翼顕現(1)
「この翼の前に影など無し! 正義の力、思い知ったか!」
全滅した敵役機を前にロドニーが見得を切る。お決まりの台詞が決まり、台本上はこのあとにヒロインとのシーンがあってエンディングとなる。
(これでアクションシーンはアップかぁ)
リリエルとのお別れのシーンもすでに撮り終えているし、ブラッドバウとの契約はこれで終了。最後まで見学していた彼らはアップを祝って一緒に拍手してくれている。
「いつもより熱が入ってて良かったぞ、ロッド。昨日はどうなるかと思ったがね」
降機した彼の肩を監督が叩く。
「心配掛けてすんません。もう大丈夫ですから」
「一皮剥けた演技だった。ジャスティウイングは安泰だな」
「俺も引退ですかね?」
フェジーもやってきて握手を交わす。
「とんでもない。これからもご指導お願いしますよ」
「こいつ、口まで上手くなりやがって」
「まだまだ伸びるぞ、ジャスティウイングは」
スタッフ皆と笑いあった。彼自身も感触を掴んでいる。
(これが契機ってやつなのか? 自分でもわかるくらい変わるときってあるもんなんだな)
気持ち的に吹っ切れたのは大きい。
撤収準備に取り掛かるスタッフ陣。ロドニーは契機を作ってくれたリリエルたちにも挨拶しとこうかと思う。しかし、彼らはアンダーハッチから降りてこようとしない。
「リリエル、撤収が済んだら今夜は打ち上げがあるんだが?」
お別れの場に誘う。
「ごめんね。ちょっと付き合えそうもない」
「なんでだよ」
「釣れたから」
それと同時にサイレンが鳴り響き、海岸を望む街の上空から一斉にフンクーン警察のアームドスキンが飛びだしてきた。ロケ地を取り囲むようにバルカンランチャーを構える。
「うげ、何事だ?」
彼は監督たちと目を丸くした。
「警告する。君たちの動きは把握している。それ以上接近するな」
「ジュネ?」
気づけばトレーラーヘッドの上に青年が立っている。σ・ルーンを介してオープン回線の警告が耳に飛び込んできた。彼が顔を向けている海の彼方に小さな点が幾つも生まれつつある。
「星間法第二項第二条」
ジュネが続ける。
「星間銀河圏の公宙通行の安全を脅かす行為を禁ず。これに反する行為を認めている。直ちに機体を停止し、投降せよ。さもなくばぼくの権限において強制的に戦闘行為を停止させる」
「なんの権限だ。我らは神に仕える者として正当な行為しか行っていない」
「その正当は認められていない」
ジュネがフィットスキンの胸にある『BV』のロゴを指でなぞった。するとロゴは『GJI』に変わる。
「GJI?」
耳馴染みのない略称だった。
「司法部巡察課……。まさかジャッジインスペクター!?」
「ほんとですか、ナンドさん?」
「本当だ。あの略称にはすごく特殊な意味がある」
司法巡察官。星間管理局における特殊な役職を示す。捜査権を有する特別な司法官。自ら捜査しその場で審決を行う権限の持ち主。星間法の執行のすべての権限を有する者だ。
「まさかお目に掛かれるとは」
博識な脚本家でさえ呆然と見あげている。
「ジュネ、お前」
「スコット・オイゼン監督」
「私か?」
呼びかけた相手は監督だった。
「創作者として社会風刺的な作品づくりはかまいません。でも、多少は濁すものですよ。あまりに露骨に描くと相手を怒らせてしまう。あのデニコレオ教団の者たちみたいに」
「あれは、そうなのか?」
「ええ、戦闘部隊を持つような相手を刺激するものではありません」
確かに二ヶ月前に放送された話数でカルト教団を敵として扱った。ジャスティウイングが成敗する相手に設定したのだが、それが今日の事態を生みだしたという。
「投降する気配はないね」
点はだんだんと大きくなって接近してきている。
「星間法違反による逮捕および破壊行為抑止のために強制停止を行う。執行せよ」
「了解よ、ジュネ!」
「やるっすよ!」
「手伝ってあげるだけなんだから!」
ジュネが指し示すとリリエルやその部下が次々にアームドスキンに乗り込んでいく。それだけでなく、頭上を多数のアームドスキンが飛び越えていった。
「ルシエルにパシュラン。レイクロラナンそのものが彼のアシストなのか」
フェルナンドが見あげながら言う。
「アシストってなんすか?」
「ジャッジインスペクターの逮捕権の行使を補助する人員のことだ。普通は数名っていわれてるがチームで抱えてるらしい」
(いったいなんなんだ?)
物腰の柔らかいただの青年に思えたが、大きな勘違いだったようだ。
リフトトレーラーの荷台トップボードが開いて折りたたまれていく。ジュネはそこへと降りていった。しばらくすると深紫色のアームドスキンが上半身を持ちあげる。
「これは、まさか!? 嘘だろう?」
脚本家は絶句。
胸の装甲には金翼のエンブレム。それが司法巡察官を示すのはロドニーも知っている。稀有な存在である彼らはドラマの登場人物としても取り扱われることが少なくない。
(でも、会えるのは奇跡みたいなもんだって)
それが常識。
「なにを驚いているんですか、ナンド? 珍しいのは知ってますけど」
「違う。あのシルエットは……」
立ちあがったアームドスキンは背中に備えた三本の支持架を展開する。折りたたまれていたエルボ状のフレーム部分が天を指し、そこに金色に輝く重力波フィンが発生した。それはまるで翼を模しているがごとき外観をしている。
「ジャスティウイング!」
驚愕の声。
「それは俺。違う。もしかして巷を騒がせているもう一人のジャスティウイングのほうですか?」
「そうだ。僕は調べたことがある。何者なんだって。まさかジャッジインスペクターだったなんて」
「あいつがもう一人のジャスティウイング!?」
衝撃の事実だった。ロドニーも当然色々と訊かれることもある。実在して正義の行いをする謎のアームドスキンとの関係性をメディアで問われるのだ。スタッフと協議して知らぬ存ぜぬで通してきたが、そのジャスティウイングが目の前にいた。
(あれは確かに翼だ)
なぞらえて正義の翼と呼ばれるのも当たり前のフォルムをしていた。
ふわりと浮いた深紫のアームドスキンは「フィーン」と金翼を鳴かせて飛び立っていった。先行するリリエル率いる部隊を追って。
「そうか。彼は潜入捜査を……、違うな。囮捜査のために我々のところに潜入していたんだな」
脚本家は納得している。
「どういうことなんだね?」
「例の話数のことでデニコレオ教団が僕たちを害そうと企んでいたようですよ? それを察知したジュネ君は撮影現場に潜入して待ち構えていたのだと思います」
「では、撮影に協力してくれていたのはついでだったと」
別目的のために行動していたらしい。
「身分を明かせないですよね。あのアームドスキンを見せるわけにもいかない。そこからバレてしまいます」
「それであいつ、契約パイロットとして参加していなかったんですね?」
「すべて納得したよ、ロッド」
フェルナンドは『ジャスティウイング』の脚本家として実在するほうのジャスティウイングの動きも追っていたという。しかし、いくら調べても疑問は解消しなかった。なぜこれほどに噂になっても彼を捕らえようという動きがなかったのか。
「当然だね」
フェルナンドは頷く。
「ジャッジインスペクターの行動は周到に秘される。星間銀河圏加盟国は守秘義務を課されるし、情報をハイパーネットに載せようとしても星間管理局がシャットアウトする。表に出ないはずだ」
「じゃあ、今回も?」
「我らは加盟国市民として口を閉ざさないといけない」
(正体を知ってても黙ってなきゃいけないのか。逆にいえば、あいつは誰もわかってくれないのに秩序のために戦っていると)
ロドニーの胸に青年の言葉が染み込んでいった。
次回エピソード最終回『翼顕現(2)』 「生きてる場所がぜんぜん違うじゃないか!」




