タンタルの真意(6)
スワローテールが畳み掛けてくる四本の力場鞭を回避してジュネは機体を降ろす。リュー・ウイングの足が路面を噛んで慣性を殺した。
横の監獄棟を貫いて生体ビームが襲ってくる。戦意の瞬きは感知していたため余裕をもって避ける。フォースウイップが舞って建物を細切れにしながら新たな人型ヴァラージが二体出現した。
(この辺にいた感染者が融合してヴァラージ化したのか)
彼とタンタルの高速戦闘には参戦できなかったものの、地上に降りてきたところで襲ってきたのだろう。なんらかの方法でタンタルの命令を受けているものと思われる。
(マズいな。タンタルが行ってしまう。さっきのをエルには聞かせられない)
しかし、二体は瞬時に倒せる相手でもない。フィンガードで生体ビームを弾きつつ飛散型アンチVで狙撃する。
「ヴィー、タンタルがそっちに行く。警戒を」
一分でも稼いでくれればいいとジュネは祈った。
◇ ◇ ◇
「お嬢、タンタルがこっちに来るそうです」
「取り逃がしたの?」
「戦闘音は聞こえていたのでジュネは囲まれてでもいるのかと」
タンタルヴァラージの出現はプライガーからの報告で知っている。ヴィエンタたちは二人の邪魔にならないようヴァラージの掃討に注力していた。
それも大方片づいており、感染者の始末を飛散型アンチVを使ってやっていたところ。部隊は落ち着きを取り戻していた。
「全機警戒。迎撃体制」
「このスペック、ヤバい。引き締めなさい」
外観および武装データもリンクで伝わってきていた。彼女の指示に続いてリリエルも発破をかけている。
(なぜ、わたしに? なにかあるのですね、ジュネ。お嬢には近づかせないほうがいいみたいです)
ヴィエンタは即座に察した。彼のやることには意味があるのだ。
「接近視認。弾幕を」
大型の躯体とは思えないスピードでやってくる。隊機にビーム弾幕を張らせつつ隙間にアンチVを仕込んだ。その方法で仕留めた敵も多い。
(甘くはありませんか)
フォースウイップの乱舞を越えられない。比較にならない長さがブロックも容易にしている。
「ジュネはあんなの一人で相手してたの? 無茶すぎる。でも、こっちも足元に囚人がいるし」
避難エリアになっていた。
「フランカーを使って彼らの盾に。お嬢にしかできません」
「わかった。でも、大丈夫?」
「戦闘不能機は出ていません。この数がいれば」
(リュー・ウイングと同等に……。いえ、無理でしょうか)
厳しいだろうと思った。
惑星規模破壊兵器システムがキャンセルされたのも聞いている。まるで格違いの敵だと考えるべきだ。
(おそらく時間稼ぎでいい。それならば)
ブレードガードのできるリリエルは張り付きになる。残りでしのげればジュネがやってくるはずだ。
「ラーゴ、正念場ですよ?」
「そっすね。こいつは厄介っす」
リフレクタで固められた躯体はビームを寄せ付けない。しのばせたアンチVも迎撃されている。検知力も数段上らしい。
「背中側に死角があるらしいっす。包囲戦っすね」
「任せても?」
「合点っす」
ヴィエンタがリリエルの援護をしつつ陣地防衛。プライガーに背後に回ってもらう。瞬時に決定し、即座に動く。連携の妙の見せ所。
「な!」
「回避!」
ところが、そんな余裕は与えてくれなかった。回り込もうとしたプライガー隊が精密狙撃を受ける。躯体近くでねじ曲がった生体ビームに意表を突かれて回避が間に合わない。腕や足を失う隊機が続出した。
「しまった!」
立て直しも適わないままに接近を許す。ヴィエンタの配下だけでは受け止めるのも無理で突破された。
「お嬢」
「斬るぅ!」
雨あられと降ってくる生体ビームを全て本体とフランカーで斬り裂くラキエル。異常なほどの集中力だった。
「面白い。が、曲芸だ」
「タンタル!」
フランカーにフォースウイップが絡みつく。生体ビームはリリエルが斬りつつ接近を掛けていくが、全ては受けきれなかった。歪曲した一発のビームが抜けていく。コンテナと囚人が集まる場所へ。
「逃げ……!」
警護のアームドスキンの腹に着弾した。
「ハヤン!」
「お嬢、すんま……」
パシュランが爆散する。最期の台詞も許さないままに。
「ハヤン、ハヤーン!」
「お嬢!」
「間に合わなかったか」
ヴィエンタはリリエルの悲鳴に交じるジュネの声を聞き分けた。
◇ ◇ ◇
ジュネが追いつくとコンテナ傍のアームドスキンが爆散するところだった。叫ばれる名前はヴィエンタ隊でも古参兵のものである。
(しまったな。これはいけない)
リリエルの灯りが真紅に染まっている。
「エル、落ち着いて」
「ハヤンがぁ! 許さない!」
突進するラキエルの行く手にリュー・ウイングを滑り込ませる。背中に衝突させてリリエルを止めた。
「ジュネ、なんで!?」
「その状態じゃついていけない。フランカーを戻して」
ラキエル本体の機動性だけではスワローテールにもてあそばれる。最低でもフランカー装備レベルの加速が必要だった。
「そんな暇ない! あれを叩く! ハヤンの仇!」
「駄目だよ。行かせない。相手が悪い」
「それでもぉー!」
「見ろ」
その間にも隊機に大破が増えている。スワローテールの猛攻にさらされているのだ。
「くぅ……」
「落ち着いて対処、いいね?」
(駄目かな? 感情の色が治まりきらない。タンタルを引き離すしかないんだろうけど)
状況が悪い。
戦力は削られる一方。コンテナ周辺には大量の囚人避難者。連戦で疲弊しているパイロットたち。そして、覚られているリリエルの性格。
(場作りに失敗した。どこまで守りきれる?)
さすがに迷った。
(タンタル撃滅をあきらめるべき? だからって、この機を逃すのは惜しい。次はどこで捕まえられるか)
「いいかい? あのヴァラージを倒すことだけに集中して。それができるなら二人でなんとかなるかもしれない」
「う、うん。わかった」
最大限の譲歩だった。身近に置いたリリエルだけなら守りきれる。畳み掛ければ機を掴めるかもしれない。
「どうした。足が止まっているぞ?」
「君を倒す相談さ」
「言っていろ」
フィンガードを外して左右に分かれる。フランカー装備のラキエルの加速に幻惑されることを願って。
「再開か?」
「もちろんさ」
両面からの狙撃で足留めする。ジュネは隙をうかがいつつ徐々に接近。リリエルも逸る気持ちをどうにか抑えてくれている様子だった。
「だから言ってやったろう? そんな弱点を抱えていて俺に勝てるわけもないと」
「止め!」
リリエルの悲鳴。
タンタルは無視して地上攻撃をはじめる。囚人が集まるコンテナ周辺を。さらに、残っていた感染者が襲撃を再開している。ブラッドバウはもう防衛する数が残っていない。
「ああっ!」
「駄目だ、エル! 集中!」
ラキエルはフランカーを放出してしまう。生体ビームを斬り裂き、感染者を焼き払うが本体は加速が落ちる。そこへスワローテールが突進した。
力場鞭を双剣が払うが手数が足りない。微塵に斬り裂かれるかと思われたが朱色の機体は弾き出された。
(どうにか)
ただし、体当りしたマルチプロペラントが代わりにフォースウイップで破断された。幾つにも分かれながら爆散する。
(難しいな)
リュー・ウイングの本体だけではスワローテールに敵わない。
タンタルへ弾幕が襲い掛かる。ヴィエンタが部隊を立て直して援護に来た。
「ヴァラージは平らげられているか」
「まだ、これからじゃない?」
「見逃してやろう」
スワローテールは飛び去っていく。
ジュネのブラフは見透かされているようだった。
次回、エピソード最終回『ジュネの決断』 「どうしよう、ヴィー。あたし……」




