撮影開始(3)
ジャスティウイング乗機の『ジャスティス・ツー』は、普段は一見して汎用型の安物アームドスキン。いざ悪を懲らしめるときは高機動用バックパックおよび増設装甲を装着して見違えるようになるという設定。
今は汎用型の形態だが、終盤のジャスティウイングとしての活躍シーンになると増設ユニットに換装する。実際には敵役を含めて、他のアームドスキンが協力してユニットの装着をする手順。
だが、放送する映像内では輸送船ディケオス号の中で自動換装するグラフィックがバンクシーンになっていた。複数の自動アームがユニットを装着して形が変わっていくシーンは子供たちに人気のパートである。
(グラフィックに頼ってられない。アクロバットができなきゃ、この先十年ジャスティウイングをやっていられないぜ)
ロドニーは焦燥感に駆られる。
「俺の練習台にもなってくれよ」
居ても立ってもいられない。
「いいですよ。でも、機体にもしものことがあるのはいただけませんね」
「加減くらいできる。アクション磨かないといけないんだよ」
「わかりました。お互い壊さない程度に」
ジュネが悪役スタントパイロットを相手している間に準備する。自分になにかあっても困るのでヘルメットを被ろうとしたらタイニーがやってきた。
「やっととっちめる気になってくれた?」
「どこ見てんだよ。俺の腕であいつに敵うと思ってる? とてもじゃないが無理だ」
「なによ! もうちょっと張り切ってくれたって……」
言い募ってくるのを振り切ってコクピットに。気配りしていられないほどの熱いものが胸の中に湧きあがってくる。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
「頼むぜ、相棒」
『機体状態は正常です』
(本場の奴と本物の格闘。どこまでいける?)
手汗を感じる。
「よし、いいぞ」
ジャスティス・ツーを立ちあがらせてかまえる。
「いつでもかまいません」
「全開で行くぜ! うおおー!」
気合いとは別に振りはコンパクトに。アクションが上達するうちに、第三者視点で見て格好良く感じるパンチ。大振りは悪役に任せればいい。ヒーローは最小限の動きで倒していくのだ。
「むっ!」
「へぇ。なるほど」
手の平で受けられた拳が勢いを殺される。ベクトルが変換されて代わりに肘が飛んできた。大振りしてたら確実に食らうところだが、重心を残しているので躱せる。
「くぅ!」
「勉強してますね」
頭は逃しているも、肘も寸前で止まっている。彼は当てるつもりなどなかったようだ。拳を引きつつ下がる。しかし、合わせて踏み込んできた。
「げっ!」
「流れの中で油断は禁物です」
掌底に作られた左手が伸びてくる。右手で払って左の拳で撃ち抜こうと狙う。ところが掌底は変化して右手を取られた。機体ごと引かれて前のめりになる。そこへ右の掌底が胸の前に。寸止めしてくれていなければ一撃食らって意識が飛んでいたかもししれない。
「こうやってフェイントを混ぜると効果的です。どう見せるかはあなた次第ですけど」
「確かにアクションとしては地味だよな」
胸を軽く押されて間合いを取られる。軸足を決めると鋭いストレートを送り込んだ。ジュネも拳を受けつつ踏み込んでくる。手首まで取られて崩されると、足を掛けられ横倒しになりそうになる。
「まだ!」
「そこで踏ん張っては駄目なんですよ」
ひねられると機体が浮いた。気づけば上下が逆になっている。泡を食ったが、青年はさらにひねりつつ引き込む。ジャスティス・ツーは一回転して足から着地していた。
「崩し方はぼくを、倒れ方は悪役の方々が専門家です」
「上手く転がされるとこだったのかよ」
真似をしろと言われる。ようやく練習の方法が飲み込めてきた。派手なぶつかり合いも熱い展開だが、ロドニーが望んでいるような玄人ウケもする流れるようなアクションはジュネが参考になる。
(こいつ、俺の芝居を見て、なにを求めてるのか見抜いてたのか)
ずっと模索していた形を見せられている。
習得して、織り交ぜるようなアクションシーンができるようになれば一皮むけられそうだ。ロドニーは気を引き締める。
「続けようぜ」
「いいですよ」
膝から飛ばして爪先を振り抜く蹴りは下がって躱される。降ろした足を軸に回転して後ろ回し蹴りを重ねた。今度は低く滑り込んでくる。伸び上がってくる銀色の機体に肘を落とした。
右腕でこすり上げられ逸らされる。半身の背中合わせになったところで裏拳を飛ばすと簡単に掴まれた。引かれて相手の背中に乗ったジャスティス・ツーは跳ねあげられて宙を一回転。
「っとぉ!」
「今のを低く決めれば叩きつけられます」
「そうなのかよ!」
着地した機体が滑るのを前傾で止める。組み付きに行くと、さらに低く来たジュネの掌底が顎の下に。思わず固まったところで腕を絡められて横投げにされる。
(これは受け身取れない!)
夢中になっていた。軽い組手のつもりが周りが見えなくなっている。視界の隅に走り寄ってきたタイニーが発破を掛けるように大声を出している。
「来るな! 避けろ! 倒れるぞ!」
「困ったものです」
反重力端子を効かせるがもう遅い。回転しはじめた機体は止まってくれない。近すぎてパルスジェットを噴かすこともできなかった。
(ヤバい!)
リリエルが言っていた事故になる。
「ひぃ!」
「くそ!」
ところが、ジュネは絡めた腕を外してジャスティス・ツーを上に放り投げる。だが、反動で立て直すはずだったパシュランのほうはそのまま倒れ込んでしまう。
右手と片膝でうつ伏せになった銀色のアームドスキンがタイニーに被さって守る。そこでようやくロドニーはパルススラスターを使って立て直すことができた。
「ばかやろう!」
「う……」
着地した彼は迂闊なヒロイン役を叱る。
「格闘やってる足元に駆け込んできてどうする? こいつが庇ってくれなかったら、危うく下敷きになるか黒焦げになるかどっちかだったぞ!」
「ご、ごめんなさい」
「ほどほどに。彼女は不慣れなようです」
ジュネが庇う。横で降着姿勢になってロドニーが降りていくとタイニーは涙ぐんでいた。
「なんともないか?」
「うん」
「気を付けろよ」
パシュランも降着姿勢を取って青年を吐きだす。身軽に降りてきたジュネも彼女の身体を気遣ってくれた。
「こらー! あたしが居ない間になにしてるのー!」
怒声が飛んでくる。
「あ、いや。これは……」
「関係ないジュネを狙うとかどういう了見? 文句があるなら直接あたしに絡んできなさい!」
「稽古つけてもらってただけだって!」
憤然としたリリエルは容赦してくれない。今にも殴りかかってきそうな勢いだった。
「大丈夫だよ、エル。そのくらいで」
「でも!」
眉を下げて彼を見ている。
「こんなに汗だくになって」
「ヘルメットがトレーラーの中でさ、フィットスキンのエアコンの効きが悪かったんだ」
「もー!」
リリエルは持っていたタオルで首元や後ろ髪を拭っている。その様は気遣いの域を超えているように思えた。
「そんなに甲斐甲斐しく世話をするとはね。よほど惚れてるんだな?」
つい茶化す。
「黙ってなさい! 拭いてあげないと見えないんだから!」
「は?」
「彼は目が不自由なの!」
わけのわからないことを言う。
「嘘だろ。そんな馬鹿な」
「σ・ルーン補助がないとなにも見えないんだから。首元とかはカメラに映らないから確認できないの!」
「ほんとなのか!?」
信じられない事実だった。
(こいつ、σ・ルーンはパイロットとして着けてるんじゃなくて生活補助用だったのかよ。それなのにこんなに乗れるとかおかしいだろ)
リリエルを宥めるジュネを、ロドニーは信じられない思いで見つめていた。
次回『正義を象るもの(1)』 「金色の光の力場とか幻想的じゃん」