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朱色のアクトレス(3)

 海岸近くの立入禁止にしたロケ現場。そこに多くのスタッフが集結している。ロドニーをはじめとした出演者も撮影がはじまる前の独特の緊張感を味わっていた。


「あれか?」

「だろうな」


 スタッフが遠くを指差して言い交わしている。目を細めて眺めると、彼方から接近する人型の姿。ただし、それは空を飛んでいる。

 時間を経るごとに大きくなっていき、近く窺えるようになるとそれが身長20mもある人型機械だと認識できた。出演契約したばかりのブラッドバウのアームドスキンである。


「おいおい、あの色、マジか」

「こりゃまた」


 先頭を飛ぶ機体は全体が見事に朱色(バーミリオン)カラーに塗色されている。戦闘用とするにはあまりに派手。展示用といわれても納得できそうなアームドスキンだった。


「ここで合ってる?」

 開いたハッチから出てきた人物が訊いてくる。

「ブラッドバウってとこのアームドスキンだろ? 合ってるぞ」

「このへんに置いていい?」

「広いとこに降りてくれ」


 朱色の機体につづいて四機のアームドスキンが着地する。監督が契約したのは五機。ボスのリリエルが先導して時間通りに到着したらしい。


(ほう?)

 ロドニーはちょっと感心する。


 彼女は今フィットスキンだけの姿。改めて見ると、モデルだといわれても変ではないほど均整の取れた肢体をしている。やはりスポーツ選手のような筋肉質な感じではあるが、そちら系の美を体現していた。


(ポリシーなのか?)

 フィットスキンまで朱色(バーミリオン)で統一しているのは清々しい。


 目鼻立ちもくっきりと整い魅力的な造作。少々険のある面立ちではあるが、どこかまだ幼さが残っている。女性が一時期に見せる過渡期の美しさを醸しだしていた。


(タイニーは気合い入れないと食われかねないな)

 惹かれる独特の空気をまとっている。


「ずいぶん入れ込んでるじゃないか、お嬢さん」

 機材スタッフが絡みに行っている。

「こんなにピカピカに磨いてきても困るな。汚れてないとリアル感がないじゃん」

「なに言ってるの?」

「なにって、汚し入れるからそのつもりでって……」

 汚しの噴霧器をかまえている。

「あんた、何者?」

「機材スタッフってやつだけど?」

「こんな素人使ってるの。全域放送の人気番組なら、もっとマシなの揃えなさいよ」


 アームドスキンに向けられたノズルを手で払う。にらまれたスタッフは迫力に腰が引けていた。


「だから、実用機体がこんな新品みたいにきれいだったらおかしいだろう?」

 自称リアル派のスタッフは譲らない。

「現場を勉強してきなさい。知識が浅すぎる。想像力も足りない」

「なんだと?」

「せめて軍の演習風景くらい観てみなさいよ。あそこに薄汚れたアームドスキンが映ってる?」

 胸元に指を突きつけて主張するリリエル。

「公開用に磨いてるからだろ。税金使ってるんだから雑に扱っているように見せないように」

「お馬鹿。ビームコート塗ってあるからに決まってるでしょ? ビームの飛び交う戦場に向かうっていうのに、ビームコートを噴きつけなおさずに出る命知らずはいない」

「ビームコート?」


 ピカピカに見えるのはビームコートの影響だという。溶解させた耐熱蒸散塗料を厚く蒸着させるから仕上がりが磨かれたような表面になるというのだ。


「そんなに厚く塗るものなのか?」

 スタッフも知識だけは持っていた様子。

「当たり前! ビームコートが耐えてくれる0.1秒で死なずに済むのよ。駆動に支障が出ないギリギリの厚さまで塗るに決まってる。それくらいわかりなさい」

「う……」

「あたしたちが格好つけで命の駆け引きしてると思ってる?」

 スタッフは完全に怯えている。

「それくらいにしときなよ」

「ん!」

「彼らはぼくたちが一度の出撃にどれだけ手間隙かけて準備しているかなんて想像もできないさ」


 脇の道路にリフトトレーラーが入ってきている。浮遊型車両(リフトカー)はあまり騒音を立てないので気づけなかった。そこから降りてきた青年が彼女を制止する。


「ジュネ」

 リリエルの声の雰囲気が変わった。

「だってこいつ、あたしのゼキュランを塗料で汚すとか言うんだもん」

「どうしてもって言うなら聞いてあげないと。撮影に協力する契約なんだからね」

「それだけは嫌。リアルじゃないし」


(この娘ってこんな甘えた声を出すのか?)

 あまりに意外で驚く。


「なんですか、エル様? 揉めてるんですか? こいつ、締めますか?」

「よしなさい、ゼル。お嬢、わたしが話しますから」

「もういい。思ったのと違っただけだし」


(おいおい、むさ苦しい男ばかりじゃなかったのか)

 集まったのは三人の女性。


 一人はリリエルより若い少女。ヘルメットから覗いているのは見事な碧眼に赤茶の髪。可憐という形容が似合っている愛嬌のある顔立ちをしている。

 もう一人は大人の女性。亜麻色の髪に茶色の瞳という地味な印象ながら、メリハリのあるスタイルに色気のある所作が目についた。


「いきなり揉め事は駄目っすよ、お嬢」

「そうですよ。素人さん相手に暴れたらただじゃ済まないじゃないですか、お嬢」

「なによ!」


 全員が女性じゃなくてホッとする。しかし、どこから見ても軍人気質と呼べるような風体ではない。まだ機材スタッフのほうががっしりとしている。トレーラーから降りてきた青年は筋肉質ではあるが、身長も高くなく少年っぽさを残していた。


(あれもパイロットか)


 額まである特殊なσ(シグマ)・ルーンを着けている。そのパイロット用装具(ギア)はアームドスキン操縦には必須のもの。ロドニーももちろん着けている。それ無しではそれこそリアルじゃないと批判されるだろう。


「ここのルールに従おう。ぼくたちだって正直一般的じゃないんだからさ」

 青年が説得するとリリエルは収める。

「うん、そうする」

「出しゃばるな、居候。黙ってたらエル様がとんでもないことさせられるかもしれないじゃない。もし、キスシーンとか入れられたりしたら……、したら……、うちが相手する!」

「するか!」

 拳骨を見舞っている。

「いや、そこまではお願いしないから安心してくれたまえ」

「監督さん、揃えてきたけど?」

「ありがとう。これで作品にも箔がつく」


 ヘルメットを脱いで握手を交わす。収められていた見事なオレンジ髪がひるがえった。背中まである長いストロベリーブロンドは彼女を印象付けるものになるだろう。


「演技に関する心得は?」

「全然。期待しないで」

 ただし、苦笑するさまも絵になっている。

「ふむ。あまり要望しないが台詞だけは憶えてくれるといいんだがね」

「善処する。ちょっとミスるくらいは勘弁して」

「ああ、ナンドが君合わせで書いてくれるだろうから安心してくれ」

 脚本家とも挨拶をしている。

「ところで、五機でよかったんだが、あれは?」

「トラブったとき用の予備機だから心配しないで。契約料金(フィー)にも入れてない」

「なるほど」

「彼も予備人員。約束どおり現場に入れてもらうけどOK?」


 監督は青年にも興味を示す。それもそのはず、神秘的な外見の男だった。暗めの銀髪はそれほど目を引かないものの、右目が紫、左目が緑という特殊な色をしている。まとっている空気も独特だった。


「ぼくは裏方だから気にしないでくださいね。彼女が選んだメンバーにも入ってない」

 機先を制するように言う。

「そうかね? 悪い素材じゃないと思うんだがね」

「あまり目立つのは好きじゃないんですよ。彼らのサポート役だと思ってください」

「わかった。あなたもか?」

 トレーラーのドライブオペレータも降りてきている。

「あっしは皆のお目付け役でやんす。お見知りおきを」

「タッターはレイクロラナンの艦長よ。よろしくしてあげて」

「ああ、承知したよ」


(うーん、全体的に変わった連中だな)


 ロドニーは頃合いだと思って立ちあがった。

次回『朱色のアクトレス(4)』 「むしろ、そっちが麻痺してるかも」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 現実と非現実の狭間で。
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