朱色のアクトレス(4)
オイゼン監督を含めスタッフ陣が準備を促す中、立ちあがったロドニーはパーソナルカラーを朱色と定めている娘に近づく。彼女は部下と物珍しそうに様子をうかがっていた。
「やあ、サインしてあげようか?」
「え、誰だっけ?」
(は、俺を知らないだって?)
一瞬固まる。
だが、思い直す。この世代だと先代のフェジーのほうが顔が売れている。彼の代になったのは結構大きくなってからになるだろうから。
「いけないよ、エル。彼がジャスティウイングなんだから」
青年が注意している。
「そうだった! そっか」
「申し訳なかったな。自己紹介がまだだった。俺がロドニー・ベイザーだ。よろしく」
「リリエル・バレルよ。芸能方面は疎いから勘弁してね」
取り繕ってはいたが実はひどく傷ついている。どこに行っても歓迎され、特に子供にはちやほやされるようになったのに慣れきっていたのかもしれない。ただ、トラウマがうずいたのは事実。
(あんときのことを思いだしちまった)
それはちょうど一年前のこと。
TVシリーズが軌道に乗って劇場版第一弾のクランクインに意気込んでいたロドニーの鼻っ柱をへし折る出来事があった。それは勢いを付けるべく大型ゲストを招いての撮影。ゲストは飛ぶ鳥落とす勢いで星間銀河圏を席巻する売れっ子女優ステヴィア・ルニールその人だ。
「ああ、あなたがもう一人のほう」
自己紹介したあとの第一声がそれだった。
「すんません、先代のフェジーじゃないとわかりませんよね?」
「違うの。勘違い。気にしないで」
「はぁ?」
よくわからない反応をされてしまう。
撮影に入ると圧巻の演技を披露されて圧倒される。完全に飲まれてしまって何度もリテイクを食らってしまった。お詫びに行くと、優しい笑顔で許してくれる。
「問題ないわ。良い作品にするためにお互い頑張りましょう」
「ほんと、すんません。気合い入れますんで」
「肩の力を抜いていこうではないか、君」
ステヴィアのエージェントにまで気を遣わせてしまう。三十半ばと思われる男は、彼自身も出演者かと思われるようなイケメンである。彼女の夫である人物だった。
「まいりましたよ、ステヴィア。あなたがこんなに乗れるなんて」
「別に意外でもなんでもないのよ」
アクションシーンになっても彼女の勢いは止まらない。スタントパイロットを凌ぐ技量でアームドスキンを扱ってみせたのだ。
「あまり有名な話ではないのだけれど、実はわたしエイドラ政変のときはレジスタンスの闘士をしていたの。実戦経験者よ」
「マジですか!?」
迫力が違うはずである。
「もう六年も前の話。案外年季が入っているでしょう? だからなの」
「それだけじゃないですよ。生身のアクションもバチッと決まってて、専属スタント連れてない訳がわかりました」
「キンゼイ、わたしの夫ならもっと上手く乗るわ」
それは冗談でもなんでもなかった。
「びっくりしましたよ。スタントが一人急病で抜けて困ってたらあの人が手伝ってくれましたんで。しかも、スタントより腕がいいとかどうにかしてる」
「ふふふ、素敵でしょう?」
「ノロケですか」
σ・ルーンを着けているのでアームドスキン乗りなんだとは思われていた。護衛も兼務しているのかと噂だったが、怖ろしいほどの操縦をしてみせたのだ。
「こうやって女優をやっていられるのはとても幸せなこと。応援してくださる皆さんに感謝して精進の日々よ。お互い、頑張りましょうね?」
「はい!」
最終的には和解して成功できたが、最初は認識もされていなかったのはショックだった。それがわずかに古傷となっている。
「あなたのファンじゃないからサインは結構。仕事仲間として扱ってちょうだい」
リリエルには断言された。
「それはもちろんだが」
「こっち関連の段取りにも疎いからお手柔らかにね」
「振る役割はどっちかっていったらアクションばかりになると思うけどな」
(今回も食われてたら立つ瀬なくなる。ほどほどで十分だ)
ゲストに食われる俳優というレッテルを貼られたくない。
他に仕事があるわけではないのだ。入ってくるのはジャスティウイング関連ばかり。あまりにイメージが定着しすぎていて使いづらくなっているのだろう。
ただし、レギュラーがあるのは大きい。同年代で仕事にあぶれている俳優なんて五万といる。彼らに比べたら遥かにマシな生活ができているが、逆にいえばジャスティウイング役がなくなったらお終いなのだ。
「リリエル君、少しいいかい?」
フェルナンドがやってきた。
「脚本の修正をするのに君の為人が必要でね。色々聞かせてもらいたい」
「ええ、かまわないわ。なにが聞きたいの?」
「基本的なことになるが、どうしてこんな稼業をしているとか」
いきなり踏み込んでいっている。脚本家という創作者の性として興味が尽きないのだろう。取材対象に近い。
「そう言われても、生まれてこの方これしか知らないのよ」
σ・ルーンをコツコツと叩く。
「お嬢は民間軍事機構『ブラッドバウ』の創始者の孫でやんす。ずっとアームドスキン乗りとして育ってますんでこんな有様でやんすよ」
「こんな有様ってなによ!」
「なるほど。それで『お嬢』ってわけなんだね」
(傭兵隊の家に生まれたお嬢さんってわけか。それで部下を引き連れて宙区の外で小遣い稼ぎってか? のんきなもんだ)
ステヴィアが言っていた実戦経験者という言葉が引っ掛かったまま。
(どれだけ違うって言う? 俺だって死ぬ気で頑張ってジャスティウイング役を勝ち取って、とんでもないプレッシャーに耐えながら努力を重ねてきて今がある。そんなに劣ってるもんかよ)
「いつもは従軍してる?」
インタビューは続く。
「たまにね。ほんとんどない。外は傭兵協会があるでしょ。あそこが信用あるから、うちみたいなとこを使いたがらないのよね。だから案外雑多なことしてる」
「それで運営できてるのかい?」
「まあまあね。そんなに儲かるものじゃない」
高額な契約料金はほとんどが経費で消えるという。
「レイクロラナンの運用自体があたしの社会勉強みたいなものなのよ。無理に利益を出そうって感じじゃないし」
「だから色々と実験的なことをやってみている。そんな理解でかまわないかね?」
「おおよそそんなとこ」
(お嬢さんの道楽ってんなら俺のほうが苦労してる。負けてないぜ)
がむしゃらに走りつづけてきた。
派手な風体や目立つカラーリングの機材の理由も理解できてきた。リリエルのそれははったりなのだ。興味を惹くのが第一。そうやって仕事を取っているのだろう。今回もオイゼン監督が見事に引っ掛かってしまったわけだ。
「それじゃあ、アームドスキンに乗って戦うのが怖ろしいって感覚は麻痺しちゃってるのかい?」
内面に切り込んでいる。
「命の駆け引きよ。怖いに決まってる。部下の命を代償にして稼いでんの。死なせるのが一番怖い。あたしが先頭になって戦っているほうが気が楽」
「大した度胸だね?」
「むしろ、そっちが麻痺してるかも。覚悟はあるけど、前面に立つのに度胸がいるって感覚がないの」
(後ろで命令してるってんじゃないって?)
正気でない。
「覚悟って?」
「どこまで逃げ切れるかって覚悟」
部下を差し置いて前に立つほうが楽だと言えば、ずっと逃げているみたいなことを言う。どうにも理解し難い。
「ふむ、劇場型リーダーって感じだね。なんとなく理解できた。そういう役割なら自然にできそうだね」
「普段どおりなら」
「エル様なら観衆を魅了できます!」
少女のほうが口出ししてくる。
「だからって動員のために脱がしたりしたら承知しませんから! 脱いだらすごいんですけど絶対に脱がないんですから!」
「誰がそんな振りみたいのこと言えって?」
「ひぃ!」
絞めあげられている。
緊張感の欠片もない一団にロドニーは呆れのため息が出た。
次回『撮影開始(1)』 「リリエルさーん、メイク直し入りまーす!」




