ブラッドバウの力(3)
リランティラ国軍艦隊司令パガンダ・セグマトーは唸る。苦戦は予想する範囲ではあったが、一蹴されるとは思っていかなった。
「ほぼ壊滅状態か」
完敗の二文字がふさわしい結果。
「大変申し訳ございません。ただの演習と、兵に気の緩みがあったやもしれません」
「苦しいぞ。喫緊に緊張状態の相手もいないというのに、演習以外のどこで評価されるという。ここで活躍せねばと気も入っていたはずだ」
「自分もそう感じていたのですが把握できていなかった模様です」
副官は自省しているが彼の感想は異なる。
(違うな。本気で当たってこれだ)
力の差が如実に表れた結果だと見えた。
(星間軍と拮抗するほどの戦力だという噂を証明した形になった。アームドスキンの性能差が原因で、いずれ埋められるものと過信していたらしい。これは厳然としてパイロットの質の差であろう)
苦々しくもあるが認めざるを得ない。トータルとしては、アームドスキン技術を盗んだところで埋められないもの。戦略的に失敗である。
だが、ここで退くわけにはいかない。なにも得られないではゴートの戦力を招待した意味がない。まずは技術を盗み、そして技能も盗む。そのための資料を収集蓄積すれば今後の材料になる。
「全力を引きださねばなるまいな」
有用性を問えばの話。
「まさか、あれが全力ではないとお考えなのですか?」
「見えんか? 手管を用いればいいものを、真っ向から引き受けての結果なのだ。余力を残しているものと考えろ」
「む……う」
副官は絶句する。
「侮ればつまづく。恥をかきたくはあるまい?」
「ですが、これ以上戦力比を上げて当たれば勝利したとて恥となるのでは?」
「そこは上手く立ちまわればいい。どれだけ戦力を投入しようとも、衝突するのは二倍程度の戦力比を維持する」
その実、畳み掛けるようにして消耗を強いる。最終的には勝利できるだろう。目ざとい者はこの策略に気づくかもしれないが、市民相手の広報では正当な勝利と主張すれば誤魔化せる。
演習内容を公表する必要もない。それは国軍の戦略をオープンにしてしまう利敵行為にしかならないという建前を取れる。
「二隻編成で四隊作る。場所はリング内側の宙域」
設定を組んでいく。
「探知戦を含めた実戦形式で行う。お互いに配置は事前通達無しでかまわんな? 艦橋要員も鍛えなければなるまい」
「順当ではありますが大丈夫でしょうか? 遭遇戦となれば平場でやるより状況は困難になります。此度の敗戦を引きずっていれば劣勢もやむ無しかと?」
「最後に勝利をもぎ取った隊にはボーナスがあると通知しておけ。査定だけではなく論功行賞もあるならば発奮もしよう」
要は餌をぶら下げて走らせろということ。
「競わせるのはよいですな。相手が仮想敵だけでないとなれば覇気も出ます」
「うむ」
「では通知します」
副官がサブコンソールを使用して各艦に通達を送りはじめる。艦隊司令は腕組みしたまま思索に沈んだ。
(確実ではないな。もう一手足りんか)
今思えば、指揮を執る娘は最初から自信のほどを匂わせていた。
(切り札として動員したガイフルナクトだが使わない手はない。諜報部の飼い犬だとて情報収集能力は比ではないはず)
特務艦の投入の仕方を検討する。鼻が利くのであれば自由にさせたほうが真価を発揮するだろう。
(単艦で動かそう。指揮から切り離す)
大胆な采配をする。
(政治屋に恩が売れるなら安いものだ。データをまわせといえば否はないだろうしな。一石二鳥になる)
そこでもう一細工できると思いついた。ブースを遮蔽モードにして特務の隊長へと連絡する。
セグマトー艦隊司令は特務らしい作戦を執るよう指示を下した。
◇ ◇ ◇
パイロットシートが緩衝アームによって前にスライドすると外の空気に包まれる。炭素フィルターを通して浄化された空気と違って匂いがあった。生活感がリラックスを生む。
「ふぅ」
「お疲れさまです」
スパンエレベータには整備士が待っている。
「次は二時間後。ざっくりとお願い」
「承知しました、ボス」
「もらってないからオーバーレイは要らない」
ビームコートの再塗布は不要だと指示してリフトに足を掛ける。摩滅で関節が軽くなってきた頃合いなので手を入れられたくない。
フィットスキンのスライダーを20cmほど下げて胸元に空気を入れる。若干湿っていたアンダーウェアがひんやりとした。
「エル様ぁー」
「あんたねえ」
あざとくも小パネルに六機撃墜と表示させたゼレイ。
「まあ、いいでしょ。偉い偉い」
「んふー」
「今度はもっと重くなるからそのつもりでいなさい」
頭を二、三撫でしてやってから歩きだす。当然とばかりに妹分はついてきた。
「お部屋で休まないんですか?」
向かう先はフロアエレベータだ。
「待機所で休む。ちょっと感触聞いておきたいから」
「ですかー」
腕にぶら下げたまま機体格納庫のメッシュフロアに戻った。スパンエレベータから飛び降りてもよかったのだが、忙しい盛りの整備士たちの邪魔になってしまう。
「うっへ、十二機ですか?」
彼女の撃墜数を調べたようだ。
「六機っていったら参加敵数の十分の一だから絶対に褒めてもらえるって思ったけど、その倍って」
「そういう役回りなのよ」
「真っ先に狙いますもんね」
朱色はプライドの色でもある。
「あんただってデュミエルを黄色くしてるんだから狙われる気満々でしょ?」
「追っかけるの面倒ですもん」
「そこは、女は追われて当然くらい言いなさい」
変な顔をされる。男に興味がなさすぎなのは困りものだ。
「男なんて邪魔なだけです。このぐうたらな居候みたいに」
「こら」
予備機のルミエルの整備コンソールにジュネが座っていた。
「出てくる前に終わっちゃうんだから」
「それに越したことはないけど、さてどうだろうね?」
「また思わせぶり」
鼻頭に皺を寄せて噛みつく。
「次はそう簡単にはいかないから」
「えー?」
「ごめん、ジュネ。火を点けちゃったかも」
コンソールにすがりながら謝る。彼の横に顔を寄せると胸元を覗き込む形になる。少しは意識してくれないかと思ったが微笑は容易に崩れない。
「想定内さ。そのくらいの力の差があるのは初めからわかってる」
戦況は見ていたのだろう。
「でも、警戒される。動きが水面下に潜ると探りにくくなるでしょ?」
「誘いにもなる」
「許容範囲内?」
ジュネは首肯する。
「ちゃんと手伝うってこと?」
「そうだよ、ゼル。まあ、君たちの手伝いを逸脱しないレベルですむのを願ってるけどさ」
「うちの後衛を勤めさせてあげなくもない」
大胆な提案をする。リリエルは拳骨を落とさないといけないかと思ったが、彼が愉快そうに笑ったので自制した。
「実に光栄な申し出だけど、今回は遠慮させてもらえないかな? ちょっと気掛かりがあるんだよね」
詫びるジュネ。
「仕方ない。エル様にへばりつく気なら許さないけど」
「いや、目立たないとこにいるよ」
「目立たないとこ? そういうこと」
彼女は理解する。警戒させた以上は真っ当に仕掛けてはこないだろうと思っている様子。
「何機か付ける?」
「いや、いい」
単騎で動くつもりらしい。
「こっちはこっちでやるんで君は見える範囲を。出させないことには尻尾は踏めないからさ」
「なるほどね。しっかりと踏んづけてやってちょうだい」
「後悔するくらいにはね」
(ということは、ちょっと本気出さないと駄目ね。足をすくわれるようだとジュネの出番を潰しちゃうもん)
リリエルはリランティラがさっさとオーダーを出してくれないかと念じた。
次回『燃える演習宙域(1)』 「全力でも返り討ちにする気でやんすね」




