彼女の憂鬱の理由
(我が軍の目論見がすべて知られてしまっている。どう来る、ブラッドバウ?)
艦隊司令パガンダ・セグマトーは苦悩の中にいた。
今は全アームドスキンが帰投し合流に向けて移動中。本来なら祝勝ムードに包まれていただろうが、実際には反省会の真っ只中と思われる。
(このまま帰すわけにもいくまい。なんと申し開きすべきか)
合流後に感想戦を行うことになっていてキャンセルしづらい。
(特務部隊の行為を認めれば契約違反行為になる。違約金の支払いが発生するどころか、露見すればリランティラの威信にも傷が付きかねない)
外交上の大きな失点になる。他国はリランティラが契約や約束を守らない国として扱う。そうなれば物の動きはもちろん人的交流でも見下されてしまう。
(口外しないよう頼むか? なにを要求されるかわかったものではないな。政府がそれを突っぱねれば厳しい。軍が責を負わねばならなくなる)
条件が必要か。
(手札が一枚もない。一機でいいから鹵獲できていれば交換に持ち込めたものを)
完敗の状態。ブラッドバウには失うものがなにもないのだから交換条件を提示しようもなかった。
『通信接続が求められています。応答しますか?』
考える暇もなかった。
「もう来たのか。拒否もできんな」
『身元が明らかにされていませんが優先コードが付いております。応答してかまいませんか?』
「優先コード?」
相手はどうやらリリエルという娘ではないらしい。
「誰だ? 応答しないわけにはいくまい」
『接続します』
通信優先コードは乱用していいものではない。国家間交渉などに用いられるもので、高度な政治的問題あるいは危急のときに付される。他をさておき応じなければならないもの。
「セグマトー艦隊司令殿かな? ちょっと話を聞いてもらえる?」
若い男の声だった。
「どなただろうか?」
「なんとなく予想はついてるんじゃない? ガイフルナクトから報告は受けてるんだろうからさ」
「まさか」
ガイフルナクト艦長は撃滅された相手との会話もしていると言っていた。声の感じでは若い男だったと聞いている。
「あまり無法なことはするもんじゃないよ。ルールには従わないと」
上から目線の忠告を受ける。
「お前があれを……」
「シラを切ったりはしないよね? 違反行為をした以上は違約金も要求される。それは当然なんだから」
「ぬぅ」
通信相手が証人でもある。
「もし、要求を無視したりするんだったらそれなりの覚悟をしてもらわないといけないね」
「公表するつもりか?」
脅しであると判断した。それならばこの通信記録が手札になる。強要の罪で相手の身柄を要求することも可能。
(最後にしくじったな?)
パガンダはほくそ笑む。
「星間法第一条、国際貿易条項第二項」
思わぬ単語が出てくる。
「国家間などの国際貿易等の商取引、もしくは投機等の契約に反する行為を厳に禁ず」
認められた場合は、十分な補償が行われないかぎり星間管理局による制裁がくだされる。立派な国際条項違反になる。それは他国に属する民間企業に対しても適用される。
「わかるよね?」
「なに!?」
相手が映っていなかった通信パネルにロゴが現れる。そこには「GJI」と銘打たれていた。
「星間管理局司法部巡察課?」
一瞬、なんのことか理解が及ばない。
「司法巡察官!」
「そういうこと。きちんと処理しないなら立件するしかなくなる。それを踏まえた対応をお願いしたいね。別に無理に動きたいわけじゃないからさ」
「……政府に貴殿のことを報告してもよろしいか?」
息を呑んでから尋ねる。
「かまわない。そうしないと判断を間違えそうだ」
「感謝する。適正な処理が行われるものとお思いいただきたい」
「確認させてもらうよ。じゃあ、よろしく」
副官が「閣下?」と心配げに声を掛けてくる。よほど気の抜けた面持ちだっただろうか。
「本国に報告する」
「はい、速やかな処理を願いましょう」
叱責を覚悟のうえで政府への報告を行う。しかし、司法巡察官の存在を出すと尻込みして気弱げな反応。彼の処分は後回しになりそうだ。
『ブラッドバウ、リリエル・バレル氏からの通信が届いています』
今度こそ予想した相手。
「契約にあった感想戦についてなんですけど」
「その前に、我が軍の行動をお詫びするとともに、契約違反に関して適正な対処が行われることをお約束いたす」
「あ……れ、そう? それならかまわないんですけど」
拍子抜けした様子。飲み込めていない。
「ついては、例の件に関しても内密にお願いしたい」
「例の件?」
「演習内容に関して」
合点が入った様子になる。
「馬鹿になさらないでくださいね。貴軍の戦術は守秘義務に当たります。契約してお相手した以上、決して口外いたしません」
「助かる」
「その代わり、我らの独自技術に関して分析するのは仕方ありませんが、公開するのは遠慮していただけるものと期待しても?」
パガンダの答えに否やはない。
セグマトー艦隊司令はつづいて、アームドスキン運用やパイロット訓練の悪かった点について彼女に指導をもらった。
◇ ◇ ◇
感想戦が済んだリリエルはジュネの私室を訪ねる。青年は相もかわらず瞑想しているように見える。それは情報検索しているときのスタイル。盲目の彼は、他に誰かいなければ直接σ・ルーンに取り込んだほうが早い。
「今、大丈夫?」
訊くとすぐに目を開いた。
「うん。そんなに落ち込んでどうしたんだい?」
「リランティラとの話、片づけてきたから」
「ああ、それで」
打ち明けるまでもなく言い当てられる。彼の新しき子の能力、命の灯りを見る力に対し感情を隠すのは難しい。
「スムースに片づくようにしといてくれたんでしょ? 妙に下手に出てきたもん」
違約金の支払いに一も二もなく応じている。
「ぼくの仕事をしただけだよ。もし、強引に隠蔽しようとしたなら司法巡察官として動かないといけない」
「そうだけど、その気なら一発アウトでも良かったのに。司法を重んじるあなただったらそうするもん」
「小さい案件まで処理しようとしたら身体が幾つあっても足りないさ。立件する気なら星間保安機構に資料ごと丸投げしてる」
裁定だけすれば別に出しゃばる必要はないという。
「事前に手をまわしてくれたのはあたしのために、でしょ?」
「そうだね。長居するには座りが悪い」
「あいつら、無茶しすぎよね」
笑いながら招くとジュネも彼女の隣り、ベッドに腰掛ける。軽くもたれかかって不思議な色の瞳を見つめた。
「こういうの、申し訳なくて」
内緒話のように小声で。
「アシストチームのあたしたちがあなたにアシストしてもらうのは本末転倒なんだもん」
「気にしないでいい。結果が見えていたから今回の招待を止めなかったんだから」
「でも、足を引っ張ってる。あたしの特殊な立場があなたのすべきことを邪魔するのが嫌」
(こんなことが続けば彼の枷になって離れていっちゃうかも?)
リリエルはそれが怖い。
「大丈夫さ。理解したうえでのこと」
「あたしと一緒してもいいって思ってくれる?」
「うん」
いい雰囲気になる。目を閉じてキスをせがむと口づけてくれる。甘く柔らかな感触が心地いい。ずっとそのままでもかまわないと思う。
(ううん、ずっとこのままは嫌。もっと深く……)
「エル様、やっぱりここですかー!」
ロックを解いたままだったドアがスライドしてけたたましく入ってくる妹分。
「こらー、居候! なんて不遜なことを! うちでもしたことないのに!」
「やめなさい、ゼル! 邪魔しては駄目って言ったでしょ!」
「あなたまで入ってきたら余計に邪魔よ、ヴィー!」
一瞬にして雰囲気は台無しだ。寝食をともにする絶好の環境なのにジュネとの関係が深まらない原因はこれである。
(レイクロラナンにいるかぎり、彼とは結ばれない気がしてきた)
リリエルのため息にはたっぷりと憂いが含まれていた。
次のエピソードは『翼二人』『朱色のアクトレス(1)』 「お生憎さま、あたしがこのレイクロラナンのボスよ」