謀られし演習宙域(1)
リランティラ国軍から届いたオーダーは以下のとおり。
国軍側は全艦八隻が参加。シチュエーションは侵入した敵艦の発見および拿捕もしくは撃沈を目標とする。
つまりガス惑星の惑星リングに隠れた敵艦を探知して撃滅するミッション。威力偵察あるいはスパイ艦に対する作戦行動に該当する。
「っていうのは建前で勝ち逃げは許さないってとこ?」
「そうなりやすねぇ」
当初は全艦投入は考えていなかっただろう。しかし、平場で二隻があしらわれたとあっては黙って帰すわけにはいかなくなった。思惑が見え隠れしている。
「強敵と思われたのは嬉しいんでやんしょう?」
「ええ、強敵なら強敵らしく振る舞って差しあげないといけないかしら」
「やる気でやんすか」
一歩も退く気はない。期待に応じた悪役を演じきってみせねばならない。
「契約料金に見合うだけみっちり鍛えてあげる」
ついつい口角がつり上がってしまう。
「そりゃいいでやんすが、さっきの一戦で研究分析されてるでやすよ?」
「程よいハンデよ、タッター。全力全開でこなきゃ返り討ちに遭うってわかるでしょ」
「全力でも返り討ちにする気でやんすね」
今さら呆れなくてもいいだろう。タッターもまだ五十一歳と壮年の域ながらブラッドバウでは古参中の古参である。それこそリリエルが生まれた頃から知っているのだから。
創始者で祖父のリューン・バレルを信奉するあまり、この年になっても三下言葉を改めないのを好ましく思う。彼にとっては威厳など二の次で、実力をもって盛り立てるのが最重要なのである。
「初期配置の指示までないでしょうね?」
「まさか、そこまで不利な条件を押しつけてきたら、あっしだって文句の一つも付けやす。フリーでやんす」
「とはいえ、他人の庭ではね」
向こうは勝手知ったる場所ではあるが、彼らにとっては初めてのところ。調べる時間も取れていない。さて、と首をひねったところでメインブースに投影パネルが一つ浮かびあがった。
「リングに筋?」
惑星リングには濃淡があり、その薄い部分が示されている。
「ポイント落ちやしたね。そういうことでやんすか」
「なあに?」
「ここが薄いってことは物が、正確にいうと氷の粒が少ないんでやんすよ。その高度を周回してる衛星があるって意味でやんす」
重力で掃き集められて物質が希薄になっている帯なのだという。
「ジュネったら。これ、ヒント。衛星を使えってことね」
「違うでやんす。連中が使うだろうって意味でやんしょう」
「それじゃ……?」
「逆手に取れってことでやんす」
ベテランの読みは深い。相手が知っているからこそ利用してくると見たのだ。それなら対処のしようがあるだろうと。
「じゃあ、そこからね」
「合点でやす」
リリエルはヘルメットを担いで「よろしく」と告げた。
◇ ◇ ◇
同調したルシエルの状態がσ・ルーンを介して頭にも流れ込んでくる。軽くチューニングしただけで、ジュネが思ったよりいい状態に仕上がっていた。
「十分にいい機体なんだけどね」
量産品とは思えない。
『当然。エルシが協定機ゼビアルをベースに量産化可能へもっていったものよ』
「軽いわりに白兵戦にも特化した駆動を重視した設計になってる。これをスピード型って呼んじゃかわいそうだ」
『重みを削いだだけで近接戦特化は変わらないのよ。ブラッドバウの伝統芸ね』
朱髪に赤い瞳の二頭身アバターが言う。
「芸って言っちゃいけないよ、マチュア」
『言葉の綾よ。極めれば比類ない力を発揮するほど』
「特質だね」
特異な組織であるがゆえに特殊な進化を遂げている。民間でありながら国家に属さず、政治的しがらみを持たずにこれまでやってきたのだ。
独立独歩といえば聞こえはいい。しかし、大地に根差さず個人を拠り所にする機関が長命なのは意外と難しい。それを興味深く感じていた。
『リング内に入ったわよ?』
レイクロラナンの情報も彼女の手の内。
「見えなくなったところでそろそろ出掛けようか」
『わたしは消えるわ。フレニオン受容器搭載機でないのを忘れないように』
「便利すぎて忘れちゃいそうだね。現状のデータだけ落としといて」
彼女が収集したデータを入れてもらう。ここからはそれに従ってジュネ単独で動くつもりだ。
「もう行くの?」
求めた発進許可がリリエルに伝わったらしい。
「うん、終わったら拾ってよ」
「ポイント発信したら迎えに行く。無茶しないでよ?」
「もちろんさ。トリオントライほど自由じゃないからね」
足元の発進スロットが開いた。
「あんまり暴れないようにね?」
「それは約束できないし」
宣言するオレンジ髪の娘にジュネは苦笑してルシエルをスロットに落とした。
◇ ◇ ◇
惑星ベルト内の衛星にひそんだ戦闘艦ヘイゼンナクトとオリガナクトは重力場レーダー範囲いっぱいを走査しつつ移動している。
「なんて言ってる?」
「引っ掛からないとよ」
衛星のサイズは長径で1100mに及ぶ。なのでリングに表れる空隙は広く3000kmはある。
衛星の傍であれば彼らアームドスキン隊や母艦もリング内から重力場レーダーで検知されることはない。逆に厚みが50mちょっとしかないリング平面は一方的に監視できる状態。
「あの朱色の戦闘艦なんてすぐ掛かると思ったんだがな」
「近くにいればの話だ。レーダーだって範囲は9000kmしかないんだぜ」
その範囲に入ってくれば確実にキャッチできるはず。衛星の質量に紛れている彼らを相手は掴めないので奇襲を掛けることが可能になるのだ。
「あくせく動きまわる必要なんてない。俺らはゆっくり奴が網に掛かるのを待ってりゃいいのさ」
「午前の雪辱、果たさせてもらう」
ヘイゼンナクトは平場戦闘で敗戦した二隻の一方。恵まれた配置を感謝しながら汚名を返上せずにはいられない心持ちなのである。
「意気込みすぎるなよ?」
「冷静だって。奴らを確実に屠れるくらいにな」
物騒な台詞が飛びだす。
「おいおい、興奮してんじゃねえか。落ち着けって」
「だから落ち着いてるって言ってんだろ? 燃えてんのは俺の心だけだぜ」
「ほどほどに頭は冷ましとけ」
勝利のために奇襲は前提条件。実際に相手したパイロットはそれくらいの差を実感している。それでもなお勝利を目指すなら作戦を確実に進めること。
「間違っても他の連中にやられるんじゃない……、なんか光らなかったか?」
リングの中に光を認めたような気がした。
「恋い焦がれるあまり幻影でも見えるようになったか? 重力場レーダーに反応あったら即座に発進命令下りてるって」
「ちっ、気の所為か。早く来いよ」
「いや、待て。見間違いじゃないぞ!」
リングの中に幾つもの光が生まれる。それは徐々に大きくなりつつ迫ってきた。
「狙撃来るぞ! 回避!」
「なんでだ!」
この日、何度目かわからない疑問が口をついて出る。常識外れのことばかりが起きて完全に振りまわされている状態。
「寝ぼけてんじゃねえだろうな、通信士!」
「システムはなにも言ってないわよ! 目視監視だってしてた!」
横殴りの雨のように注ぐビーム。衛星に張り付いていたアームドスキン隊は逃げ惑うしかない。ほうぼうで衝突も起こっていた。
「よく見ろ! 狙撃じゃない! 奴ら、衛星を狙って放り込んできてるだけだ!」
「冷静に射線を見ていれば直撃はない! フォーメーション崩すな!」
徐々に回復しつつあるが崩されたのは否めない。
「よりによってまた狙ってきやがったのか? 上等だぜ!」
「反撃開始だ!」
「かましてやれ!」
すでに冷静さを剥ぎ取られているのに気づいていないパイロットたちだった。
次回『燃える演習宙域(2)』 「お嬢、一発目から派手すぎっすよ」




