撮影開始(1)
「邪魔するな、運送屋!」
「そんなに邪険にするなよ、ルー」
リリエルのゼキュランという名前の機体の前にアームドスキンを滑り込ませる。
「あたしはかわいそうなアンナにあいつらをとっちめてやるって約束したの! 邪魔するならあんたもぶっ潰す!」
「怖い怖い。そんな姿をアンナが見たら怯えてしまうぜ?」
「う……」
ルーエン・ベベルという役名に決まったリリエルは案外迫真の演技をしてみせる。素人くさいわざとらしさが無くもないが、啖呵を切らせると迫力があって誤魔化しが効いた。
「あんな連中、いつか痛い目を見るって」
「それなら痛い目に遭わせるのがあたしだってかまわないでしょ」
「でもさ、子供の小遣い銭で動く軍事会社ってギリギリじゃん」
「法律なんて関係ない。あたしは正義を愛するの」
熱い正義側の役。くさい台詞も躊躇いなく口にする。全体に思い切りの良さがあって撮影は順調だった。
「はい、カット! チェックがOKだったら段取り替え入ります!」
スタッフがアームドスキンの足元にわらわらと出てくる。
「もっとガツンと来なさいよ、ガツンと!」
「いや、機材を壊すわけにいかないから」
「そんなへっぴり腰じゃ迫力でないじゃない」
悪役のスタントパイロットは困っている。
(これがなければさ)
彼女はアクションに関して妥協を許さない。
「あと、起動中のアームドスキンの足元を平気で駆けまわるんじゃない! 死にたいの!」
「忙しいんだって!」
スタッフは聞く耳持つ暇なんてない。
「勘弁してやってくれ。あいつらだって必死なんだから」
「こんなんで事故起きないのが不思議」
「なんとなく呼吸ってものがあるのさ」
危ないのは事実。アームドスキンの実機を使っているのだから接触すれば生身の人間なんて吹き飛ぶ。それでも大目に見るのが撮影現場というものである。
「そのうち死人が出るから」
「それより君が敵役スタントを死なせないか心配になる」
「アームドスキンはそんなヤワじゃない」
ヘルメットを脱いでスライダーを滑らせ胸元に風を入れている。それなりに緊張はしているようだ。
「リリエルさーん、メイク直し入りまーす!」
「うげ」
口元が歪む。
「メイクとか、コクピットにカメラ幾つも付けるとか、撮影用の特殊プログラムインストールするとか、面倒なことが多すぎ」
「そういうもんじゃん」
「ヘルメット被ったら匂いが籠もるの。やってらんない」
彼らにとっての当たり前が彼女には理解できないらしい。
撮影用プログラムにしてもかなり揉めた。実戦機体に余計なプログラムをインストールなんてできないとごねたのだ。
しかし、それが入ってないとどこにビームが飛んでいるかとかブレードがどういうふうに伸びているかがわからない。あとからはめ込むためにパイロットからは見えるよう表示するプログラムなのだ。
(彼は手伝いに来たんだな)
解消したのがジュネという青年だった。撮影用プログラムをチェックしてすぐに切り離しが可能なように加工するとリリエルも納得してインストールしてくれる。
(ずいぶんと親しそうだったが)
阿吽の呼吸というのだろうか。リリエルの扱いが非常に上手である。彼女のほうもジュネの言うことだけは素直に聞くようだった。
(わりと付き合いは長いみたいなことを言っていたけどな。それなのに、あのゼレイって娘は彼のことを居候って呼ぶ。妙な関係性だな)
不思議な空気をまとった青年は特に目立つことなく現場に溶け込んでいた。ふと気づくと視線を感じる。どこか観察されているような雰囲気があった。
「なあ、こいつらの機体、いやに動かないか?」
引っ掛かりを覚えていた点を敵役パイロットに訊いてみる。
「いや、めちゃめちゃ動くぜ。ロッドは当たり食らってないからわからないだろうが、とんでもねーパワーだ。本場物はこんなに違うもんかね?」
「やっぱりかぁ。そんな気がした」
「壊されないか気が気でないんだ。なにせこいつの値段と来たら」
撮影用機材としては破格の価格である。他の追随を許さない額にビビる気持ちはよくわかる。もしものときは儲けが吹っ飛んでしまう。
それでも実機を使うのは改められない。観るだけなら変わらないほどの映像を作る技術あるのに、実際に動かした映像を比較すると迫力に雲泥の差がついてしまう。
(ほんとはかなり憧れてたんだけどさ)
主役機くらいは特注で建造する構想はあったのだ。番組として確固たる人気を得ていたから出た話。ところが上がってきた見積もりは制作サイドの目の玉を飛びださせる羽目になる。
二代目から特殊仕様になっていた所為もあるだろう。しかし、とても手の出るような額ではなかった。泣く泣く構想はお蔵入りとなる。
「休憩したら次のシーンに入るそうよ」
「うーい」
リリエルは台本を表示させながら頭をひねっている。今日は間に入る部分を飛ばしてアームドスキンアクションばかり撮っているから頭が追いつかないのだろう。
編集で前後させるので問題ないが、素人にはきついかもしれない。感情の持っていき方が大変だ。それでも彼女に配慮しているのかアクションは順撮りになっている。
「今話してたんだけどさぁ」
彼女にも話を振る。
「ゴート宙区のアームドスキンは全部こんななのか? 相当性能差があるみたいに感じるぜ」
「リテイク入るときはこっちの遅ればっかりだしな」
「ラーゴたちのデュミエルは市販機ではないの。うちでも隊長機扱いになっている最新鋭機。性能は一段上がっているかな」
スタントパイロットたちは苦い顔。
「普通のやつ持ってきてくれたらよかったのによ」
「それぞれに慣らしてるもの。乗り換えるとσ・ルーンの学習に影響出るから。よほど器用なパイロットじゃないとしたがらない。見せて減るもんでもないしね」
「そういうことか」
理屈としてはわかる。彼らには大雑把な仕組みしかわからないσ・ルーン操縦システムだが、本場の人間は差を体感しているらしい。
「大きなメディアに載せたら宣伝にもなるし。そういう意味なら現用機を使ったほうがよかったかも」
スタントたちはなぜそうしなかったのかという顔。
「違う機に乗ると感覚的に数cm数mmの違いが出てくる。それを戦場に持ち込んだら命の分水嶺であちら側に転がり落ちるかもしれない。無理強いできないの」
「なるほどね」
「あたしのゼキュランにいたっては専用機よ。これを見せても技術力の宣伝にしかならない」
ロドニーには聞き捨てならない内容だ。
「専用機とか豪勢なもんだ。どれだけ金注ぎ込んでるんだか」
「そうでもない。大変なのは個々人に合った設計だけで建造そのものはそんなに大変じゃない」
「は、そんわけないだろ?」
彼は特注機建造の経緯を説明する。予算が見合わず企画倒れになったことも。
「あはは、それは星間銀河圏の技術力の問題」
簡単に切って捨てた。
「ゴートの小さなメーカーでいいから発注してみなさい。目の飛びでるような見積もりにはならないから。耐久性や汎用性を問わなければ、町工場だって一機組むのよ」
「そいつは冗談にもほどがあるぜ」
「嘘じゃないから試してみなさい。できるだけ歴史があるとこに頼めばかなり幅のある仕様でも請けてくれるはずよ」
呆然としてスタッフと見交すが皆信じられないという風情。
「うー、また監督に話通してみる」
「安い買い物ではないからご自由に」
「はー、こんなに常識が違うもんかねえ」
リリエルは宙区の外に出たとき、どれだけ苦労したかの話をスタッフとしている。お互いに知らないことがまだまだありそうだ。
(まるで異文化の話だぜ)
話に耳を傾けながらロドニーは嘆息した。
次回『撮影開始(2)』 「お前、焚きつけたな?」