謀られし演習宙域(2)
レイクロラナンは衛星から重力場レーダーの圏外になる9000km以上離れてアームドスキンを放出。リリエルが率いてリング内を飛行してきた。
リングを構成する氷の粒は小惑星帯と違って結構な密度で周回しているが、一つひとつが数mmから最大でも数m程度なので衝突してもダメージはない。それよりレーダー検知から逃れて奇襲することが重要だった。
「砲撃開始!」
彼女の号令で単に衛星を照準しただけの狙撃がはじまる。
「撹乱するのが目的なんだから数だけ放り込んでやりなさい」
「合点で!」
「リング抜けたら丸見えなんだから応射くるからね」
間隙といっても氷の粒がまったく無いわけではない。衛星と1500km離れれば光学観測での狙撃がくるわけではないが、狙点分析と重力場レーダーでの大雑把な応射は想定しておくべき。
「接敵まで五分。立て直す暇を与えず攻略しなさい」
応射はくるが散発的。動揺を測る判定基準になる。前回の戦闘の不慣れさからすると持ち直してはこないという計算なのだが絶対ではない。極力クレバーに射線を読む。
(いける)
リリエルは最終判断を下す。
「全機そのまま突入。抜剣!」
号令するとブレードが金色の光を放つ。
まとまりのある迎撃はできていない。衛星から飛びだしてくる者、氷の壁面を背負うように砲撃してくる者、対処はばらばらだ。崩れたままの相手は怖くもない。
「また乱戦かよ。お前ら本当に軍なのか?」
「残念な台詞だこと。それはアームドスキンの特性の無理解からくるものよ」
「言ってやがれ」
叩き切るまでもないビームを躱しざまに懐へ。胴を一閃して撃破判定を取ると、上から飛び込んできた敵機に突きを送る。グリップの根本に衝突した機体を蹴りつけて避けた。
「弱らせるまでもない。ヴィー、二編隊連れて母艦を沈めてきなさい」
「了解いたしました」
リカバリ方法を潰しにかかる。
「他は各個撃破。殲滅よ」
「お嬢、一発目から派手すぎっすよ」
「叩いておくの。おかわりあるんだから」
プライガーと交差しながら会話を交わす。彼が引っ張ってきた一機の頭を掴むとそのまま衛星の地表、氷の層に叩きつけて粒を散らした。
軽く一突き入れて撃墜状態にすると、地表を蹴りつけた反動で後ろへ。ターンしながら背後からきていたアームドスキンを薙ぎながら抜ける。感じていた照準の金線に斬撃を沿わせてビームを二分すると、スピンしつつ射手を袈裟斬りにする。
「とんでもない。こんなの相手にできるか!」
「ご挨拶ね。招待したのはあんたたちのほう」
逃げる相手のパルススラスターを一閃して移動不能にする。味方の放った低収束のビームが装甲面で弾けて反動で飛んでいくのを尻目に次へ。無秩序に集まってくる敵機を次々と戦闘不能にしていった。
「またかよ。今度は母艦まで沈めやがって」
「通知だけなのを幸運に思いなさい。実戦だったら盛大な花火を拝むことになるのよ? 精神的ダメージは比じゃないから」
経験を積ませてやっているのだから非難される筋合いはない。本当なら守るべき戦友と二度と会えなくなっている。
(おめでたい連中で間に合ってるってのは幸せなこと。つまりは平和なわけね)
近隣国家となんの軋轢もなく友好関係を築いているのではあるまい。外交努力などの平和的解決ですんでいるという意味。リランティラの場合、その裏の謀略で本格的衝突にいたる前に終わらせている節があるが。
「トップに強かな顔ぶれが並んでるってこと。つまりはこれで終わりじゃない」
頃合いか。
「新たなアームドスキン隊が接近中。数五十四。接触まで十分」
「了解よ、アンジー」
「もうおかわりっすか」
通信士の通告に応答する。
「タッターの言うとおり二隻ずつ。衛星待ち伏せ自体が囮なわけね」
「ここに引き寄せて畳み掛けるつもりっすね?」
「計算高いんだかなんだか」
想定内の接近である。国軍は彼らに消耗を強いる作戦なのだ。わかりやすい場所に駒を一つ置いてそこに引き寄せる。そこから波状攻撃の開始である。
彼らの誤算は一隊目の壊滅までが早すぎたこと。奇襲が成功したからこそインターバルが取れるのである。
(ジュネも罠とわかりながら教えてきたのね)
敵の動きが読めるということは対処も組めるということ。
(流れを呼び込む。そのあとは自由に料理しろって言われてるみたい)
彼は時々レイクロラナンの体制を試すような仕掛けをする。それは成長を促すためのものであり、実力を測っているようでもある。どこまでやれるか把握したいのだろう。
「もらった時間、有効に使うのよ」
演習規定に従い撃墜判定を食らったアームドスキンは戦闘艦に戻る。復帰はなく、国軍側は母艦も沈んでいるので換装復帰もない。ブラッドバウ側の二機の中破機はぎりぎり間に合うくらいか。
(一隊を戦闘不能にしたから次からは強引に仕掛けてこない。突くだけ突いたら退きに掛かるかも。そうはさせないけど)
残りは三隊。変わるがわる攻撃されたらさすがの彼らも消耗して実力が発揮できなくなる。上手く立ちまわってインターバルを挟みながら逆に潰していかなくてはならない。
「あと五分。いい?」
「もう少し休ませてほしいっす」
「足りてるでしょ。切り替えなさい」
(まったく、わざと言うんだから)
プライガーは怠惰な振りをしているだけ。それは部下の気持ちを代弁してのこと。彼自身はもう次にいけるくらい回復しているだろう。
(時間を掛けてでも確実にってつもりなんだろうけど、そうはいかないんだから)
敵艦隊司令の思いどおりになる気はない。
ヘルメットボトルの中身を吸口から飲む。高揚した身体に冷たいドリンクが滑り落ちていくのが心地いい。こういうときこそ生きていると感じてしまうのだから救われない。生まれながらの戦闘職である。
「さあ、第二幕。シナリオを忘れるんじゃないのよ?」
「ういっす」
接近してきたアームドスキン隊と砲戦がはじまる。再び乱戦に突入するかと思いきや、ブラッドバウ側はそこそこに後退をはじめた。まるで回復しきれていないと思わせるように。
「このままリング内に。方向はいい、タッター?」
リング北面のレイクロラナンとの相対位置はキープしている。
「いいでやんす。ナビに従ってくれれば問題ないでやんすよ」
「全機、それっぽく行動なさい」
国軍側は彼らが消耗したままだと感じるだろう。追わないわけにはいかない。しかし、本心では追いたくはないと思われる。
「どうした。怖気づいたか? 逃げるとは情けない」
「シチュエーションはスパイ艦でしょ? 逃げて当然じゃない」
「逃げるだけでは演習にならないぞ」
(焦ってる焦ってる。ぷぷぷ)
愉快である。
彼らは逃げてほしくない方向に逃げているのだ。正確にいうと次に仕掛けてくるもう一隊、覚られたくないため隠密状態で航行中の二隻から距離を取るように移動している。
そのままでは波状攻撃が成立しないので挑発してきているのだ。彼らがもう一隊の位置を把握しているとは思っていないだろう。
(この敵を引っ張って足の遅い隠密艦隊を引き離す。こうしてればインターバルが稼げるから)
実はレイクロラナンは直掩を置いていない。残していると見せかけて、早い段階から偵察に出している。直面している部隊との戦闘は相対距離を常に把握しつつ。
(考えが古いのよ。これがターナ霧使用下での探知戦。重力場レーダー頼りで進めてたら確実に後れを取るから)
偵察という古典的な方法論が頭に入っていない。電波撹乱分子の存在が戦場を変えているのに追いつけていないのだ。
リリエルは仮想マップを見ながら仕掛けるタイミングを測っていた。
次回『謀られし演習宙域(3)』 「ゼレイ、来なさい」