彗星落とし阻止作戦(3)
機体システムに記録させていたポイントを幾つか通過するが、スワローテールはアンチVの大きな影響を受ける気配がない。ジュネは最悪の想像をしてしまう。
(もしスワローテールだけじゃなく他のヴァラージにまでアンチV耐性が付けてあったら特応隊は壊滅するね)
引き返すべきかどうか一瞬脳裏をよぎるがタンタルを前に躊躇する。すぐに制止の声も掛かった。
『判明いたしました。カフトトアの噴出ガスは一酸化炭素が多めです。アンチVの変質が見られます』
明瞭な分析がある。
「変質? 効果が薄れてる?」
『そのとおりです。露出して時間が経つほどに効果は半減するものとお考えください』
「なるほどね」
仕掛けたばかりのミスト罠はそれなりに効果があった。しかし、セットして時間が経過してしまったミスト罠は効力を失っているということらしい。
「理解したか?」
タンタルの声に嘲りの色が濃くなる。
「俺がなにも考えずに彗星を選んだと思ったろう。分析はしているのだ。その薬は一酸化炭素に触れると変質してしまう。飛散してしまえば無力だ」
「わかったよ。でもさ、それってアンチVに耐性を付けるのは無理だったって自分から言ってるようなもんだけど?」
「そうとも言う。だからなんだ? そんな礫をこいつに当てられるとでも? 前回で懲りなかったのか」
指摘に不満げな様子も見せる。
「確かに難しいけどさ、不可能だとは思ってない。使い方次第になっただけ」
「負け惜しみを」
「どっちがだよ」
(一手潰されたのは痛いけどさ)
ジュネは次の手を考えなくてはならなくなった。
◇ ◇ ◇
フユキは彗星の尾の中にヴァラージ船の影を認める。それはまるで折れた氷柱の各所から光る尻尾を生えさせたような形。
(そんな変じゃない。どっちかって言ったら効率的な形のはずなのに異質な感じがするのはなぜ?)
先入観だろうか。灰色の甲殻の表面は淡い光沢を帯び、ぬめりを感じさせる。実際に触るとかなり硬いそうだが触れたいとも思えない。
「全機、通常型アンチVで狙撃せよ」
サーギー隊長の指示が飛ぶ。
「了解」
「喰らえ!」
映像ロックオンをしている弾頭は少々雑な照準でも目標に向かって飛ぶ。それも全長で300mはあろうかという大きなターゲット。しかし、着弾までには至らない。
「でかい図体してるくせに、しっかり防御しやがる」
「小口径の生体ビームみたい」
光が舞ったかと思うと破壊されている。
「不用意に近づけないか」
「穴を探さないとね。それまでに引っ剥がさないといけないのがいるけど」
「来たぞ。人型多数」
ダレンとペイグリンもうんざりという声。
船体から散った個体が次々と螺旋力場をひるがえらせて接近してくる。二十以上はいそうである。
(鱗?)
甲殻の裏からも現れた。ひそむ場所があるらしい。超光速航法時にはそこに隠れるのだろうか。
(それだけじゃなかった)
寸胴の部分から細くなるあたり、甲殻が逆立つと大きく割れる。そこからナクラ型ヴァラージが一斉に飛び出してきた。
「気持ち悪」
フユキは思わずこぼす。
「あれ一つが生き物じゃないの? 格納庫みたいなのある?」
『おそらく哺育嚢なのん。過去に分体を育ててる個体も確認されてるーん』
「あそこで生産してるの? それとも育ててるだけ?」
『たぶん両方なのん』
ササラにリュセルが説明している。
気味悪がっている暇はなくなった。数で勝る状態はキープできなくなっている。ジュネが可能性を指摘していたが、悪い方に当たってしまったらしい。
「ナクラ型の相手してらんない。誘導を」
一気に殲滅したい。
「うん、コース表示出すから」
「カートリッジ補給用の中継子機準備してもらって」
「わかった。すぐに」
戦列の裏をまわってナクラ型の群れに接近する。隊機に襲い掛かられると崩されてしまうのでその前に叩きたい。
「突っ切る」
「数多いから気をつけて」
生体ビームの弾幕を紙一重で躱す。力場鞭の間合いに入る前に飛散型弾頭で狙撃。浴びせた飛沫で踊り狂う個体に通常型弾頭を撃ち込んで壊死させる。
素早い切り替えのために右手のアンチVランチャーは飛散型、左手は通常型のカートリッジを装填してあった。ブレードは装備できない、完全に対ヴァラージ戦闘用武装にしてある。
(その分、消耗激しいから補給タイミング作らないと)
手持ちの弾倉だけでナクラ型を殲滅するくらいのつもりでいく。効率重視で狙っていかなくてはならない。
「フユキならできるから」
ササラは彼がそういう訓練をくり返していたのを知っている。
「設定コースを抜けて」
「うん」
飛散型アンチVと通常型アンチVの組み合わせで切り崩していく。合間にビームを挟むことで間合いを稼ぐ方法も編み出していた。包囲されないよう突き放す。
(取りこぼしをかまうな。追わせる)
交差するのは一瞬。進路に飛散型弾頭を発射し、近接起爆している間に次の個体のリフレクタの隙間にビームをねじ込む。追わせるように通常弾頭を撃って、すぐさま先のヴァラージにも狙いをつける。
そんなことをしていれば十二発入カートリッジなどあっという間に底を突く。排出してヒップガードの自動換装装置にスロットを叩きつける。加速器に初弾が送り込まれたら即座に発射。
「下!」
「うん」
追ってきたナクラ型の鼻面に飛散型アンチVを叩き込む。近接作動限界距離を割っていたため衝撃して破裂しただけ。剥離する甲殻に悶え苦しむ個体をビームで焼いて入射口に通常型を撃ち込んだ。
「だいたい片づいた?」
「わかんない。わたしも十六からあと数えられなかった」
めまぐるしい戦闘にササラの目も追いついていない。
「二十ちょいはいたはず。システム?」
『二十二体を確認しています。直撃個体のカウントは二十一です』
「もう一つ。見つけた」
アンチVの飛沫を食らったのかふらふらと飛んでいる。後ろからビームで貫き、通り抜け様に通常型を着弾させた。
「カートリッジ、ない」
「中継子機、右1800m」
ナビスフィアに従ってランデブーし、自動装填装置に詰め込んでいく。コマの霞がひどくて友軍の様子が掴めない。フユキの意識には飛び交う灯りだけが映っている。
「どんな様子?」
「善戦してる。大破機無し。でも、思ったほど減らせてないかも」
ヴァラージ船に取り付くとこまでは行っていないらしい。
『ファトラから連絡なのん。コマ内部はアンチVの効きが落ちるのーん』
「それか」
「予想どおりなら飛沫の密度が上がるほど優勢になってるはずだもんね」
飛散型アンチVをばら撒けばばら撒くほどにヴァラージは弱体化できる計算だった。それが上手くいっていない。友軍は一進一退の戦況を強いられているようだ。
「すぐに行くから頑張ってって言っといて」
「了解。ヴァルザバーン向かいます!」
艦橋の歓声が聞こえてくる。思ったより苦戦しているらしい。ファトラからの情報も伝えてもらう。
(重いって感じてたんだろうね。情報あれば少しは気が軽くなると思う)
気の持ちようが変わる。
(でも、情報によるとジュネさんも苦戦してるんじゃないかな? 援軍は望めないから、こっちはこっちでどうにかしないと)
カートリッジを目いっぱい補給して中継子機に「ありがと」と言う。そのままハンドルを掴んで補給の必要な友軍の元へ。
「半分交代で補給」
「OK。伝える」
フユキは短い言葉で次の行動を示した。
次回『彗星落とし阻止作戦(4)』 (我慢比べはしたくないな)




