神と人の狭間で(3)
かなり距離はある。しかし、ジュネがその灯りの色を見間違えるはずもない。純然たる情熱の朱色は心に訴えかけるほどに澄み渡っていた。
「ふん、まだ切り捨ててなかったのか?」
「…………」
捨てたつもりだった。そのために酷い言葉を浴びせた。突き放したというのに再び戻ってきた。治まりかけていた心の傷の痛みがじわりと蘇る。
「ずっと一緒に戦ってきたんだから、最後まで一緒に戦えって言ってよ!」
最初から涙声である。悔しさと悲しさ、期待、怖れ、望み、様々な感情が入り混じった言葉を浴びせられる。
「恨まれるかもしれないなら一緒に恨まれてあげるって言ってよ!」
彼女は気づいてしまったらしい。真実が広まったとき、なにが起こるかを。最後まで背負えと迫ってくる。彼とともにあるために。
「死ぬかもしれないくらい危険なら一緒に死んでって言ってよ!」
タンタルと刺し違えるつもりでも隣にいると言う。彼女の立場では冗談でも言ってはいけない台詞。それを躊躇いもなく告げてきた。
「勝負の場に無粋が過ぎるな」
タンタルは嘲る。
「…………」
「さっさと黙らせろ」
「ごめんね。使命に殉じてでも君を連れていくつもりだったけど、ぼくは彼女のところに帰らないといけないみたいだ」
それくらいにリリエルへの想いが溢れた。神であらねばならないことなどどうでもよくなる。人として彼女の隣りにいたかった。生まれた意味と思っていた使命を捨ててでも。
(せめてペナ・トキアの人は守らないといけない。タンタルをどうにか引き剥がしてメテオバスターを撃ち込んで……、っと?)
身体を包んでいたベールが粉微塵に砕けるような感覚。ジュネの意識に極めて大きな変化が訪れていた。
『精神強度が測定限界を超えました。時空相転移システムが使用できます』
機体システムが通知してくる。
「時空相転移?」
『Pシステムを起動しますか?』
「これは……?」
強く意識せずともその仕組みが理解できる。リュー・ウイングが本来持っている力。いわば、そのために建造された機体なのだとわかった。
「Pシステム起動」
『起動します』
リュー・ウイングの胸のリングが発光した。
◇ ◇ ◇
(なんですか、これは)
ファトラは愕然とする。
(精神強度が測定限界を超えるなんて。それにジュネのこの同調深度は……)
新しき子の領域を遥かに超えている。彼女の知らないなにかに変貌していた。
(第二段階ネオス……)
そう例えるしか言葉がなかった。
◇ ◇ ◇
『ジュネ、これは史上一度も起動したことのない惑星規模破壊兵器です。使えますか?』
ファトラに不安の色がある。
「大丈夫そうだよ」
『では、なにも申しません』
胸のリング機構が光を増し、中空に別のリングを創出する。自然と掲げた腕、手首にも同じ機構があり、光輪を生みだした。ジュネはそのままスワローテールへと迫っていく。
(そうか、ここに道があったんだ。理念と心の狭間に本当の神への道が)
ようやく理解した。
「もう終わりにしよう?」
「いや、待て。それは……」
不思議と心は落ち着いている。自分の変化を当然のものと受け入れていた。そして、全てが終わったことも。
「なに? どうした? 動け! なんで時空界面に反発力がない! あり得ん!」
スワローテールは停止したままだ。
『過去にしがみついているからですよ。ぼくらはこの時空では亡霊なのです』
『もう飛べないの。さよならなの』
「貴様ら! まさか!」
意識に映る影はタンタルの似姿に見える。三角耳を持つ外見はまったく同じもの。ただし、湛える表情は似ても似つかない穏やかなものだった。
(ネローメ、滅びてなかったんだ)
『いさぎよく退場しましょう?』
『レリの言うとおりにするの』
「ギナ・ファナトラぁー!」
(彼女が創造主。ファトラの本来の主なのか)
半ば透き通った影を精神体だと理解した。
『ちゃんと動かせたの。偉いの』
緑の髪に金の瞳、白い影はジュネのところにやってきた。
『終わりにするの』
「うん、ありがとう」
タンタルへの距離は詰まっていく。彼はリュー・ウイングの右手を掲げて近づいていった。
「やめろ! よせ!」
スワローテールの突きつけた爪の先から金色の粒子がこぼれはじめた。手から手首、腕へと相転移して分解されていく。
「やめろぉー! 来るなぁー!」
光輪を胸の前に掲げた。躯体が端から溶け消えるように光の粒子へと変わっていく。そして、ある瞬間、一気に分解されてパッと消えた。粒子だけがゆったりと流れていく。
「エル様、居候がやってくれましたよ?」
「勝ったの? ジュネが?」
「そうです。タンタルに勝ちました」
いつの間にかやってきていたブラッドバウのアームドスキンが一斉に腕を掲げて勝鬨をあげている。ボロボロの特応隊の機体も腕を振りまわし、残っているものはビームランチャーを上に向けて撃ち放っていた。
「終わったよ、ジュネ」
フユキの声が聞こえる。
「いや、まださ」
「そう?」
「うん、全部終わらせよう」
彼はリュー・ウイングを彗星カフトトアに向ける。パワーを上げると胸から発する光輪を三重に増やす。腕のリングも二重にした。
「まさか?」
迫る彗星核に変化が見えはじめた。ゴツゴツした芋のような灰色の氷の塊の先端が光輝を帯びる。砂となって解けるが如く溶けた。それは徐々に広がっていき、直径で68kmもある塊が相転移して光の粒に変わってしまった。
「嘘でしょ……」
「本気出したら惑星一つでも消し飛ばしちまうやつっすね?」
「とんでもありませんね。まさに神の領域です」
(どうにか無事に使命を果たせたみたいだ)
ジュネは光の粒のシャワーを浴びていた。
◇ ◇ ◇
惑星ペナ・トキアの人々は夜空を見上げている。そこに星空はない。カフトトアの噴出ガスが反射する主星の光のせいで明るい夜空だった。
そこに彗星核が浮かんでいる。数時間もすれば落ちてくる。なのに恐怖に駆られている者は少ない。ただ、微かに瞬く光を眺めているだけだった。
「あれは?」
「なんだ? 光ってる?」
彗星核が下の面から輝きはじめている。光は伝染していき、核全体が輝いていた。誰もなにが起こっているかわからない。ただ、彗星核だったものが崩れていくのを見上げていた。
「助かった?」
「消えた? どうして?」
「星間管理局のアームドスキンがやってくれたんだ!」
一気に歓声に包まれる。見ず知らずの人々が手を取り合い無事を喜んだ。感謝と歓喜の声で満ちる。
「あれ」
「ん?」
一人の子供が空を指差す。そこに新たな変化が起こっていた。光の粒子が違う流れを作っている。
「あ!」
投影パネルに望遠映像が灯る。深紫のアームドスキンが彗星核だった光の塊を前に手を広げている姿だった。
粒子は金翼に集まるように分かれていく。なにかの力に引かれているのはわかるが、それはまるで光の翼が伸びていっているかのようだった。
「『ジャスティウイング』は神様だったの?」
三対六枚の翼に包まれていく。重力に引かれて粒子は流れていく。惑星ペナ・トキアは光の翼に抱かれていた。
「ああ、神の御業だ」
その現象は惑星全土で観測されていた。人々はその福音に喜び、抱き合う。多くの人がファイヤーバードの導きで誰かを助けることが自らを救うことに繋がるのだと知った。善行は巡るのだと。
ペナ・トキア事変は星間銀河圏を巡る伝説となった。
次回最終話『二人の居場所』 「あたし……」




