タンタルの真意(4)
リュー・ウイングはタンタルのヴァラージの背中と斬り結んでいる。この位置をキープする限り、対処の難しい攻撃をしのげるはず。ゆえにジュネは最大の切り札を使った。
『疑似ブラックホール制御システム起動します』
のたうつ螺旋力場を弾き続ける機体は三対全ての重力波フィンを通常の五倍近くの長さまで展張する。発生させた重力子が時空界面を穿ち、ある一点へと繋げようとしていた。
(この時点でリュー・ウイングを撃破するか、制御しているぼくを殺せなければ勝負は決まる。いくらタンタルでもブラックホールの引力に抗うことなんてできない)
勝利の方程式は成立した。
「決めたつもりか?」
「その余裕がブラフであるうちはね」
「猿相手にそんな小細工など無用」
「なんだって!?」
時空界面の穿孔が止まる。センサー情報から異常事態を感知したジュネは驚愕した。理論上、不可能な時空界面の制御を行っているのかと思った。
「簡単だ。元から断てばいい」
「まさか?」
「そいつも力場の一種、重力場操作をする機構だと忘れたか?」
リュー・ウイング背部の映像が視覚として送られてくる。長大な重力波フィンが末端から分解されていくところだった。
「力場操作、か」
『この位置ではタンタルヴァラージの影響力が大です。フィン発生器の影響範囲が限定されております』
重力波フィンは本来の長さにしおれ、その先は減衰して消えていた。飛行はできるだろうが時空界面を穿孔するほどの重力子は集められない。
(力場操作能力ではヴァラージには勝てない。逆手に取られた)
ジュネは臍を噛む。
(だからって間合いを外せば集中攻撃を受ける。疑似ブラックホールを生み出している時間はくれない)
事実上、Bシステムを封じられたも同然。ジュネは最大の切り札を失った。クリスタル接触端子に添えた手が無意識に震える。
「このことは?」
ファトラに尋ねる。
『申し訳ございません。可能性は論じられておりましたが事例は記録されておりませんでした』
「だったら仕方ないね」
『この形態のヴァラージも初確認のものです。おそらくは力場操作特化型の調整を施されているものと思われます』
彼女の口調にも苦渋がにじむ。
「リュー・ウイング対策をされていたみたいだ。当たり前っていえばそうだけど、惑星規模破壊兵器システムはキャンセル無効だとつい思っちゃってたな」
『従来であれば。しかし、想定しておくべきでした』
「効かないものはあきらめよう」
執着すれば命取りになる。使い方次第かとも思うが、組み立てている余裕がない。生体ビームを回避しながらの会話なのである。
「もう一枚。さて、これも効くかどうか」
過信は禁物だと心に刻む。
「空間エネルギー変換システム起動」
『空間エネルギー変換システムを起動します』
「広域制御までキャンセルされるとまで思いたくないものだけど」
迫った生体ビームが空中に花を咲かせる。花びらを散らせて薄片と化すと、彼は自在に舞わせることに成功した。
「これなら?」
薄片を重ねて盾にすると次の生体ビームはリュー・ウイングまで届かない。
「接近しても大丈夫かな?」
「猿は猿よな。知っているのに対策されていないと思うか」
「キャンセルできるとでも?」
花は生まれ続ける。フォースウイップも限定された長さにまでしか伸びない。飛ばした薄片をスラストスパイラルで弾き飛ばしている状態でタンタルは豪語する。
「理解できんか」
嘲笑含みの台詞。
「さっきの小型ワームホールは重力場制御、この広域空間支配も磁場と電磁波制御。いずれも力場の一種にすぎんと気づけ。それも我が支配下にあるとな!」
スワローテール型の周りで輝点が生まれる。数十に及ぶそれは周囲へと伸びていった。触れるか触れないかのうちにエネルギー薄片が粒子となって散る。リュー・ウイングの周囲に満ちていたエネルギーはジュネの制御下を外れて還元されてしまった。
「Cシステムもキャンセルされちゃうか」
『タンタルの指摘するとおりなのです。コンバータシステムも広範囲で磁場および電磁波の変換を行う機構。全てが力場であることに変わりありません』
「まいったな。切り札二枚ともが奴には通じないときてる」
苦い感情がジュネの胸をよぎる。思わず鼻頭に皺が寄ってしまう。リュー・ウイングで正対する場を作れれば撃滅するのも不可能ではないと考えていた。要は二つのシステムを起動できる場作りをするのを最優先にしていたのだ。
「どうした? 手品のネタは尽きたか?」
嘲りの色が濃くなる。
「正直困ってる」
「折れたとは言うまい? それでは面白くもなんともないぞ」
「それだけなないね。手札が少なくなってきただけさ」
ブラフではない。
「どうすると? そのリューグ最大の武器を封じられてまだ抗うか?」
「当然。他の武器が効かないならお手上げだけどさ、如何にヴァラージだっていっても直撃すればビームも効くんだよ」
「確かにな。純粋な質量攻撃は容易には防げん」
ビームはプラズマとラジカル粒子で構成されている。どちらも物質の一形態であり、質量を伴って衝撃させているにすぎない。赤外線を含めた電磁波は力場の一種で防げても、運動エネルギーを持った質量攻撃は効果があるということ。
(いくらこのヴァラージが力場操作に優れようとも物理法則からは逃れられない)
この一点だけは全ての物質にいえること。相手も物質でできている。
「リュー・ウイング制御範囲で使える力場兵器とビーム系投射兵器でも戦える。要は当ててやればいい」
挑戦的に言う。
「それでいい。その闘争心が俺を満たす」
「もう一つ。アンチVは対抗できないはず。それは君がリューグシステム対策にその個体を特化させたことが証明してる」
「正解だ。アンチVとやらはヴァラージの根源的構造に作用するからな。どの細胞もヴァラージ因子を持つ以上防げん。だが、その笑いが出そうなほど鈍足な豆鉄砲を俺に当てられるか?」
機動性でリュー・ウイングに劣らないスワローテールを誇る。
「当てに行くさ。ぼくの全力をもってね」
「いいだろう。ここからが本当の勝負だ。お前が俺をあの世に引きずり込むか、俺がお前をあの世に蹴り落とすか。どっちかだぞ?」
「かまわないよ。そのために生まれてきたんだ」
交わされた言葉とビームの数は知れない。それがジュネとタンタルの関係性である。誰にも否定させない。
「もし、ぼくを下したらどうする気? 人類を根絶やしにして入れ替わるつもりかい? それにしては生温いことをしている」
「これほど蔓延った害獣を消すのは面倒だな。まあ、ヴァラージの餌と思えば生かしておいてやらんこともない。繁殖力だけは刮目するもんがある」
フィンガードで生体ビームを弾くと応射を返す。接近戦が不利と理解した段階でブレードグリップは格納してハイパワーランチャー二丁持ちにしている。常にアンチVを発射できる状態にしておくのが肝要だ。
「ヴァラージなら反抗できない因子を組み込んでるから心配ないって? 裸の王様だね」
「どうするかはゆっくりと考えればいい。まずは人形どもをこの銀河から駆逐してからだ」
「人形?」
「お前を操ってるその人造物だ。そいつだけは許せん」
タンタルの持っているのが対抗心ではなく憎悪なのだとジュネは気づいた。
次回『タンタルの真意(5)』 「片腹痛いわ」




