謀られし演習宙域(5)
「そんな掟破りをするんじゃ、とてもじゃないけど行かせられないね」
狙撃手の声が非難の色を帯びる。無味乾燥だった声音がより冷たさを増したように感じた。
「だったらなんだと言う?」
「贖うしかないのさ」
艦橋内を冷たい風が撫でたような気がした。その言葉の重い意味を彼らは知っていながら知らないでいたいと思う。
「狙撃受けました! 一機が被弾!」
「演習プログラムをスリープさせろ。機能停止させる必要はない」
「違います! 一機が大腿部に被弾! つ、続いて右肩に! 大破しました! これは現実にです!」
通信士の声は怯えを増してくる。
一方的な狙撃によりアームドスキン隊は壊滅させられたのだ。それが演習だったからパイロットの人命は失われなかっただけ。もし狙撃手のビームが通常出力であったなら今ごろ特務艦ガイフルナクトはほぼ丸裸にされている。
「こちらも通常出力に上げろ! 狙撃手を沈黙させるのだ!」
「すでに見失っています! また一機、じゃない二機大破!」
「なぶられているのか?」
そう思いたいだけ。実際には演習だからこそ狙撃手は爆散しないところを狙っている。それだけの差があるのを見せつけられているのを艦長は認めたくない。
「情けない。それでも特務隊員に選ばれた精鋭か?」
「ですが!」
「それはかわいそうだよ。ぼくが動いて狙点を変えているかぎり見つけることもできないんだからね」
声は伝わってくる。つまり、狙撃手は中継子機を視認できる位置にいるということ。破壊して指揮系統を失わせるのも可能なのに、恐怖を与えるために手控えしているのだ。
「レーザー通信の発信位置の特定は?」
『中継子機は広域把握のためにそういう構造になっていません』
システムは額面通りの回答しかくれない。
「光学観測。ルシエルタイプならあの光翼推進機構を備えている」
『氷の粒の乱反射の影響で正確な位置の特定は困難ですが戦況パネルに反映させます』
「ナビオペ、パイロットに伝えて仕留めろ」
誘導させて撃破を目論む。しかし、それが狙撃手への不用意な接近へと繋がるのに気づいていなかった。
「目標確認。攻撃する」
「編隊で掛かれ。確実にだ」
「りょ……、なんでだ! 見えてないはずなのにどうして!」
応答が悲鳴に変わる。
「どうした?」
「出るな! 操縦核が露出している! 上半分持ってかれてるぞ!」
「来っ! あー……!」
通信が途切れる。戦況パネルには機体システムから自動発信される大破のマークだけが増えていった。
「これは……」
「艦長、このままでは本当に丸裸にされてしまいます! 逆に我が軍の情報を奪われては危険です!」
「要らないよ。部隊回線の周波数を抜かれている段階で筒抜けだって気づかなきゃ」
アームドスキン隊は数を減らしていく。反比例するように狙撃手の圧力が増していく。リランティラの誇る諜報部隊の戦力が一枚、また一枚と剥ぎ取られていた。
「残りは?」
「二機です。確認できるかぎり戦死者は出ていない模様ですが、自力帰還できないものが半数近くを占めています」
「終わったか」
残存二機にも大破マークが刻まれる。ようやく惑星リングを抜けて狙撃手が姿を現した。直掩二機が砲口を向けるが余裕の状態で対峙してくる。
「どうする? その艦も航行不能にしておかないといけない?」
「やめてくれ。降伏する。大破機を収容したら演習宙域を離脱するからそれだけは認めてくれ」
「もう一度だけ信じるよ。最後だからね?」
念押ししてくるが、艦長にはすでに抵抗する意思も残っていない。自力で部下を連れ帰れるのがせめてもの救いである。
「お前は、なんだ?」
「あとでわかるさ。君のとこの艦隊司令や政府がよほどのわからず屋でないかぎりはね」
背中を見せるアームドスキンを撃てと命令できる度胸を艦長は持ち合わせていなかった。
◇ ◇ ◇
リリエルたちアームドスキン隊を中心とした戦闘宙域は白く霞みはじめている。ビームの赤外線輻射により周囲の氷が一度蒸発して微細な粒に変わってきたからだ。
「ラーゴ、いける?」
「二機やられたっすけど、まだもちます」
残っていた二隻も参戦してきている。もう外聞などかなぐり捨てて勝ちに来ている気配を感じていた。
「踏ん張りどころよ。じきにヴィーが戻ってくるから」
「ういっす!」
(実際はもう少し掛かるでしょうね。引き連れていったのはたった九機だもん)
ヴィエンタ隊の残り六機はリリエルの援護に残していっている。
一隻分の戦力三十機を相手にするのは骨が折れるだろう。最悪はそれが倍に増える可能性もある。
「頑張りなさいよ、ゼル」
「もちろんです! ヴィー隊長の代わりをしっかり努めますから!」
目の前にはまだ六十近くを数える国軍機の群れ。半数以上を失っている計算になる。実戦なら撤退ラインを超えるところだが、相手が二十機足らずとあっては粘りも見せていた。
「んだぁっ!」
「正気か?」
ゼレイのデュミエルが縦ロールしてビームを躱しながら爪先を相手の脇に掛ける。上体を引き戻しながら逆手に持ち替えたブレードを首元に突き立てた。
「曲芸か!」
「なんでもあり! お前はもう死んでる!」
撃墜判定をもらった機体を蹴りつけている。立て直す前に斬りつけてきた敵機はリリエルが受けて胴体へ一突き。
「お嬢、戻りました!」
「早い。ヴィー、偉い」
「どれほどもありません。参戦します」
(ヴィーがこれだけ早く帰ってきたってことは一隻分で済んだってこと。行方のわからない特務艦はジュネが一人で片づけてくれたのね。しかも初めてのルシエルで。さすが)
導きだされる結果である。
彼ならどんな機体でも乗れるだろう。しかし、普通に戦う以上の戦果を挙げるとなれば、その二つか三つ上のレベルの技量が必要になる。常人には無理だ。
(純粋にすごいとは思う。知れば知るほどに掛け離れた存在だって思ってしまうのは嫌だけど)
彼女の胸には不安の欠片が一つ転がっていた。
ピンクのデュミエルが横に並んでくる。戻ってきたヴィエンタが鋭い一撃で敵機を遠ざけた。
「早すぎです、隊長。せっかくうちがエル様に活躍するところを見せつけるチャンスだったのに」
「わたしが高みの見物を決められるほどの安定性を見せてちょうだい。そうしたら喜んでお嬢の隣の席を譲ってあげるわ」
「約束ですよ!」
そう言って飛びだしていってしまうあたりがまだまだである。意味をちゃんと理解できていないのだ。
「すみません。フォローに行きます」
「ええ、ついでに片づけちゃって」
「お任せを」
ヴィエンタを見送ったリリエルはドリンクで喉を潤しながら戦場を俯瞰する。戦況は傾きつつあり、相手が音を上げるのは時間の問題か。
「ヴィーが帰ってきてこうなったってことは、っと」
たかってくる敵を蹴散らしつつ戦場の中心を抜ける。
「来なさい、タッター!」
「合点でやすよ、お嬢」
後退している国軍母艦に向けて朱色の艦体が上をすり抜けていく。すでに十分な加速を終えていた。
「馬鹿な! 当てる気か!」
「あっしも出番をいただくでやんす」
二隻の下をくぐりながら大量の艦砲を浴びせていった。判定は航行不能だろう。アームドスキン隊を押しつぶした彼女の配下も後ろについてきている。
「ひぃ、沈められる!」
「安心なさい。痛くしないであげるから」
防御フィールド内に侵入した彼女はビークランチャーを高収束モードにして艦体をなぞる。実際ならば切断するような穴を開けて通り過ぎるところ。続く三十機も存分に光束を浴びせる。
その十秒後にはリリエルのところへ降伏宣言が届いた。
次回エピソード最終回『彼女の憂鬱の理由』 「わかるよね?」