正義を象るもの(1)
闇の中から人影がにじみ出てくる。彼にとって暗闇はそれほど意味のあるものではない。高性能σ・ルーンは目の機能を軽く凌駕している。
「どう?」
リリエルは人影が変化した青年に尋ねる。
「液体炸薬爆弾が六個。怪しげなものを簡単に持ち込むことができるとすれば機材スタッフかな」
「仕掛けられてたのは?」
「アームドスキンばかり。とりあえず警告ってことだと思う」
ジュネが下げている大型のケースに入っているのだろう。処理されているので爆発する危険はないはずだが念のための措置。
「洗えば簡単に見つかりそうね」
身近な危険は排除できる。
「うん、処理しよう。まだ大事にする段階じゃない」
「大元まで引きずり出す?」
「これ以上潜り込んでいるのは不自然になる。今回で片をつけたいね」
リリエルたちが撮影に参加しているのは表向きの契約がメインではない。妨害工作を未然に防ぐためのもの。
「まさか向こうから釣れてくれるとは思わなかったよね?」
運が良かったと思う。
「どうやって入り込もうかと思ってたけど楽できた。仕掛けた甲斐はあったかな」
「あー、これみよがしに宙港で待っていたのもそうなの」
「確率は低いけど掛かってくれればと思ってた」
そこも意図的だったらしい。
「レイクロラナンが目立つのが役に立ったってことよね?」
「とても有用だったよ」
「んふふ、それならいい」
ご褒美をねだるように瞳を閉じる。唇が蕩けるのではないかと思うくらいのキスをもらった。
「トレーラーのベッドで寝ておいで」
「ジュネは?」
「荷台の中身を軽くチェックしたら寝るよ」
軽く頬を触れ合わせたあとに背中を見送った。
◇ ◇ ◇
本番中以外はいつも喧騒に満たされている撮影現場だが、今日は怒鳴り声まで響いていた。
「バシモ! バシモ! あの野郎、どこ行きやがった?」
「いいっしょ、チーフ。あんな奴。見習いのくせに反抗的で口ばっか達者で」
「だからってバックレていいわけじゃねえ。くそ! あのエージェント会社、次から使わねえ」
(機材班、大騒ぎだな。一人消えたのか。まあ、きついから途中で逃げだすのなんてざらだけどな)
ロドニーは苦笑い。
「さあ、いよいよジャスティウイングの出番だぞ? 明後日中までには終わらそうじゃないか」
脚本のフェルナンドが景気づけに声を掛けてくる。
「うっす」
「それが済んだらロケ区域は解体して街中の撮影を残すだけ。ブラッドバウとの契約も終わりにできる」
「そっか。もうお別れかぁ」
生身のリリエルの出番は先に撮ってある。あとはアームドスキンアクション絡みの部分の撮影のみ。
(さすがスコット監督だ。なんだかんだでかなり助かったぜ。慧眼には恐れ入る。いい出来になりそうだ)
それも一両日中には勝負が付く。
「装着済んだぞ、ロッド。チェックしろ」
「動作チェックまで済ませてくれよ」
「うるせ! お前、いつも最終チェックは自分でしたがるじゃねえか」
ジャスティス・ツーはジャスティウイング形態になっている。クライマックスの撮影に向けて組み替えられたのだ。
「開くぞ!」
「やってくれ」
ジャスティス・ツーが立ち上がり、背中のパルススラスターを展開する。精密に作られたウイングユニット。折りたたまれていた一本いっぽんが楕円形のパルスジェットを広げた。
その様はまるで翼のごとく。ジャスティウイングの形容詞である翼は最も重要なギミック。細かな駆動チェックまでしっかりとやった。
「OKだ。動作に合わせて駆動もしてる」
「よし。いつもながらありがとさん」
機材スタッフを労う。
アームドスキン本体を除けば一番高価なギミックである。整備にもかなり注力されていた。
「見事なものね」
リリエルがアンダーハッチに立って見ている。
「どうだろな? 下手すりゃ君のゼキュランの重力波フィンのほうが翼だって噂が立っちまうんじゃないかって心配してるスタッフもいるぜ」
「これ? 翼っていうより虫の翅のほうが近いでしょ。あんまり駆動範囲広くないし」
「それでもな。金色の光の力場とか幻想的じゃん」
純粋に憧れる。
「監督とも膝割って話してるんだ。ほんとに専用機を特別発注できるんなら思い切って重力波フィンタイプにすべきなんじゃないかって」
「お勧めしない。翼っぽくすると強度計算、大変かもよ」
「そうか、本体から直接展開してるから強度的に間に合ってるのか」
とかく複雑なギミックはデザインが格好良くても再現は困難。ジャスティス・ツーのウイングユニットにしても実際には強度が足りずにスラスターとして機能はしない。パルスジェットの噴射光はあとからグラフィックで合成している。
「重力波フィンが自由に変形できたら完璧なんだけどな」
「無茶言わないで。そんな簡単な理論で形成できるものじゃないの。力場の展開コントロールはゼキュランでもデリケートな部分なんだから」
「ままならないねぇ」
理想は遠い。
「それこそグラフィックに頼りなさい。あれなら自由自在でしょ?」
「実際は普通の重力波フィン機にして基部からグラフィックの翼を生やすか。有りだな」
「実際には存在しないものになるけどね」
そんなことを言いだしたらキリがない。子供に夢を見せる作品なのだからリアルに執着する必要なんてないのだ。
「さあて、一丁派手にやりますかぁ」
「戦闘シーンはアドリブ多めになるから映像チェックはしっかりやってもらって。悪目立ちしたら雰囲気壊れちゃうでしょ?」
「そう思うんなら控えめにしてくれよ」
「そこだけ演技力を求めないで」
彼女は朗らかに笑いながら言う。小ざっぱりした性格が心地いい。作品作りのバディとしても優秀だと思えるようになってきた。
(まあ、あいつに惚れ込んでるみたいだから、なびかないだろうけどな)
無理筋だろう。
(でも、俺の勘だと彼女はウケる。公開されたら確実に再登場を望む声があふれるだろうな。そしたらまた一緒できるかも)
予算に余裕ができれば本格的な出演交渉もできる。こちらの世界に引っ張り込めるかもしれない。
(戦闘職なんていつまでもできるもんじゃないし、将来的にもいいんじゃないかと思うんだけどな)
リリエルには十分目を引くだけの華がある。危ない橋を渡り続けなくとも安泰な道はあると思うのだ。今のままではもったいない。
「はじめるぞ!」
「シーンK34、回しっぱなしで行く。スタート!」
助監督の号令でアームドスキン戦闘シーンの撮影が始まった。
◇ ◇ ◇
陽が傾いてきたので今日の撮影も終わり。ロドニーは駐機姿勢のジャスティス・ツーがチェックされているのを確認すると熱いシャワーで汗を流した。
冷たいドリンクの入ったタンブラーを片手に外に出る。夜風が流れ込みはじめている海岸は身体を冷ますのに丁度いい。
(おっと)
ロケ地の外れまで来ると丸太に座る青年が一人。ジュネは紫と緑という不思議な瞳を海へと向けているが、そこに光を感じていないという。
(変わった奴だな)
よく動く男だった。頼めば雑用も嫌がらずにする。体格のわりに力も強い。助けてもらったタイニーなどは気になっているようでまとわりついている。しかし、彼はさらりと躱していた。
「なんか用ですか、ロドニーさん?」
一瞥もくれずに言ってくる。
「見えてたのか。その特注品は優秀だな」
「ええ、これのお陰でこうして暮らせているんで」
「疲れたか? 慣れないことばかりだろ」
上手に馴染んでいるように見えても気苦労はあるだろう。
「興味深いですね」
「そうか?」
「皆が一丸となって夢を創ろうとしている。一生懸命なのは素敵なことでしょう。その先になにがあるのかはなんであれ」
(ん?)
ロドニーはその言葉の含みに眉を寄せた。
次回『正義を象るもの(2)』 「正義の前になにをしてもかまわないと思いますか?」