケで、完全に食われてしまったヒロインのタイニーはご立腹である。
ただし、ルーエンを演じた女優に関してはエンドロールでも名前を伏せられている。ただ、本場のゴート宙区の人間だというのだけが報じられた。
「つまんない! エージェントに直談判して降りてやろうかと思ったわ!」
タイニー・シクレンは撮影現場で不満をぶちまける。
「そう言うなって。準レギュの座は譲ってないじゃん」
「コメント見てないの? 『ルーエン再登場まだ?』を最後に付けるのが定番になっちゃってるじゃないの」
「気にするなよ。お遊びみたいなもんだろ?」
荒れ模様は止まらない。それでも演技に入ればおくびにも出さないあたりが彼女を本物の女優たらしめている。リリエルではそうはいかないだろう。
「聞いてるもの。有力スポンサー勢も制作サイドに再登場を打診してきてるって」
ロドニーの耳にも入ってきている。
「あの連中にしてみれば人気のあるレギュラー増えればグッズ展開も広がって儲かるって単純に考えるかもしれないけどよ、あの機体にしたってブラッドバウオリジナルなんだぜ。デザインの権利関係をクリアするの大変に決まってるじゃん」
「視聴数稼げるだけでも十分って言いだすかもよ?」
「ともかく無理だろ?」
彼は手をひらひらと振る。
「君だってあいつらの正体知ってるんだから、ギャラを弾むから来てくれって言えるような相手じゃないのわかるじゃん」
「そうだけどー、人気あるの腹立つ」
「そもそも、どこにいるのかさえわからないときてる」
デニコレオ教団のテロにしても、発表では星間保安機構が地元警察の協力を得て鎮圧ということになっている。ほとんどの司法巡察官の活動がそういう形で処理されていると脚本家のフェルナンドが教えてくれた。
「もう会うことはないんだよ。向こうから接触しようと思ってくれないかぎりはな」
「むー!」
あれから三ヶ月、彼も未だに視界を赤毛のポニーテールがよぎると目が追ってしまう。あの印象的なオレンジのポニーテールが目に焼き付いて離れないのだ。
「よーし、気合い入れ直そうぜ!」
膝を打って立ちあがる。
「記念すべき『ジャスティス・スリー』の登場回なんだからな。派手に行こうぜ」
「確実にブレイクしそうな回に呼んでもらえたのは嬉しいんだけど」
特注の新アームドスキンが届いたのだ。放送では翼のようにはためかせるグラフィック加工が必須だが重力波フィン搭載機である。
「ロッド! はじめるぞ!」
「うっす! 任せてください!」
(俺は子供に夢を与える。あいつは子供が夢を抱ける世界を作る。役割分担。それでいい)
ロドニーは拳を振りあげて覇気を示した。
次はエピソード『ダイヤモンドの悪魔』『略奪の逃避行(1)』 「で、尾けられているあの船は?」