彗星にひそむ影(1)
「御覧ください、『メテオバスター』の威容を」
アナウンサーは誇らしげに告げる。
「これが我が国ペナ・トキアの政府が万が一のために建造していた深層破壊ミサイルです。非常時の備えにと保管されていたメテオバスターが軌道異常を示した巨大彗星カフトトアに使用されようとしています」
惑星国家ペナ・トキアが属する惑星系でも多くの彗星が巡っているが、その中でも最大とされる彗星がカフトトアである。その巨大さゆえに最接近一ヶ月半も前から肉眼でも夜空を賑わわせていた。
「カフトトアに異常な軌道変化が観測されたのは四十日前。即座に政府危機管理システムが計算を行い、本星への衝突が危惧される事態となりました」
天体ショーの一環として経緯を説明する。
「カフトトアの彗星核直系は68km。もし、ペナ・トキアに落下すれば地上は大惨事になるでしょう。ですが、心配はありません。我が国にはメテオバスターがあります。その力がいかんなく発揮され、彗星核は破壊されるでしょう」
どこの国も大型の深層破壊弾頭くらいは保有している。今回のような隕石を含めた天体の飛来から本星を守るものである。それを意図的にセンセーショナルに報道し、国威発揚を促そうとしていた。
「近代ではメテオバスターのような大型ミサイルを地上から発射できるような施設はありません。なので、こうやって国軍が運搬しております」
補給艦の貨物庫から引き出されたミサイルが宇宙空間に浮かんでいる。
「カフトトアの核を目標設定されたメテオバスターは自動で軌道修正しつつ接近します。一定距離に接近すると、弾頭に設置されているランチャーからビームが発射されます。進入口を自身で掘削したミサイルは内部に突き刺さり、その位置で液体炸薬が起爆されて隕石などの天体を破壊する仕組みになっております」
戦闘艦の護衛を受けたミサイルは発射のときを待っている。目指す先にはカフトトア彗星が尾をたなびかせていた。
設置位置から目標物までの距離は500km。計算では百八十秒で着弾するはずである。
「皆様の見ている画面ではカフトトアの尾は左奥に向けて流れておりますが、彗星自体はメテオバスター設置位置へ向けて進んでおります」
アナウンサーは詳細説明を行う。
「これは彗星の尾が恒星風によって流れていて、軌道と一致しないからです。つまりメテオバスターは最短距離を飛行して狙っています。決して迂回しているのではないのをご理解ください」
横からの狙撃に見えるからの説明である。一見して外しやすく思えるイメージを払拭するための配慮だろう。視聴者の不安を煽っているのではないという姿勢を示す。
「国家成立より三百二十余年、実に六度にわたり本星へと接近しては国民の目を楽しませてくれたカフトトアは今その生涯を終えようとしております」
最後の天体ショーとなる。
「破片がペナ・トキア近傍を通過するまで二ヶ月、かの勇姿の最後の輝きを眺めようではありませんか。メテオバスター発射の時間が迫ってまいりました」
計算ではほとんどの破片が恒星に落ちるのではないかとされている。残った一部はそのまま惑星系を脱して長の旅路に就くものと考えられていた。カフトトアの記憶は流星雨としてしか残らない。
「注目いたしましょう」
カウントダウンが行われる。
「プラズマブラストの光が観測されました。今、発射された模様です。その役目を果たすまで百八十秒の道行きをゆっくりとご覧ください」
とは言ってもカメラ位置からは噴射光が見えているだけ。秒速で3kmを超えるスピードのミサイルが飛行する様が見られるわけではない。
「画面右下のカウンターがメテオバスターとカフトトアの距離です。みるみる縮まっていきます」
実況が続く。
「頑張れ、メテオバスター。我々国民の期待を乗せてその使命を果たしてほしいものです。あと200kmとなりました」
ここで画面は観測ドローンからの望遠映像に変わる。彗星横からの画角は非常に見やすいものになった。メテオバスターが刻々と接近しているのが手に取るようにわかる。
「残り100kまであとわずか。弾頭からビームが発射されます」
サイズのわりに弱々しいものに見える。
「彗星核はほとんどが氷でできております。あまり高出力では貫通してしまうため、計算された出力で発射されております」
ビームが着弾している様子は見えない。それは彗星核そのものがコマと呼ばれるガスに包まれている所為だ。なので核そのものも見えてはいない。
「まもなくビームによって掘削された穴にメテオバスターが着弾します」
保証された成功を待つのみ。
「もう少しです。さあ、世紀の一瞬はまもなく。皆で見守りましょう」
メテオバスターがコマへと進入していった。そして次の瞬間、大きな爆発が起こる。爆炎とともにコマのガスが大きく飛散する様子が見受けられた。
「……いささか爆発が早かったように思われますが、どうなったのでしょうか?」
アナウンサーに戸惑いがうかがえる。
「国軍からの詳報を待ちましょう。……はい? 随行するメディア船からの報告です。重力場レーダーに反応、彗星核は健在です! 繰り返します! 政府によるカフトトア破壊作戦は失敗した模様です! これはどうなってしまうのでしょう?」
途端に緊迫感が増した。アナウンサーはここぞとばかりに声を張っている。政府の責任を追求できるネタができたという思惑が隠れ見える声音だった。
「メテオバスターの予備はあるのでしょうか? 起爆が早すぎた原因は? もしかして保守管理に問題があったのではないでしょうか」
早口になる。
「政府や軍からの声明はまだありません。原因究明のために情報開示が必要かと思われます。さらには次なる速やかな対応が求められます。政府は国民を安心させるために声明を出す義務があると思いませんか?」
饒舌になったアナウンサーは自分勝手な意見をまくしたてる。それが国民の不安を助長するとわかってか否か。
「……はい?」
指示への応答であろうか。
「ただいまメテオバスターからの映像を入手したと報告がありました。なにが起こったのか判明するかもしれません。どうぞご覧ください」
着弾少し前からの映像だった。数秒としないうちにカメラ脇からビームの発射が始まる。光条はカフトトアのコマの中へと吸い込まれていくだけであり、命中したかどうかはわからない。ただし、ガスの向こうに紫の光が瞬く様子が確認できる。
「もうすぐメテオバスターがガスの中へと進入します」
映像はスロー再生になる。
「どの時点で起爆してしまったのでしょう? 設定ミスなのか機器の不具合なのか原因の特定できそうな現象は記録されているのでしょうか?」
周囲が白くなった。それと同時に光の筋が迫ってくるのがわかる。そこで映像は途切れた。
「え、なんです?」
狙撃されたように見える。
「もう一度ですか?」
少し前からのスロー再生。ガスの霞の向こうに影のようなものが見える。ぼんやりとした影にしか見えないが、わずかに特徴的な部分が見受けられた。下に当たる尾端部分が鳥の尾羽根のように分かれている。
「あれはいったい?」
そこで割り込みが入った。
「そこまで。これよりの対応は星間管理局司法部巡察課に移行」
「は、あなたはどなた?」
「私はコードネーム『ファイヤーバード』。司法巡察官よ。当該宙域は公宙、こちらの管轄」
突如として割り込んだ有名人の言葉にアナウンサーは絶句していた。
次回『彗星にひそむ影(2)』 「本当にレイクロラナン、外れたんだ」




