彗星落とし阻止作戦(5)
フユキやオルドラダ艦長が想定したほど戦況はよくない。飛散型アンチVは指摘されたほど効果は落ちていないが、ヴァラージの側も学習して避けるようになっている。
なにより戦場をアンチV薬の霧で満たす作戦も功を奏していない。そちらは効力低下の影響をもろに受けていた。
「よくないよ。頑張ってくれるかい?」
「うん、艦長」
形勢を変える必要がある。しかし補給タイミングも不可欠で、今は持ち堪えなければならないとき。
「大丈夫、フユキ?」
「行って、リン」
「超特急で帰ってくるからぁー!」
ペイグリンが申し訳なさそうに飛び去っていく。
半数抜けた穴を埋めねばならない。戦列を抜けて飛び出したヴァルザバーンは力場鞭を振り被っていたヴァラージを蹴り飛ばす。ノールックでアンチVを着弾させた。
「来てくれたか。待ってたぞ」
「ごめん、ギィ隊長」
「すまん。思うほど墜とせてない」
サーギー・ナージー隊長も優秀なパイロットだが怪物相手では勝手が違う。エースの名をほしいままにした腕前を発揮できていなかった。
「弾を惜しんだら無理」
苦戦の原因を突く。
「しかし、俺が撃ち尽くして抜けると崩れかねんからな」
「隊長の穴くらい埋めるって言ってるじゃん」
「任せられるほどじゃないって言ってるんだぞ、ダレン」
飛散した薬剤の効果が薄いとわかってからは弾の使用率が下がっているとササラが指摘している。つい決定機を作ってからという意識が働いたのだろう。
「弾薬は十分。どんどん撃つ」
「そうだな。中継子機にフル回転してもらおう」
(効果は薄れるだけで全く効かないわけじゃない。ちょっとでも弱らせれば好機は増えるんだから)
軍隊の悪い癖かもしれない。戦局によっては撤退も視野に入れないと戦略が立たないからだ。しかし、退くに退けない戦いもある。少年はそんな経験ばかり積んできていた。
(負けたら彗星が落ちちゃう。時間はそんなにない)
動員が決まって弾薬などの物資を揃え、この惑星系に跳んできてジュネと合流するまでで時間を消費している。タイムリミットは近い。現実に惑星ペナ・トキアはかなり大きく見えるようになってきていた。
(一度退いて作戦を練り直す、補給ももっといるってなったら次は一発勝負。それもギリギリ。たぶん大気圏にかなり悪影響が出るようなタイミングになる)
オルドラダに撤退を考えさせるような局面を作ってはいけない。彼女は優秀な指揮官であるだけに計算してしまう。軍人としての決断をさせてはいけない。
「近づいてみた?」
「まだだ。厚くてな」
「反応見てみる。ヴァラージ連れてくから。ササラ、コース」
敵の薄いところを探してもらう。ヴァラージ船に接近したときの他個体の対処が見てみたかった。戦列の負荷も下げるように突出する判断をした。
「想定コース反映。自由度300m」
「十分」
六体を引き抜いて追わせた。フユキはヴァルザバーンを背向させて飛散型アンチVを連射する。回避の意識を読んでそこにビームを置きにいった。頭に直撃した一体がロールするのへ通常弾頭を送り込む。
「距離8000m」
「うん」
ササラがヴァラージ船までの距離を読みあげる。後ろを気にせず攻撃に集中できた。1000mを切るまでに六体とも片づける。
「鱗? 硬そう」
「記録しとく」
試しに通常型アンチVをばら撒く。細い生体ビームらしき白光が瞬いて破壊された。ビームも展開したリフレクタに阻まれる。
「すごく硬い」
「それだけ大事ってこと? 防御強めにしてあるんじゃないの」
「取り付くのは無理そう。最後にBシステム使う」
戦力を剥ぎ取ってから止めを刺しにくるべきだと感じた。背中を気にしなければいけない今の状況では不用意に使えない。
「先に人型を叩くのね? もう少しでダレンさんたちも補給終わるから」
「挟む」
ヴァルザバーンを反転させる。ヴァラージ船は後まわしだ。守ってもらわないとBシステム使用の集中力を維持できない。敵は一体ではないのだから。
「威力偵察ご苦労」
「準備いい、ダレン?」
友軍からも確認できる位置まで戻った。襲っている人型ヴァラージの背中を脅かす。挑発に容易に崩れてくれた。連携で一気に殲滅する。
「ほらよ」
「ありがと」
ダレンが投げてきたカートリッジを受け取る。一呼吸入れると同時に中継子機を呼び寄せて補給も行った。
「ヴァラージ船は?」
「硬い。Bシステム使う」
「そうか。なら一気に詰めるか。全機、ヴァルザバーンの援護」
サーギー隊長の指示でフォーメーションが組まれる。オルドラダ艦長が作戦立案した。フユキを中心に急接近して撃沈を狙う作戦。注意を惹くための陽動編隊が決められる。
「威力偵察の様子を見るかぎり、ヴァラージ船はそれほどの攻撃力はない。距離を詰めてフユキに穴を開けてもらうわ」
陽動編隊が残っているであろうヴァラージを引き剥がしているうちにヴァルザバーンで攻撃する。Bシステムで目標の巨体にダメージを与えられたら集中してアンチV弾頭を用いる。
「確実を期して手を緩めない。いいわね?」
オルドラダが念押しする。
「破壊した箇所に有りったけのアンチVを叩き込みなさい」
「了解です。さあ、クライマックスだ」
「しゃー!」
気合の声があがりフォーメーションを組む。両サイドの陽動編隊が突出し、隊長機の後ろにフユキは待機する。
「タイミング任せる。行けると読んだら行ってくれ」
「うん、ギィ隊長」
戦列を組んで接近するが迎撃はない。もしかして、もうヴァラージが残っていないのかと思った頃に動きがあった。鱗状の甲殻が開いていく。
「来るか?」
そこから人型が出てくるかと思いきや、別のものが顔をのぞかせた。複数の触手である。その先端にはレンズ器官が備わっていた。
「げ、散開!」
太めの白光が走る。宇宙を格子状に彩って埋め尽くそうとした。僚機は慌てて回避する。気構えができていたので避けられはしたが、そこへ畳み掛けるように死角から人型ヴァラージが飛び出してきた。
「偵察のときは反応なかったはずだ! 罠か!」
「迎撃!」
(崩された。いけない)
フユキの背筋が凍る。
分断された状態では各個撃破される。さらには生体ビーム砲塔となった触手も収まっていない。狙撃を受けながら人型の迎撃などしていれば壊滅する。
「Bシステム起動」
狙える距離ではないが防御に使わざるを得ない。
(足りない。散らばったみんなを一遍に守らないとやられる。どうすれば?)
逃げ惑う戦友たち。ダレンは際どく回避しながら人型のフォースウイップを弾くが随伴機は右腕を肩から撃ち抜かれている。ペイグリンは左足を失いながらも拡散型アンチVを使って退けていた。が、長くはもつまい。
「んあああっ!」
身体が熱くなる。大型化していた重力波フィンがさらに展張した。意識が広がっていく感覚。全部をカバーする力を望み、それが六つの黒点を生み出した。
「でかした、フユキ!」
「ヴァラージも!」
黒点が次々とヴァラージを飲み込んでいく。僚機を避けながら移動させ、ヴァラージ船の弾幕も吸い取っていった。
(これで……)
「バイタル異常! これ以上は無理!」
『Bシステムを強制停止します』
砲塔触手も消滅させていた黒点がそこでしぼむ。船体にダメージを与えられないままに力を使い切ってしまった。
(失敗した。このままじゃ……)
意識をどうにか繋ぎ止めているフユキの視界に新たなヴァラージが螺旋力場をひるがえらせた。
次回『神と人の狭間で(1)』 「自分だけ助かればいいなんて考えを持つ人をあたしは絶対に許さない」




