朱色のアクトレス(1)
航宙船スクルゼがロケ地の惑星フンクーンに到着すると宙港の管制官が歓迎の言葉を述べる。ここが撮影場所に選ばれたのは公然の秘密のようなもの。かなりの人間が知っているに違いないので当然かもしれない。
(こりゃ、観光するのは無理かぁ)
俳優ロドニー・ベイザーはあきらめるしかないと思った。
かなりの有名人の部類である。バレようものならパニックを誘発しかねない。彼のマネージメントをしてくれているエージェントのバネッサ・ポワムに止められてしまうだろう。
「お、あれはなんだ? 戦闘艦じゃないか。ここの国軍のか?」
監督のスコット・オイゼンがゲストルームから下を見つつ言う。
「まさか。ここは軍港じゃなくて民間宙港ですよ? それにあの色。全部朱色に塗ってるとか一般的じゃない。民間の艤装船かなんかじゃないですか?」
「そうなのか、ナンド?」
「普通に考えれば、ですよ」
答えているのは脚本家のフェルナンド・ペコである。
「船籍、調べられないのか? どうにも創作意欲を湧き立たせるとは思わんかね?」
「まあ、たしかに」
「艤装船でもいいから撮影に使えんかな?」
監督はスタッフに調べさせる。どうやら本気らしい。非常に目に付くとは思うが、どうにも嫌な感じがする。
(あんな派手なの使ったら食われそうでいけないぜ)
そっちが話題になってしまうのは面白くない。
(あれも芸能関係じゃないかぎり、個人情報明かしたりはしないだろ)
予想に反してすぐに調べはついた。フンクーンは撮影誘致が観光資源になるよう彼らに便宜を図ってくれているらしい。
レイクロラナン。眼下の航宙艦はなんと、ゴート宙区の民間軍事組織『ブラッドバウ』に所属する本物の戦闘艦だという。皆が驚きに目を丸くした。
「ゴート宙区! 最高の素材じゃないか。交渉できないか?」
「一応、繋いでくれるよう頼んでみますか」
(マジかよ)
ロドニーは顔をしかめる。
(ま、本物なら聞く耳持たないだろ)
しかし、彼の楽観は見事に外れる。責任者が話を聞いてくれる流れになった。監督は嬉しそうに拳を握っている。交渉上手な彼はどうあっても引っ張りだす気のようだ。
「お?」
通信パネルに現れた若い娘を見て皆が呆然とする。
「君は? えーと、通信関係の担当?」
「お生憎さま、あたしがこのレイクロラナンのボスよ」
「本当かね? それは失礼した」
スコットは脚本家と顔を見合わせる。
「私は監督のスコット・オイゼン。フンクーンにはロケで来ているんだが、君の船を見てピンときたんだ。協力してくれないか?」
「一応聞いたけど?」
「できればアームドスキンだけでも貸してほしい。本場のものを使えたら話題になる」
フェルナンドが脚本家として具体的な話を振る。若い娘は片眉を上げた。
「冗談はよして。一線級の戦闘用アームドスキンよ。誰を乗せる気?」
「それはスタントパイロットになるが」
「馬鹿言わないで」
柳眉を逆立てる。
「単機でそのへんの都市一つ簡単に壊滅させられるような代物に素人を乗せる? あんた、正気?」
「ううむ、そう言われると怖ろしくなるが」
「知識がないんだ」
彼女はため息混じり。
悩ましげな面持ちになると横を向く。驚いた表情に変わると、さらに悩むような素振りを見せる。表情豊かな娘だった。
「じゃあ、こうしない?」
指を立てて提案してくる。
「レイクロラナンは民間軍事会社みたいなもの。一隻丸ごとチャーターすれば全面的に協力するけど? パイロットもうちのを使えばいいから」
「おお、可能なのかね? じゃあ、お願いしたいが」
「いいでしょう。一日15万トレド。日数に応じて乗算。三日以上で20%オフにしてあげる」
法外な額を言い渡された。
「馬鹿言うな! 予算がそれだけで全部吹っ飛ぶぜ!」
「なに言ってるの? 戦闘艦にアームドスキンが三十二機、運用するのにどれだけお金が掛かるかわからない? これでも危険割増抜きで言ってるんだけど」
思わずツッコんだロドニーに若い娘は目を細めて答える。吹っかけているわけではないらしい。相場からしたら良心的な価格設定だという。
「うう……」
「仕方ない」
実は彼にも想像がつかないのではない。撮影用の航宙船スクルゼを動かすだけでもかなりの額が必要なのは知っている。彼が使う機材に関してもそうだ。
「艦ごとは無理そうだからパイロット付きでアームドスキンをチャーターするプランでどう? 一機あたり一日500トレドにまけてあげる」
「随分下がったじゃんか!」
計算がおかしくてツッコむ。
「今空いてるからパイロットに小遣い稼ぎさせてあげるだけ。経費考えたら格安なのは事実だけど、それは機体を遊ばせてても幾らか掛かるもんだし」
「それは助かる。こちらの都合で数を調整できるからな。何日かキープすることになるがかまわんかね?」
「ええ、特に仕事入ってないから」
二つ返事でOKする。若いだけあって柔軟性が高い。いったい幾つなのか気になったが、折よく監督が続ける。
「ところで君は?」
興味をそそられたのはロドニーだけではない。
「リリエル・バレル」
「幾つだね」
「十九」
それで戦闘艦を切り盛りしているというのだから驚く。
「映画に出演する気はないかね?」
「あたしが?」
「興味がある年頃だと思うがね」
また横を向く。どうやら画角の外にいる人物に助言を求めているらしい。
(マジか。たしかに見栄えがする娘だけどな)
スコットの提案に仰天する。
印象的なオレンジのポニーテール。いささかきつめながらもタレントばりの整った顔立ち。勝ち気そうではあるが愛嬌もある。大人相手に渡り合う度胸もある。
ショート丈のパイロットブルゾンの中身はバランスが取れている。朱色のフィットスキンに包まれているのは鍛えてはいるのだろうが年頃なりに柔らかく丸みを帯びたボディライン。カメラ前に引きだしても見劣りはしないだろう。
「それはパイロットとして生身でも出ろってことよね?」
「やはりか。指図するだけでは人はついてこん。君自身もパイロットなんだろう?」
「正解。特典として通常料金で出てあげる」
監督の人物眼に折れてきた。
「演技力は求めんよ。少し色も付けさせてもらう」
「別にいい。その代わり、あたしのスタッフも無制限で現場に入れさせて」
「ふむ、それでいいのかね?」
リリエルは首肯した。
「契約成立よ」
「では女優としても参加してもらおう」
(通っちまったぜ。本気か?)
飛び入りの素人を使うとは恐れ入る。
(でも、監督の勘は本物だからな。伊達に何十年もシリーズ作品を撮りつづけてるわけじゃない。こいつを使えばきっと当たるんだろうな)
下火になりつつあるとはいえ話題の新宙区の人間。さらには本場のアームドスキン。注目を集めないわけがない。宣伝文句に使うだけでもメディアが飛びついてくるのは間違いない。
「ところでどんな作品なの? 複数の戦闘用アームドスキンまで使いたがるってことは戦争ものに近い感じの内容?」
肝心なところをあとになって訊いてくる。
「君が参加してくれるとなれば少々シナリオを修正しなくてはならなくなるが、だいたいそんな感じだと思ってくれていい。戦闘シーンのほうは期待してもかまわんね?」
「サービスで監修してあげてもいいけど。こっちはバリバリの実戦派なんだから」
「それはありがたい。ぜひお願いしたいね」
監督はノリノリである。
「任せなさい」
「ふむ、頼もしいね。私が今回撮るのは劇場版『ジャスティウイング 紺碧の海の凶悪戦隊』だよ」
「へぇ」
今ひとつ鈍い反応にロドニーは拍子抜けした。
次回『朱色のアクトレス(2)』 「あの娘、どのくらいいけるんでしょう?」