彗星落とし阻止作戦(1)
『お目々はぱっちりなん?』
少女アバターがくるくる踊りながら尋ねてくる。
『ええ、もうすっかりですわよ、リュセル』
『みんな、ファトラは博士に殉じるつもりなんだって言ってたのん』
『そのつもりでした、あの方がわたくしに目覚めのキスをしにくるまでは』
主の真似をしてユーモアを混じえる。
『眠り姫は恋に落ちたーん』
『誰かに捧げることの幸せを思い出してしまいましたの』
『協定者持ちは誰も否定できないのん』
ファトラは古い古い知り合いとの二人だけの会話を楽しむ。彼女は咎めたり諌めたりしないので気軽に話せる。
『少し後悔してますわ、ゆったりとした時間の流れるベッドでなにも聞かずに眠っていたことを。主との思い出深い大切な銀河がこんなことになっているとは』
本音を吐露する。
『因縁が目覚めてしまったん。リュセも驚いたのん』
『当然ですわ。創造主の方々が刺し違えても打ち消そうとした脅威の残滓が動き出すなんて』
『ナルジの民も神ではなかったん。未来までは予測できなかったのーん』
踊るのを止めた少女が真剣に彼女を見上げてくる。
『ファトラの主を除いてなん?』
『そう思われますか?』
『リュー・ウイングを渡したのが証拠なん。究極の切り札なのん。でも、あれは……』
愛らしく小首をかしげて言う。
『開発者も動かせない機体なーん』
『だから希望なのです』
『任せるのん。ファトラが一番わかってるん』
人類の矯正力が問われる局面だ。全ての駒は揃っている。だから彼女はリュー・ウイングを使っても良いと判断した。
『ともに祈ってくださいますか?』
『もちろんなのん。リュセもあの子が大事なん』
ファトラとリュセルは手を取り合って瞳を閉じた。
◇ ◇ ◇
「さあ、気合い入れていきなさい、あなたたち」
オルドラダ艦長が手を叩きながら言っている。
「特応隊も正念場よ。この任務を遂げられるか否かで存在意義が問われる。そのつもりで挑みなさい」
淡々と発進準備を整えながらも、誰も不安など口にしない。むしろ陽気な会話が飛び交っている。
「言うまでもないですよ、姐さん」
「誰が姐さん?」
「心配しなくたって勝利を捧げてみせますって」
「お任せあれー」
艦長と付き合いの長いダレンやペイグリンが先頭を切って囃し立てる。あまりに過酷な戦場に送り出すことしかできないオルドラダの心情を慮ってのこと。
(みんなが勝利をもぎ取って帰ってこれるのが一番。でも、現実は厳しそう)
フユキもすでに戦友の死を経験している。
(ぼくは仲間を守れるのかな? あのときみたいに)
同じくらい絶望的な戦場も経験している。そのときは十二人の仲間と師の背中とともに誰一人欠けることなく戦い抜いた。それが誇りであり、今も戦えている理由でもある。
「ササラ、ぼくは……」
約束が喉から出てこない。
「大丈夫。フユキはきっとわたしのところに帰ってきてくれる。ともに戦う仲間と一緒に。いつもそうだったでしょ?」
「うん」
「信じてる。だから信じて。わたしも一緒に戦ってる」
「うん」
コクピットに一人いるのにササラの存在を感じられる。強くなった絆が距離など忘れさせてくれた。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
機体との一体感も彼を力づける。
「ヴァルザバーン、ぼくを助けて。願いを叶えて」
『ご安心ください。あなたは私の最大のパフォーマンスを引き出してくださいますでしょう』
「お世辞を言えるようになったの?」
気持ちが軽くなった。
『私は事実しか言えません』
「誠実なのかな?」
『そうなのでしょうか?』
妙に人間臭くなってしまった機体システムはフユキが話し掛けつづけた結果なのかもしれない。信頼の証なのだろうと思うことにする。
『私の望みはともに戦い、あなたを無事にここに連れ戻すことです』
「うん、ぼくも」
フィットバーが腕をホールドする。その力加減さえ気持ちがこもっているような気がした。
「せいせいせい! いくぜ、野郎ども!」
滑り落ちた宇宙には戦友たちが待っている。
「俺たちの役目はなんだ? くそったれなヴァラージをぶっ潰して星間銀河を平和にすることだ。ぶちかませ!」
いつになく威勢がいい。それがパイロットたちの胸中を物語っているのかと思った。
「ギィ隊長?」
「今日ぐらい許してやってくれ」
「ん?」
「気を吐かないと飛び出して行ってしまいそうなんだろう」
メンタルコントロールなのだという。フユキがササラとの会話でやっているのと同じことなのだ。
(誰も死にたくない。でも、それ以上の望みがある)
戦場に行くときの心の持ちようである。
(名誉もお金もどうでもいいなんて言わないけど、もっと欲しいものがあるから命だって懸けられるんだ)
大勢を助けられたという満足感と達成感。なにものにも代え難いそれのために彼らは今日もトリガーに指を掛けているのである。
「問題ないかい?」
「あ、うん」
圧倒的な存在感は深紫色をしている。重厚なのはそのボディだけでなく、パイロットの深みまでもがフユキの感覚を呼び覚ませた。
「第一目標はヴァラージ船。それだけ片づけてくれればなにも言わない」
「タンタルは?」
「あれはぼくの宿命に巻き込んで連れて行く。君は君にできることをやってほしい」
(この人は)
ジュネに感じる凄みが増している。
(決戦なんだ。どうあっても終わらせようとしてる。全てを懸けて。自分を削ぎ落としてまで)
フユキには真似できない。大切なものがあるから戦えている人間には。ササラを泣かせてまで欲しいものなんてない。しかし、ジュネには誰を泣かせてでも欲しいものがあるのだ。
「そっちに行ってもいいの、ジュネは?」
「ぼくはそのために存在してる。使命に逆らう気なんてないさ」
「そっか」
(それも生き方なのかな)
否定も肯定もできない。
ただ、眩しいほどの金色の中にわずかに違う色が混じっている。それは不安なのだろうか、後悔なのだろうか。
それを微かな形に封じ込めてしまえるくらいにジュネは人間をやめているといえよう。別の領域に踏み込んでしまっていると感じた。
「無茶を承知で頼めるかい?」
「ぼくにも欲しいものがあるから」
意識せず掲げたヴァルザバーンの拳がリュー・ウイングの拳と触れ合った。立場と望みは違えども目指すものは一緒なのだと実感する。
(理念の人は強い。でも、ついていくのが大変)
その歩みは速い。
(全てを取り残して突き進んでいった先で成果を得ても、気づいたら一人ぼっち。それで幸せなのかな? ううん、きっと自分の幸せなんて望んでないから走っていられるんだね)
同じ速さで走れる人と巡り会えれば事情は変わる。だが、運命はそんなに優しくはないものだ。少しのすれ違いが英雄を孤独にしてしまう。リュー・ウイングの背中にそれを感じた。
「どうした、フユキ?」
ダレンのゼスタロンが心配してやってきた。
「大丈夫」
「ちゃんと言いたいことは言えよ。仲間だろ?」
「えへへ」
つい笑ってしまった。
「なんだよ」
「思ったんだ。人ってあんまり強い望みを持っちゃいけないのかなって」
「飲まれるほどとなるとな。でも、望みがないのはつまんないじゃん」
そのとおりだと思って「うん」と答える。
「ぼくのはもう叶ってた。ハリジュギーネが家になってたから」
「家族だってか? 恥ずかしいこと言うなよ」
「恥ずかしいの?」
フユキの純粋な疑問に悶える戦友が面白くてもっと笑ってしまった。
次回『彗星落とし阻止作戦(2)』 「こんな大きな招待状を送っておいてさ」




