正義を象るもの(3)
ジャスティス・ツーが大上段から腕を振ると敵役アームドスキンが動きを止める。すかさず振り返って拳を合わせるような格好。次に腕を真横に振りながら駆け抜ける。
「カット! ……ちょっと休憩にする」
「…………」
放送される映像内では両機ともブレードを握っている。一機目が真っ二つにされたあと後ろの二機目と刃を合わせ、胴を薙ぎながらすり抜けるアクション。
敵役二機ともがこのあと爆炎を放って四散するグラフィックが重ねられる。なのでトリミングを簡単にするために敵役は静止している。
「どうした、大将。動きにキレがないぞ」
地上に降りたところで肩をどやされた。
「はぁ」
「監督たち、苦り切った顔してるじゃないか。OK出してるけど全然納得してないぞ?」
「でしょうね」
状態は自分が一番わかっている。迷いがあるのだ。むしろ迷いしかない。それでいいのかと思いながら動いているから当然アクションに冴えがなくなる。
「駄目ですよねえ、こんなんじゃ」
「飲み過ぎか?」
冗談を言っているのはフェジー・デコモンド。初代ジャスティウイングである。出番がないのだから、今一つな演技をする後輩に発破を掛けにやってきたらしい。
「わかってるのなら気合い入れろ?」
「うっす」
「その感じじゃ無理そうだな。なにがあった?」
「実は……」
打ち明けようとしたところへリリエルまでもがやってくる。片眉を上げて腕組みしている様子を見るとプロの目にも適わなかったらしい。
「しゃんとしてくれない? こんなペースじゃ終わらないじゃない」
「悪い」
ため息をついて表情を和らげる。二人の様子を見て自覚しているのは気づいたようだ。
「なんなの?」
先輩とプロを前に気後れするが黙っているのは無理そうだ。
「昨日の夕方な、君んとこのジュネ君に覚悟を問われてね」
「覚悟? ジュネが?」
「なんだそりゃ」
経緯を説明する。正義を象るものの行いについて問われたこと。それに彼が答えを持っていなかったのを話した。その所為でいつもどおりの思い切ったアクションができないでいると。
「なるほどな。そいつは厳しく言われたもんだ」
「んで、整理がつかないままやってるもんだから」
「そういうこと。ふっ……」
リリエルは鼻から吹きだしたあと爆笑する。さすがに苛立たしくて怒りが顔に出てしまう。彼女をにらみつけた。
「笑い事じゃないんだぜ?」
笑いの発作は収まらない。
「苦しんでるみたいだから勘弁してやってくれ」
「だって……、しょーもないことで悩んでるんだもん」
「しょーもないことって!」
食ってかかる。
「俺にとっては一大事なんだよ!」
「勘違いしてるの。ジュネは別にあんたに覚悟を問いただしたわけじゃないんだから」
「ち、違うのか?」
正義を謳うならそれなりの覚悟が必要だと言われたような気がした。いわゆる中の人も問われるだろうと。ところがリリエルは違うと言う。
「その覚悟をしないといけないのは実際に人を殺めるような仕事をしているあたしたちの側。あんたには無用のものでしょ?」
怖ろしいことを平気で宣う。
「自分たちって」
「そうじゃない。ジュネの言うとおり、自分の行いを後悔しているようではやっていられないもん。その時々、相手の死を背負う覚悟がないといずれ自滅すると思わない?」
「あー、そうなるよな」
精神的なバランスを失ってしまうだろう。
「だからフィットバーに乗せた腕に覚悟を宿すのよ。これは誰かがやるべきこと。それが今回自分であったと。やり切ると心に念じ、背負うと決める。それが正しかろうがそうでなかろうが」
「そこまでの覚悟をするものなのか」
「ええ、自身を恥じないために」
ギャランティや義務感だけでそれをやろうとすれば破綻するという。壊れないためには常に心の準備が必要なのだそうだ。
「でも、あんたは違う。悔いることなんてない。本当に人殺しをしているんじゃないもん」
改めて言われるとぐさりと刺さる。
「じゃあ、なんであんな話したんだよ。必要ないなら悩ませないでくれよ」
「勘違いしてるって言ったじゃない。あんたに必要なのは上手に嘘をつく術。ジュネはそれを身に着けておけって言いたかったの」
「はぁ? 嘘?」
予想外の方向の結論だった。
「だって、ここは嘘で固められた世界じゃない。そっちのほうがわかってるはず」
「もうちょっと控えめな言い方してくれ、嬢ちゃん」
「あんたのほうがわかってるでしょ、初代さん。首までどっぷり浸かってるんだもん」
フォローしようとしたフェジーを横目で見るリリエル。彼女にゆらぎはない。
「でも、一般の人はそこまで器用じゃない。特に子供はそう。だから、ロッド、あんたにジャスティウイングを重ねてくる。彼はそう言わなかった?」
確かにそのとおりであった。
「いざ問われたとき、戸惑ってたら駄目でしょ? 子供は幻滅してしまう。だったら綺麗で上手な嘘を用意しとかなきゃ」
「あ!」
「虚構の世界に生きるなら、あたしたちとは別の覚悟が必要だってこと。最後まで嘘をつきとおしなさい。そんなに難しいことじゃない。相手はいずれ大人になるんだもん」
道理である。
「そっか……」
「そうなんだよ。俺も前に同じ壁にぶち当たったことがあってな」
「フェズ、あなたでもです?」
初代も当然同じ立場。子供に正義を説く存在。近く接することがあれば当たり前のようにジャスティウイングとしての振る舞いを求められる。
「要するに折り合いを付けとけってことだ」
フェジーはそう切りだす。
「自分の中で整理ができてなきゃ上手な嘘をつくこともできない。俺たちに必要な準備はそっちのほう。あの兄ちゃんはそれを言いたかったってことらしいぜ」
「あー、もう! 回りくどいんだよ、言いまわしがよ! そんなんじゃ子供にウケないぜ!」
「それこそ不要。ジュネの覚悟は重いほうのものだし」
リリエルのまとう空気がスッと冷える。
「神の視点に進むって言ってるんでしょ? それは人間やめるってことだもん」
「う、あいつ……」
「お前さんよりずいぶん大人じゃないか」
要するに人間として持っているものを全て捨てていくということ。それができなければ、彼は自分との折り合いが付けられないと思っているのだ。
(置いていかれて堪るか)
自分より幾つも若い青年のほうが先に行ってしまっている。
「でもなー」
引っ掛かりがある。
「俺、子供に堂々と嘘をつく大人になりたくないんですよ」
「この商売じゃ難しいだろ?」
「そうなんですよね」
二律背反にため息が出る。
「そこまで重く考える必要ある? あんたたちの創ってるのは教科書じゃないでしょう? 嗜好品よ。どこを味わうかなんて本人が決めるもの。相手が子供であれば、それを決めるのは親であってあんたたちじゃない。そう思わない?」
「ごもっともだ」
「取り繕うのは罪じゃないの」
(綺麗な嘘か)
そこに行き着く。
「すんません、フェズ。俺、監督に今までの分、撮り直しを頼んできます」
「おー、吹っ切れたか?」
「俺が今のジャスティウイングですから」
ロドニーは立ちあがると撮影スタッフ陣の輪へと走っていった。
◇ ◇ ◇
「あいつ、吐いた?」
リリエルはジュネに訊く。
「駄目だったよ。聴取するGSO捜査官も自決させないよう配慮するのが精一杯で、それ以上は無理だってさ」
「厄介ね。派手なことになる前に引きずり出せればベストだったのに」
「組織が大きすぎて裏側で処理するのは難しそうだね。君たちの力を借りないと片づきそうにない」
任せろと上目遣いで見る。
「待機させてるからいつでも大丈夫」
「頼むね」
「そのためにあたしたちがいるんだもん」
(一人で行かせたりしない。そこが神の領域だって)
リリエルには別の覚悟もあった。
次回『翼顕現(1)』 「ごめんね。ちょっと付き合えそうもない」