彗星落とし阻止作戦(2)
彗星カフトトアの核に接近するほどにコマ、彗星核から噴きだす微粒子の霞は薄れて見えてくる。可視の部分はほとんどが微小な氷の粒だからだ。
遠くからだと反射で白く見えるが、近づくほどに中が透けて見えてくるようになる。そこまで密度が濃くない所為である。
「切り離せてるかな?」
『そのはずです。意図的に二方向から近づいていますので』
ファトラのアバターは彼の肩の上。
ジュネはスワローテールをヴァラージ船から引き離したい。特応隊とは別に攻略したいからだ。
タンタルもヴァラージ船を沈められるのは困る。リュー・ウイングにはそれだけの攻撃力があるから近づけたくない。
双方の目論見が合致して、リュー・ウイングの進路にスワローテールを持ってくると読んでいる。見通しの悪い粒子雲の中でなら待ち伏せも簡単だ。
「掛かってくれた」
『見えましたか』
スワローテール本体は見えないが二つの灯り、タンタルのものとスワローテールのものが浮いているのがわかる。
彗星コマの厚みはサイズによって様々だが、カフトトアのものは150万kmもある。発進時点ですでにコマの中であったが中心付近は特に密度が濃い。100kmも離れれば見通しは怪しくなるが、彼の目には待ち受けているのが見えた。
「もがくか。憐れなことよ」
「よく言う。こんな大きな招待状を送っておいてさ」
「中途半端では座りが悪いだろう。舞台くらいは作ってやる。散れ」
(今度は超光速波ね。ヴァラージ船なんてものがあるんだから時空界面を揺らすくらいの力場コントロールはできて当然だけど)
時空穿孔ができる重力波制御が可能なのだ。もっとも、それに特化した個体が必要なくらいには難易度が高いようだが。
「付き合ってもらうよ?」
「送り出してやろうと言っている。猿には過ぎた手向けだ」
不気味な姿のスワローテールが待っている。背負う甲羅の尾端は二つに割れ、腰や本来足がある部分の螺旋力場の発生器官をカバーしている。
人型のボディは腰から上だけしかなく甲羅に張り付き、肩と脇から二対の腕が伸びていた。その腕が手招きをしている。
「憎しみだけで生きていて虚しくはないかい、タンタル?」
「異なことを。闘争心こそが種を強くするとわからんか? わからんだろうな、群れでしか生きられん猿よ」
そのときモニタに通信ウインドウが開く。通信密度の小さいフレニオン受容器でも距離と回線数次第では映像通信も可能だ。
「毛皮を脱いでも劣等種か」
「そんな考えを捨てられない君らを優れているなんて思えないさ」
初めて姿を現した敵。紺色の前髪が額に垂れ、頭頂にかけては黄色に変わっている。顔は獣的なパーツは見られず人類種と変わらないが、耳は三角をしていて猫のそれに近い。真横に立っている耳の周りには毛皮が残っていて白と黒のブチ柄をしていた。
「理性的な出会い方をしたかったんだけどね」
「お前に合わせて話してやっているだけ理性的だと思わんか?」
赤い瞳がジュネを貫く。
「人形のさらに傀儡に成り下がる知性など認めろというのが間違いだ」
「蔑んでる時点で過ちさ。彼らは君が眠っていた間も進化してきた。人生をともにするパートナーに十分なほどにね」
「ふん、道具に情を抱くようでは高みは目指せんな」
肩のファトラに手をやる。3Dアバターでは感触は得られないが、指を抱き鋭くタンタルを見つめる様子は敵愾心を示している。ともに戦おうという気持ちの表れだ。
「君の道具であるヴァラージは僕らの敵ではならなくなりつつあるけどさ。情がなければ使い捨てで十分かい?」
「無論。餌だけくれてやれば便利に使える道具だ」
「君の孤独に価値はなさそうだね」
頬がピクリとひきつる。
「賢しらげに」
「ついでに教えてあげよう。同族が君に求めたのはなんだったのかな? 種の存続だったんだろう? でも手違いでパートナーを失った。目標を見失った君は半ば狂ってるんだよ。闘争心で埋めなければ自分を保てないほどにね」
「俺が誤っていると言うか」
鼻頭に皺が寄る。いたくプライドを傷つけられているのだろう。逆にいえば、それが図星だと薄々は気づいているか。
「より建設的な道を選ぶべきだった。君の孤独は君が作ったのさ」
『そういう性質なのです、ジュネ』
「ほざけ、人形!」
レンズ器官が瞬き生体ビームが放たれる。三対六門ある器官がインターバルを埋めるようにリュー・ウイングの航跡を追ってきた。霞むスワローテールにジュネはビームを返す。すでにウインドウは閉じていた。
『差し出口でしたか?』
「いや、君が言ったのも本当さ」
戦うしか選択肢がない。タンタルはそれ以外考えていないだろうし、彼も各地で大きな被害を出したV案件の元凶を許すつもりもない。ただ、相手の為人が多少気になっただけだった。
(タンタルと話せばラギータ種の思考形態がわかるかもしれない)
そこからネローメ種がどんな種族だったのか知れるかと思った。
(ファトラたちを今より理解するには創造主のなんたるかを知るのが近道だと思ったんだけどさ。片鱗らしきものさえ見つけられなかったよ)
あまりに性質が違ったのだろう。それゆえに、ともに滅びの道を歩むしかなかったか。
「ファトラ、あれは?」
『ご指示どおりに』
ハイパワーランチャーのカートリッジを抜き、加速器に込められているアンチV弾頭一発をスワローテールに向けて放つ。牽制にもならないが、それが目的ではない。黄色に塗色された飛散型弾倉をヒップガードに仮止めすると、青色の弾倉を装填する。
(効くかな?)
応射を厚くして意図的に追わせる。間にアンチVも挟んで撃っている。ただし、リュー・ウイングの進行方向、なにもいない空間に向けて。
「ジャジャッ!」
追ってきたスワローテールが吠え、身体の各所からは煙を漂わせていた。
「なにをした?」
「ちょっとした罠をね」
青色弾倉は時限炸裂型アンチVだった。発射後、設定時間で後部の炸薬が破裂してアンチV薬を撒き散らす。それを航跡に置いておくとヴァラージに浴びせることが可能なのだった。
(密度が低いから効果が薄いけどさ。くり返し浴びせないと弱らせられないかな)
準備した青色弾倉を使いながらここまで来ている。アンチVの霧の罠が各所に散りばめられていた。
「さあ、どこに仕掛けられているかわかるかな?」
氷の微粒子と見分けがつかないはずだ。
「アンチVのシャワーを浴びたいのなら来なよ」
「その程度で臆すると思ったか?」
「一撃では無理だろうね。でも、じわじわと効いてくるはずさ」
火傷の痕のような侵蝕痕は徐々に再生している。しかし、何度も浴びればただでは済まないと考えていた。
どこで炸裂させたかはシステムに記録させている。ジュネは3Dマッピングのポイントを辿るように動けばいい。
「シュー」
スワローテールは警戒音を発しているが躊躇もなく追ってきていた。
「本当に道具扱い? 今それを失うのは致命的だと思うけど?」
「効かんからだ」
「ブラフはよしなよ。実際に侵蝕痕が付いてるじゃないか」
回復しつつはあるが。
「試してみるがいい。気づいたときには追い込まれているぞ?」
「へぇ」
(妙に自信たっぷりだな。まさか、もうアンチV耐性を付けてあったりする?)
ジュネは胸に湧く疑惑に眉をひそめた。
次回『彗星落とし阻止作戦(3)』 「フユキならできるから」




