撮影開始(2)
「くぉわっ!」
「あ、ヤバ……」
「カぁーット!」
黄色いデュミエルに弾かれて敵役機が転ぶ。そこは反対に押しのけられる場面だったので撮影が止まる。
「なにやってんの、ドリー!」
「すんません!」
「ごめん。つい力入っちゃって」
「気ぃつけてくれよ」
ゼレイという少女が助け起こす。やり直しになるが、乱れた地面を整えないと再開できない。ちょうど昼の頃合いなのもあって食事休憩が告げられた。
「食事はそんなに悪くないのよね」
リリエルはホットミールのトレイに舌鼓を打っている。
「出演陣はね、それなりに優遇されてる」
「そうなの、ロッド?」
「スタッフは準備で食べる時間もそこそこさ。しかも、これほどのランチは用意されてないしな」
スタッフのパイロットが乗り代わったアームドスキンが整地に勤しんでいる。
「厳しい世界なのね」
「でも、現場で勉強して助監督になって、いずれ監督にって考えてるから頑張れるんだろうな」
「それは俳優も同じことってわけね」
合間の時間に苦労話をするくらいには仲も良くなった。アリスター・ウイングマンの役を取るまではロドニーもろくに食えない暮らしをしていたのである。
「汗流してきなよ。どうせメイクから始まるんだからさ」
手伝いの青年が勧めている。
「そうしよっかな。ちょっと汗ばんでるし」
「ゼルも行っておいで。ヴィー、遅れないよう頼める?」
「わかりました、ジュネ」
結局彼がブラッドバウメンバーのエージェントみたいなことをしている。
「わーい! ついでにビーチを散歩してきましょ、エル様」
「遊んでるんじゃないのよ。ちょっとだけだからね」
「はーい」
ジュネは女性陣が席を外すのを見送り、ゼキュランのチェックをしている。ロドニーは淡々と働く青年の背中を眺める。
(なんか妙なんだよな。ヴィーもあいつには絶対に敬語を使うし、艦長だって言ってたタッターでさえ恭しく接してる。どういうポジションなんだ?)
不思議でならない。
「こんな感じじゃ再々撮影が止まってしまう。ちょっと格闘の動かし方のコツを教えてくれよ」
悪役スタントのパイロットたちがやってきた。
「向こうの空き地で稽古つけてくれるとありがたいんだがね」
「練習っすか? 付き合ってもいいっすけど」
「いや、出演する人は休んでてくれ。そっちのサブの兄ちゃんでいいから」
ジュネのほうに顎をしゃくる。
彼らの後ろにはタイニー・シクレンの姿がある。それを見てピンときた。
「お前、焚きつけたな?」
横に行ってささやく。
「だって悔しいじゃない。ただの雇われが大きな顔しちゃって」
「そういう問題じゃなくてな」
「あなただって面白くないでしょ? アクションであの娘に食われそうになってるし」
(うわ、こいつ、シナリオ変更でヒロインなのに目立てそうにないから嫌がらせする気だな? そりゃ、押しのけて上に行くぐらいの気概がないとこの世界じゃ生き残れないけどさ)
どうやらゼレイが彼を「居候」と呼ぶので下っ端だと嘗めている。
「駄目っすよ。この人は……」
「いいですよ。ぼくは撮影中、暇ですからね」
二つ返事だった。
「その代わり、影響しない程度じゃないと迷惑かけてしまいます」
「もちろんだ。俺たちだってこれ以上リテイク食らいたくない。次から使ってもらえなくなっちまう」
「ええ、大変でしょうから練習台になりましょう」
タッターが片手で顔を覆って天を見あげる。プライガーもやれやれといったふうなジェスチャーをしていた。
「ええと、シュトロンベースの改造機ですね。それだったら、ハヤン、パシュランを借りてもいいかな?」
「いいですけど……」
「おいらのデュミエルを使ってくださいっす」
プライガーは困り顔。
「いや、あまり良い機体を使うと練習にならないからね。これくらいでちょうどいい」
「そうっすか?」
「あっちの予備機を使えば? あなたのなんでしょ?」
タイニーが指差す。
「いや、起こすの大変だからね。すぐに動く機体で十分さ」
「使い慣れないアームドスキンだからとか言い訳しないでよね?」
「しないよ」
(やり込めるように言い含めてあるな。まったく)
放っておけない。
スタント陣は向上心で頼んでいる様子だがタイニーは潰す気満々だ。なにをしだすかわからない。
「変な邪魔するんじゃないぞ、タイニー。君は乗らないからわからないかもしれないが、アームドスキンはほんとに危ないんだからな」
「わかってるわよ。わたしだって伊達に三年も準レギュやってない」
見栄を張るが、彼女がアームドスキンアクションシーンに参加することなどほとんどない。不安でいっぱいだ。
「行きますか」
切り替え操作をしていたジュネが銀色の機体の手の平に乗ってコクピットへ。
「ああ、よろしく」
「一時間だけだぞ!」
「わかってるって!」
機材スタッフに怒鳴られながら移動する。気が気でないロドニーも自分の『ジャスティス・ツー』に乗ってついていった。
「このあたりはロケ区域だから誰も入ってこないだろ」
「動きの練習だから徒手でいいですよね?」
「おし、行くぜ」
派手に塗られた悪役機が突進する。掴みにいった手をジュネのパシュランは払いに動く。払うといっても横から軽く押しただけ。それでいなされた手は空を泳ぎ、機体は行き過ぎてしまう。
「っと!」
相手に合わせてターンしたジュネ機は泳いだ手を取って下へ引き下げる。つんのめってバランスを崩したところで逆手にひねられて背中へ。あっという間に背後から関節を極められて動けなくされていた。
(上手いじゃんか!)
流れるような、それでいて一瞬の動作。
(普段乗ってないアームドスキンでこれがやれるのか。ブラッドバウの連中はどれだけレベルが高いんだよ)
サブに置く青年でさえ腕の冴えは比べようもないほど。リリエルたちがどれくらい手加減しているか推して知るべしである。
「生身ならともかく、アームドスキンでそれをやるかよ」
「これくらいできるとどこでも通用しますよ」
「確かにな。悪いけど付き合ってくれ」
殴りかかった拳がクロスした腕で擦りあげられる。手首が返ると腕ごと持っていかれて極められた。体を入れ替えるようにすり抜けざまに足を掛けられる。背中を突かれてたたらを踏んだ。
すぐにもう一人が背後から掴みかかる。その手はまるで見えていたかのように空振り。手首を取られ、背中で押されながら足を払われた。それだけで重たい機体が浮く。
「だあっ!」
「反重力端子を効かせて」
「っく!」
前宙返りをした敵役機が着地する。地響きを立てた本人が自分でなにをしたのか理解していない感じで驚いていた。
「アームドスキンでアクロバットしちまった」
「意識してできたら見栄えするでしょう?」
「おー、練習しないと無理そうだけどな」
設定だけでなく、本物のアームドスキンが撮影現場でも使われるようになってまだ五年足らず。スタントパイロットもまだ存分に使えるというレベルには達していない。
派手な演出になるとグラフィックとの合成を使う場合もある。しかし、ジャスティウイングの現場では伝統的に実機撮影がメインだった。
(ほんとに練習台をする気だったんだな)
ジュネは売られた喧嘩を買ったわけではないらしい。
振り抜かれる拳をパシュランは肘で外へ。そのまま伸ばされた手が頭部に添えられる。滑り込んだ右足を支点に両脚が払われる。機体が側転して宙を舞った。ジュネは意図的に回転させて足から下ろす。
(くっそ、うずうずしてくるぜ)
ロドニーは見ているだけでは気が済まなくなってきた。
次回『撮影開始(3)』 「やっととっちめる気になってくれた?」