朱色のアクトレス(2)
ロドニー・ベイザーの主演作品は長編TVシリーズ『ジャスティウイング』。役名はアリスター・ウイングマン。先代ジャスティウイングを引き継ぐ形で勝ち取った主演の座だ。
(冗談みたいな人数のオーディションを勝ち抜いて、ようやく軌道に乗ってきた二代目シリーズなんだ。この劇場版二作目をコケさせるわけにはいかないって)
あまりに人気があったために終了させられなかった子供向けシリーズ。しかし、主演俳優は続くほどに年を取ってしまう。子供の共感を得られなくなった年齢になって講じた苦肉の策が二代目ジャスティウイングへの交代劇であった。
ゆえに若手俳優がこぞってオーディションに参加し、とてつもない倍率になったときは絶望したものだ。その中から幸運を拾ったのが彼ロドニーである。そして、三年前から二代目シリーズが開幕した。
様子見の一年目をどうにかクリア。徐々に安定してきた二年目に劇場版第一弾。シネマルームの動員数や家庭有料配信数はボーダーラインを軽く超えてようやく胃痛から解放されたのが昨年。現在、劇場版第二弾『紺碧の海の凶悪戦隊』のロケに惑星フンクーンへとやってきた。
「大丈夫なんですか、監督?」
急遽の素人の採用である。
「できるよな、ナンド?」
「毎度のことですからね、監督の思いつきは。どうにかしてみせますよ」
「頼むぞ? TVシリーズのほうは若手脚本家でも誤魔化しが効くが、劇場版のクオリティともなると君の力が必要だ」
脚本家のフェルナンドはロドニーにもウインクしてくる。
「できるだけ早めに上げるから頭に入れてくれよ」
「もちろんきっちり台詞は入れてみせます。ただ、アクションのほうがですね。あの娘、どのくらいいけるんでしょう?」
「戦闘のプロなんだから問題ないだろう」
「見せるアクションのプロじゃないんですよ」
そこが不安点である。
普段ならすべての撮影をスタジオ近辺で済ませる。生身の芝居やアクションの撮影も、アームドスキンのアクションもそこでやるのだ。ドローンカメラで人物や機体の撮影後、切出しをして背景をはめ込む。それで完成。
しかし、劇場版はクオリティ重視のため、こうしてロケをする。やはり臨場感が違ってウケが良いのである。完成度にそう差は出ないはずなのに、なぜか観るものを魅了する映像になる。エンタメ業界の七不思議の一つ。
「勉強させてもらえよ、ロッド」
壮年が笑いながら説いてくる。
「そう言われましても、なにを習えって言うんです?」
「もうちょっと玄人ウケするアクションに手を染めてもいい頃合いじゃないか? お前さんもアクションのワークショップとか通って頑張ってるみたいだけど、そういうとこじゃ身に付かないものがあるんじゃないかと思うんだけどさぁ」
「あなたが教えてくださいよ、フェズ」
その男もゲストルームの住人、フェジー・デコモンド。彼にとっても憧れの人物の一人。なぜならフェジーこそが初代ジャスティウイングその人である。
彼は今回、ロドニーに教示する役で入っていた。ストーリーではジャスティウイングの役目とアームドスキンを受け継ぐ形で代替わりしていたが、折りに触れゲスト出演もしてもらっている。劇場版ではレギュラーだ。
「ばーか。俺も役者一筋なんだよ」
それのなにがいけないのか。
「現役のときは何度も軍に体験入隊して本物の操縦ってやつを勉強したいって思ったもんだ。時間足りなくて叶わなかったんだけどな。それが現場でやれるんだから文句ないだろう?」
「あなたが? 嘘でしょ。今のジャスティウイングの土台を作ったのは他でもないフェズですよ? 足りないとか言わんでください」
「向上心無くしたら終わりだぞ。お前さんの代でシリーズを潰さないでくれよ」
縁起でもないことを言う。
「冗談じゃないです。そんなことになるくらいなら華々しく殉職でもして盛り上げて終わりますよ」
「それで次代に引き継ぐか? 刑事ものじゃないんだからやめとけ。子供の心に傷を付けるんじゃない」
「言っとくが、それだけは書かんからな? しっかりしてくれよ、ロッド」
脚本家にまで尻を叩かれる。冗談で済んでいるのはそれなりに人気があるから。翳りが見えていたら間違っても口にできない台詞である。
「でも、ひどいじゃないですか、スコット監督」
「なにがだ?」
「わたしじゃ華が足りないみたいに言うんだもの」
彼女は女優のタイニー・シクレン。セオドラ・クインという役名でシリーズの準レギュラー。いわゆるヒロイン役である。
話数ごとにヒロインポジションを作ることもあるし、それっぽく恋愛要素を入れたりもするのだが、一応タイニーがメインヒロインの座にある。今回も出演者として入っている。
「は? あの素人娘とロマンスパートやれって言うんですか?」
彼も驚いて監督に目顔で尋ねる。
「いやいや、それだけはないって」
「そこまでは考えてないさ。なにより、あのリリエルって子は男になびいてもたれ掛かるようなタイプじゃないだろう? 守られるヒロインなんて演技でもできそうにないと見たんだがね」
「頼みますよ、ナンド」
脚本家もそこまでは想定していないという。そもそもシナリオ修正する暇はないだろう。現場主義なとこがある監督だが、そこまで無茶ではない。
「中途半端な芝居で子供にまでそっぽ向かれて映画がコケたら目も当てられませんって」
本気で勘弁してもらいたい。
「なあに、ちょっとだけリアルテイストを含ませるスパイスになってもらうだけだ」
「加減が難しいですね。宣伝に使うならそれなりに目立ってもらいたいけど、あまり前に出すとシリーズの雰囲気が壊れてしまいそうですし」
「イロモノにしかならんよ、ナンド。ボスが彼女だとしても、連れてくるのは結局むさ苦しい男ばかり。戦闘パート以外じゃ画面に入れたくもない。下手に悪役にもできんしな」
監督の中では役回りはだいたい決まっている様子。
「そうなんですか? なんだったら悪役にして厳しい敵をやってもらうってのも有りだと思ったんですけど」
「そいつは無理な相談だ。星間銀河圏全域放送にできているのは管理局の協賛あってだぞ? あそこが関係性重視をしているゴート宙区の人間を悪役にしたらストップ掛かってしまう」
「あ、たしかに」
ジャスティウイングシリーズが全域放送で人気を得ているのは星間管理局の許可をもらってハイパーネットに乗せてもらっているから。他にも様々な便宜を図ってもらっている以上、管理局の逆鱗に触れるような内容にはできない。
(なにしろ、本気で敵にまわせば厄介だっていわれてる宙区。本当なら仮想戦記的に敵にまわってもらう設定だってあり得るはず。そのほうが強敵演出が使えて便利だもんな)
大人にも響く設定になる。星間管理局の弱体化を否定するような方向性にすれば、大勢の共感を得られる作品というエッセンスにもなりそうだ。
しかし、当の管理局が融和政策を採っているのであれば話は別。いくら風刺的な作品にしたくとも度が過ぎているとされるだろう。
(なんともやるせないな。子供番組でも忖度なしには制作できない時代か)
それぐらい揺れ動いた時代だったと彼も感じている。
「どれくらい使えるかですよね。シナリオ固めるのは顔合わせ済ませたあとでもいいですか、スコット?」
脚本家も迷いがあるらしい。
「かまわんよ。だいたいのラインはこのあと詰めようではないか。さあ、撮影は明日からだ。出演者陣は英気を養っておいてくれたまえ」
「そうさせてもらおう。軽く一杯やるか、ロッド?」
「もちろんお相手させてください、フェズ」
「わたしも混ぜて」
船を降りたロドニーたちはホテルで前夜祭と相成った。
次回『朱色のアクトレス(3)』 「ずいぶん入れ込んでるじゃないか、お嬢さん」




