二人の居場所
「『翼』がタンタルを討ったんな」
ノルデが告げても『剣』ラフロ・カレサレートは深く頷いたのみ。
「然り。ノルデたちが最有力としていた以上、当然の帰結であろう」
「ノルデはちょっと悔しいのな。ラフロにもそれくらいの力はあると思ってたんなー」
「無茶を言うな」
剣士は苦笑いしている。
「吾はアンチVが使えぬ。使ったところで当てられるとも思えぬ。効率が悪い」
「最もブラックホールシステムの使用安定性が高いのがラフロな。ワンチャンあったんな」
「よい。結果が全てである」
誰がなにを成そうが結果だけ出ればかまわないという。ラフロはそれよりも彼女との安定した暮らしが望みだと主張した。
「無欲なんな」
「元より少なかったものだ」
結婚後はかなり戻ってはきていたが。
「じゃあ、これからはのんびりになる?」
「落ち着いてはくると思うんな、フロド」
「そっかぁ」
操縦席で背伸びしている。
「ゆっくり嫁でも探すのなー」
「僕の? んー、事情を知ると尻込みされちゃうと思うけどね。下手に転ぶと王妃なんて重責を被るとなると」
「なかなかなんな」
カレサの民主化は地方から進んでいるものの、イコール王の廃位とまでは行きそうにない。外交の顔としての地位が求められる方向で進んでいる。
「まだ時間はあるのな」
「兄ちゃんでも良くない?」
「吾が特に向いてない役割であろう?」
コミュニケーション能力が問われる立場になる。確かにラフロでは難しいだろう。そもそも外交使節が大剣を背負ってくれば相手国はビビる。誰もが想像がついてしまいイグレドの船内は微妙な空気になる。
「王様が自分で操縦する航宙船で乗り付けるの面白がられるんじゃない?」
「他人事だと思ってない、デラ?」
「他人事だし」
今回は質量的にあり得ない外軌道を巡っている大型固体惑星の探査である。中央公務官大学地質学教授デラ・プリヴェーラも同乗していた。
「呑気にしていていいのな? タンタル討伐にアンチV開発で多大な貢献したって表彰される話が出てるんな」
「マジで?」
「また予算がいっぱい落ちてくるのな。大学はデラを放してくれなくなるんなー」
「やめて。適当なところで引退して田舎で化石掘って暮らさせてぇー!」
デラの望みは叶わないであろうとノルデは確信していた。
◇ ◇ ◇
「終わったん」
「そうか。頼もしいことだな」
リュセルがもう動員される心配はないだろうと教えるとタイキ・シビルはコンソールから顔を上げる。今年度も滞りなく卒業生を送り出せると笑顔を見せた。
「フユキは本当に頑張ってくれたな。俺が忙しいとわかってて表に出ないで済むようにしてくれた」
少年なりの配慮だ。
「TVは子育てパパとしてタイキを取り上げようとしてるん。懲りないん」
「ほんとに忙しいからな」
「よく寝てるん」
娘を寝かしつけて仕事をしていたところ。ラウラーラは二人目がもう臨月で休ませていた。
「キアズ合衆国の仕事は遠慮させてもらってる状態で動員されるではかなわん」
「欲張りすぎなーん」
「俺は走ってないと死ぬタイプだからな」
教師で父親で政府要人で協定者な男をリュセルは労った。
◇ ◇ ◇
「どうにか一段落よ」
マチュアが告げるとジュリア・ウリルもホッとした表情になる。
「当分は『ファイヤーバード』の仮面で表に出なくてよさそうね」
「ヴァラージ対策室も解散か?」
「タンタルが仕掛けた罠がまだ残っていそうだわ、ジノ。しばらくは後始末に動かないと駄目ね」
どこにひそんでいるかわからないヴァラージを狩り尽くさねばならない。当面は大きな戦闘はなくなるというだけ。
今回V案件の中身を公表したあとの対応も必要だが、それくらいは本部に丸投げしてもいいだろう。隠しきれないと判断したのは上だ。
「ゆっくりしろ。あいつは君の身を案じて現場に出てこないよう言ったんだからな」
「まあね」
現場に向かう気満々だったジュリアを止めたのはジュネである。本部の判断を促せる立場というのも嘘ではないが、彼女の身体を思ってのことだ。
「もう少ししたら安定期に入るから」
ジュリアのお腹にはジュネの弟か妹がいる。
「それまでは落ち着ける場所にいてほしいのよ、ジュネも」
「わかるんだけどね、マチュア。あの子が命を懸けるその場にいられないのは心苦しくって」
「その子に託したの。自分にもしものことがあっても、あなたが生きる希望を失わないで済むように」
ジュネが産んでくれたことを感謝していると知ってジュリアはまた子供を作る気になった。その子を守りたいという気持ちは母子に共通してのもの。
「嬉しい。最高の結果に終わったんだもの」
母親の目元に涙の粒。
「思い知っただろう。自分がなんでも背負えるんじゃないってね。あいつ、最後のほうはタンタルに飲まれてたからな」
「言わないであげて、ジノ。あの子はまだ十九なの。大人になりきるには早すぎるわ」
「そう思ってるのは親だけさ。もう一歩先に行ってるね」
ジュネが最後に使った力は人知を超えたもの。マチュアもまさか時空相転移システムが起動できる装置だなんて思っていなかった。
(ジュネは創造主と同じところに行っちゃった。もしかしたら超えたのかも)
マチュアは養い子の成長が誇らしかった。
◇ ◇ ◇
リリエルは彼がリュー・ウイングから降りてくるのを怯えて見守っている。逃げ出したい気持ちもあったが、答えを知らずにいられない自分もいた。
(心のままになじっちゃった。怒ってるかも、勝手に戻ってきてわがまま放題言ったって)
ジュネはシートにヘルメットを置いて飛び降りてくる。0.1Gでゆっくりと落ちてくる口元にはいつもどおりの微笑が湛えられていた。その笑みが少しは深い気がするのは彼女の希望的観測かもしれない。
(あたしのところに戻らないといけないとは言ってくれたけど、もしかしたら面倒見ないと他の手に負えないと思ったりかもしれないし。余計なことしたのを叱らないといけないとか、そんな理由かもしれないし)
考えが堂々巡りする。怖くて顔を上げられなくて足元ばかり見つめていた。また厳しい言葉を突きつけられるんじゃないかと震えている足を。
「居候、あんた、どの面下げてまたエル様の前に……」
「…………」
横からゼレイが飛び出そうとする。ところが機先を制するようにジュネの手が頭に乗せられている。妹分も視線に押されてそれ以上の言葉を紡げないでいるようだった。
(怒られない?)
ヴィエンタやプライガー、タッターも後ろで背を押すように待っている。彼らの目は大丈夫だと語っているように思えた。
(あ!)
振り向くと目の前に青年の顔がある。さらに深みを増したかのような瞳に一瞬にして飲まれた。目を離せなくなっている。
「あたし……」
「君の心にぼくの居場所はまだ残ってるかな?」
(よかった。ジュネの心にあたしはまだいたんだ)
腰を抱かれて引き寄せられる。
深い深いキスにリリエルは身も心も蕩かされてしまった。
以上、本編終了。次回完結、エピローグ『箱』 「ぼくが生まれた本当の使命はこれだったんだ」




