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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
神へといたる道
204/216

さよならの理由(1)

「ごめんね、母さん」

 ジュネはファナトラの私室で改めてジュリアと話している。

「子供の尻拭いくらいするわよ、母親なんだもの」

「余計な手間なのは間違いないさ」

「それよりも連携のほうが問題」

 不慣れな組み合わせを懸念している。

「実力的には差はないと思うわ。個人技ではブラッドバウに分があっても、作戦遂行能力では特応隊のほうが上。今回みたいな場合は悪く作用はしないんじゃなくて?」

「そう思いたいね。ぼくがタンタルを逃したりしなければいい」

「この前みたいにねちっこい心理戦を仕掛けてくるようなことはない。これも一種の心理戦だけど」


 彗星を利用したのはプレッシャーを掛けるためだろうと母も彼も予想していた。失敗すればあとはないと思わせる作戦だ。


「あの件でぼくの心を折ったと思ってるだろうね」

 手足をもぎ取ったつもりになっているはず。

「追い込まれたから弱点となるリリエルを切り離したと判断するわね、きっと。BシステムもCシステムも無力化した。戦力も剥ぎ取った。瀬戸際に追い込んだから精神的プレッシャーを掛ければ終わりだろうって」

「平静だとは思ってない。勘違いさせとけば勝手に踊ってくれるかもね」

「あえて誘い込むような搦め手もあるわ。あなた的にも確実に潰しにきてくれるくらいがちょうどいいんでしょ?」

 懐に入れてくれるなら願ってもない。

「実際、惑星規模破壊兵器(リューグ)システムを無力化されたのは誤算だった。だからって、それだけで詰みだと考えてはなかったけどさ」

「歴史を見れば明白ね。ネローメ種はラギータ種を圧倒してないもの。リューグにも攻略法があると予想できるわ」

「そこが狙い目」


 タンタルが彼らを見下しているからこそ惑星規模破壊兵器(リューグ)システムを頼りの綱にしていると見せ掛けられる。苦し紛れの動員だと勘違いさせられれば、ジュネは労せずして敵を縛り付けることができるのだ。


(もうひと押しで詰みと思っておいてくれればね。ぼくに集中させておけば、その間に手下を削ぎ落とす)

 ヴァラージ船を沈められれば、この惑星系に閉じ込める作戦もあり。


「リリエルのほうのフォローはいいの?」

 肩をすくめて訊いてくる。

「いいさ。彼女には彼女の人生がある」

「理由くらい教えなさいよ」

「大したことじゃない」

 本当の理由は母親にも話していなかった。

「ギリギリの勝負で際どい賭けになるから彼女を巻き添えにできないとかつまんない理由じゃないんでしょうね?」

「そんなんじゃないさ。エルが不向きだって言ったのは本当。もう関わらせるべきじゃない」

「意固地なんだから。とりあえず、本件が終わったらちゃんとしなさいな。他所様の娘さんを弄んだ悪い男の母親って思われるのは真っ平御免よ?」

 彼は「わかったよ」と返す。


(生き延びていられたらでき得るかぎりの謝罪くらいはしないとね。もっとも、感触的にはちょっと厳しいかな。どうにか刺し違えるくらいできれば、この厄介な身体にも意味を持たせてあげられる)


 ジュネは母親のお小言をありがたくちょうだいしていた。


   ◇      ◇      ◇


「駄目でやんすか」

「わたしが声を掛けても返事しかいただけません」

 ヴィエンタの返答にタッターは困り果てる。


 アシスト契約解除からこっち、リリエルは部屋に引き籠もっていた。直後は呆然とした様子で声を掛けるのも躊躇われるので私室に帰るのに任せたが、今では力づくでも押し止めるべきだったと思う。


(勝手なこともできやせんし)


 ボスであるリリエルの指示なしにどこに行くも、本拠地バンデンブルクに帰るもない。一番近い惑星系に跳んで補給をするくらいは彼の判断で行えるが、それ以上出しゃばるべきでない。


(あの様子じゃ無理に決めさせるのも酷でやすね)


 急ぐ旅でもない。資金的に困ってもいない。リリエルが立ち直るまでゆっくり待ってやるのも親心である。失恋の傷心くらい彼も経験がある。


(あっしは不向きでやんす。もうちょっと待ってレアンナに頼みやしょう)

 妻に頼る決心をする。


 乙女心の解読は彼のような無骨者には厳しい。良い解決法を見出してくれるだろう。あまりの仕打ちにヴィエンタまでもが消沈している始末なのである。


「いい機会じゃないですか」

 威勢がいいのはゼレイくらいのもの。

「余計な居候と変なしがらみがなくなって、やっとゴートに帰れるんですよ? エル様には晴れて総帥に就いていただき、永劫に栄えるブラッドバウを作りましょう」

「それをお嬢の前で言ったらしばきますよ? 今は心の傷を癒やし整理する時間を差しあげるべきなのです。間違ってもジュネとの関係が失敗だったなどと無神経なことを言えば、さすがに堪忍してくれないかもしれませんからね?」

「う……」

 ヴィエンタに言い当てられた少女はビビっている。

「そこまでは言いませんけどぉ」

「なんです?」

「いつかは別れないといけなかったんじゃないですか? 居候は星間銀河じゃ重要人物みたいだし、エル様はブラッドバウの総帥になられるのは決定事項ですもん。生活が合わないし」


 ゼレイの主張ももっともである。このままの関係を続けても、いずれはぶつかる壁になろう。そのときリリエルがどう折り合いを付けるのかは本人に任せるしかあるまいと考えていた。

 破局した今となっては危惧する必要がなくなったのは事実。しかし、心に傷を負った彼女の将来を思えばどうにか復縁させてやれないものかとも思う。


(ジュネは物事に対してきっちりし過ぎでやんすからね。一度決めたことは簡単には覆さないでやんしょう)

 これまでの行動から想像するのは容易い。

(せめてお嬢を遠ざけた理由くらいわかれば手助けくらいできるんでやすが)


 タッターは別れの理由が言葉どおりではないと予想している。ジュネは能力が足りないからといって身近に置く人間を選んだりはしない。孤独を呼ぶだけだ。

 一人でできることの限界を知る聡明さもある。なので自身に反発するゼレイのような相手でも上手に付き合うテクニックも培っていた。


(そんな坊が失敗の一つふたつで見限るわけないでやんす)

 確信がある。

(そもそもお嬢の性分は熟知してるでやす。どの状況でどんな反応をするかも読めてたでやんしょう。あんな難しい戦況でなければフォローもできたはずでやんす)


 ジュネにも余裕がなかったのだ。そこにリリエルの性分が重なって悪い方に転げ落ちた。


「こっちから捨ててやればいいのに」

 ゼレイがポツリとこぼす。

「だから、あなたは!」

「でも、ヴィー隊長、居候も悪いじゃないですか。自分が逃しといて、それをエル様の所為にしたんですよ? 一対一の場作りをするよう決めたのは自分なのに逃した失敗をなすりつけたんですから」

「それは……、そうですけど」

 ヴィエンタも反論に困っている。


(それなんでやんす)

 彼も引っ掛かっていたのだ。

(どんな事情があったにせよ、ジュネは自分の失敗を隠すのに他人を責めるようなことする人間じゃないでやす。わかっててそれをやったんでやすから、自分を悪く見せようとしたような気がしやすね)


 あとから自分を責める理由を作ろうとしたように思える。彼が悪者になることでリリエルが立ち直るきっかけになるのではないかという計算さえ働いている気がしてならない。


(いったい、なにがあったんでやんしょう?)


 なんらかの事情が生じたはずなのだがタッターにもわからなかった。

次回『さよならの理由(2)』 『これで終わるのかしら?』

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 剣王の血族は恋愛下手?
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