謀られし演習宙域(3)
「全機反転! 攻撃開始!」
リリエルが命じると、待ってましたとばかりに一斉にターンする。
「ぶちかませ!」
十分に距離を稼いだブラッドバウのアームドスキン隊は引き連れた国軍部隊に襲いかかった。惑星リングの氷の粒が舞う中、一気に迫る。
「食らいやがれ!」
「急に活気づいてどうした? 弱ってたんじゃないのか?」
時間稼ぎの後退だと思っていた国軍パイロットは戸惑う。罠に掛けたつもりで、自身が罠に掛かっているとは思ってもいない様子。
(こいつらは粘らないはず)
彼女の読みが当たっていれば。
(ひと当てしたら後続の一隊と入れ替わるのが役目。餌に使われた衛星張り付き部隊みたいに情報制限されていない)
殲滅した二隻の部隊は作戦を知らされていなかったのだと思われる。切迫感がなければ寄せ餌として機能しない。作戦漏洩防止のためにも、他の隊とは異なる命令を受けていたと予想していた。
「視界が悪い。意味わかってるでしょ?」
「おいらたちの独壇場っす。やるっすよー!」
「おー!」
ビームが大きめの氷塊に邪魔されて通りが悪いのをいいことに接近戦に持ち込む。剣闘の間合いになれば敵ではない。怯んでいるうちに大破機を量産する。
「ヴィー、援護してやって。ゼレイ、来なさい」
砲戦もこなせるヴィエンタの隊に国軍機を散らさせる。
「喜んで、エル様っ!」
「合わせてあげるから前に出なさい」
「はい!」
よい機会なので妹分を鍛えることにする。戦闘力としては合格レベルなのだが、いかんせん全体の流れを読む能力に欠ける。普通の実戦形式を経験できるときがチャンスだ。
「いっきまーす!」
「戦列、頭に入れとくのよ」
突出して孤立しないよう諭す。この相手なら包囲を受けても突破できるだろうが、練習するならすべきことをさせなくてはならない。
(いつまでもヴィーを困らせないようにね)
ゼレイが鮮やかな黄色のデュミエルを加速させる。2m近い氷塊を挟んで間合いに入り込んだ。相手は照準を切られる。
(こういうとこ、しっかりできてる。ほとんど本能的にやってるんでしょうけど)
まわり込もうとした敵機に氷塊を蹴って飛ばした。回避機動をするが、ゼレイ機も張り付いている。
「いっけー!」
「なにぃ!」
彼女の手元が見えていない。氷の粒が癒着してできた氷塊が弾けて分解する。死角から伸びた剣閃は国軍機の胴を薙いだ。
「やりました!」
「ええ、油断しない」
「はひっ!」
横合いから別の敵機が迫る。デュミエルと鍔迫り合いになった。その隙に背後から上に飛びだした敵がゼレイを照準する。
「こんのぉー!」
「ぐえっ!」
デュミエルが股間を蹴りあげて強引に間に挟む。後続機はトリガーできない。すかさずブレードを引きながら旋回。一回転して胸の中央に突きいれた。しかも、そのまま押し切り、切先を背後の機にも突き立てる。
「どうです! 二機刺しです!」
「はいはい、その後ろがお留守よ」
リリエルは三段目に横に飛びだした国軍機をさらっている。ビームランチャーを叩き斬り、返す斬撃を斜め下から振り抜く。切断力場に装甲を舐められた相手は撃墜判定となる。
(もう少し先が見えてれば安心して送りだせるんだけど)
センスはずば抜けている。今のも狙ってやれるものではない。それを活かす視界の広さを手にできれば隣に置くにふさわしいパイロットになれる。
「あれ? 変ですよ?」
撃墜判定機のみならず敵全体が遠ざかっていく。
「こいつら退くから」
「えー、これからもっといいとこ見せるのに。こら、待てー!」
「やめなさい」
デュミエルのヒップガードに指を掛けて止める。
「ここで深追いするのは敵の策に乗るようなもの。周りを見てみなさい?」
「みんな止まってます」
「わかってるのよ。正確には戦場の空気を読んでる。ここは自重するとこだって」
それができねば生き残れないような人生を送ってきた連中だ。ゼレイはヴィエンタのフォローがあってこそ活躍できているが、本人がそれをきちんと理解できていない。
「いきなり戦気を読めとは言わない。まずは動きはじめる前に周りを見てみる癖を付けるのよ」
「わかりました」
「あんたの場合はまずヴィーの動きに注目してみなさい」
良い先達に倣えばいい。そうしているうちに身に付くだろう。そこに本能がともなえば彼女はすごいパイロットになれるはず。
(死なせたくないからこそヴィーも甘やかす。それくらい才能に恵まれた子)
「次はどう来ると思う?」
「入れ替えです?」
「そう。休んでいた連中が来るからブレードグリップをしっかりチャージしときなさい」
弾液は温存できている。そのためにリング内に引き入れたのだ。少しのインターバルで、再び全力で戦える。
(徐々に攻撃の圧を上げていけば相手も消耗させられる。消耗させているつもりで、いつの間にか削り取られているのに気づくのはいつかしら)
「来ますよ、お嬢」
ヴィエンタが固めに寄ってくる。
「予定どおりよ。もう一隊も動いてる。作戦の狂いには気づいていそう」
「投入してきますか?」
「ここで崩せなきゃ、あたしは無しだと読んだの。でも、ジュネは来るって言ったのよね」
ここまでの流れは彼女もジュネも同じ読みだった。
「では来るのでしょう」
「あら、彼の意見を買うの?」
「こういうとき、ジュネは外しませんので」
そこだけは意見の一致を見る。ウインドウ内の彼女の片腕の顔は口元を歪めて今にも吹きだしそうな風情だ。
「はいはい、降参。前はラーゴをメインに任せてヴィーは後ろ体重気味でいなさい。あたしも本気で撹乱に掛かるから」
「早くないですか?」
「彼の読みどおりなら、ここでほぼ勝負が付くんだもん」
削り取れればの話。失敗すれば長引いてしまうので厳しくなる。どこかで賭けに出なければならないなら誰に乗るか。決まっている。
(問題は後方に控えているのが一隻だけってところ)
偵察機の報告どおりならば。
(もう一隻はどこ行ったの?)
残り一隻がジュネが指摘した特務艦ガイフルナクトだというのはリリエルも気づいていた。
◇ ◇ ◇
「では作戦を開始する」
ガイフルナクトの艦長は命じる。
「アームドスキン隊はリング内を進軍。敵艦レイクロラナンを拿捕制圧する」
別働隊で敵母艦の攻略。作戦的にはとりわけ特殊ではない。ただし、撃沈ではなく制圧である。実際に侵入して制圧させる命令を出していた。
(ゴート宙区の戦術分析も進めている。確認されたとおり、奴らは直掩機を削って索敵に専念させた。現在の敵艦は丸裸の状態だ)
レーダー検知でなく、アームドスキンによる実際の索敵偵察を重視する傾向が如実に表れる。確実性を高める手段ではあるが戦術的欠陥でもある。覚らせないようにするなら直掩機を外すしかないからだ。
「これは訓練である」
宣言する。
「アームドスキン同乗の工作班はスパイ艦に侵入制圧を行え。そして、可能なかぎり奪われた情報を取り戻すのだ。その過程で目標艦の保有する様々なデータを奪取するのも訓練の一環である」
(これでゴート宙区が出し惜しみしている各種技術データが手に入る。成功すれば奴らの強さの秘密も判明する。我が国のものにすれば怖れるものもなくなるのだ)
搭載機が次々に発進していく。真の目的を達するのも時間の問題。
(なんと抗議してこようが演習の一部として押しとおす。奪った秘密は戦闘データの解析から得たものと主張すればいい)
「確実に実行せよ」
「了解!」
「それは遠慮してもらおうかな?」
突然割り込んできた声に特務艦艦長は眉をひそめた。
次回『謀られし演習宙域(4)』 「それはどうなのかな?」




