タンタルの真意(3)
頭があり胴体もある。腕が二対四本あるのも人型であることを慮外にすれば珍しいことでもない。足も必要性が有るか無いかは議論のあるところ。無いからといって有利不利は問えない。
ただ、前述のすべての要素が組み込まれているのに、なぜか生物的な印象に乏しい。これまでのヴァラージの形態統計から大きくはみ出している感じがする。良くいえば機能性重視、悪くいえば異質感が否めない。
「タンタル」
ジュネは直感的に理解した。
「来たな、リューグの猿」
「名乗るまでもないよね? どうせわかってて呼ぶ気もないんだろうから」
「それくらいの脳はあるか。ああ、俺にとっては害獣の一匹にすぎん」
タンタルの驕りは言葉の端々から推察できる。自らをゼムナの遺志をも超越した存在と位置付けている。同じ祖をもつ彼らの創造主と同格としているからだろう。
「君がどう思おうと討つのはぼくだよ?」
それが運命だ。
「足掻く様も滑稽だな」
「言うね。滅ぼされたのもリュー・ウイングの類型機のはずなんだけどさ」
「扱う者次第で名剣もテーブルナイフに劣る」
言いたい放題である。
「同じさ。刺されば君の身体も穿つ」
「届けばな。お前の愚鈍な腕で俺に触れられるか?」
「遠いと思ってると失するよ。意外と近くにいたりしてさ」
嘲笑の声が耳に届く。それにジュネもくすくす笑いで応じた。音に似合わぬ剣呑な空気が満ちていく。
「退かしてもらうっすよ、ジュネ?」
プライガーの声は怯えを含んでいる。
「そうして。このあたりは危ないよ」
「お嬢とスイッチするっすか?」
「いや、呼ばないでいい。邪魔を片づけてくれるだけで十分さ」
援護は無用とする。全力で挑まなければならない相手。他の誰かがついてきているかどうかまで気にしている暇はない。
青鈍色のゼキュランは隊機を率いて下がっていく。残るヴァラージも釣られて移動しているようだ。それができる器用さに感謝を送る。
「褒めてやるとすれば度胸くらいか。死出の土産だ」
心から思っていそうだ。
「冷たいこと言わないでよ、せっかくの道連れに」
「面白いことを言う」
「気づかない? 君はぼくと対なんだよ」
ジュネも正直になる。
「君が目覚めたからぼくが生まれた。もし、ぼくが死ぬことがあるなら君も滅ぶときなんだよ」
「放言もそこまでいけば立派なもんだ」
「信じないのは勝手だけどさ」
人類の矯正力というのを目の当たりにしてきた。両親からしてそうであり、結晶としての彼がいる。残るのが結果だけなのはジュネの中では規定事項なのだ。
「そう遠くない未来の話だよ」
「そこまで言うなら証明してみせろ」
ループを描いて力場鞭が伸びてくる。恐るべきことに200mは伸びてリュー・ウイングの後ろにあった監獄棟を斬り裂いた。避けなければ真っ二つになっていたのは間違いない。
(能力は比較にならないと思っておかないといけなさそうだね)
普通は30mも伸びれば限界の武装である。それでさえゼムナの遺志も理論が不明瞭な部分があるという。一足飛びに想像を超えてきた。
「まいるね。なにをしてくるかわからない」
『十二分に警戒をなさってください。ただし、種類は出尽くしていると思ってくださって結構です。記録上、確認されておりません』
「武器は力場鞭に生体ビーム、衝撃波咆哮、それだけでいいね?」
ファトラアバターは頷く。
(どれも厄介な長所を持っているのに変わりないんだけどさ)
フォースウイップは不用意に受ければ回り込んでくる。生体ビームはリフレクタを貫通してくるし、ブラストハウルは不可視の衝撃波攻撃だ。それぞれに別の警戒すべき点がある。
(小手調べは必要。手札を温存する気はないけど、切りどころは重要。スペックをある程度は把握してからだね)
右手のハイパワーランチャーを腰のラッチに戻してブレードグリップを握る。普通のヴァラージを相手にするのと違って剣捌きも大事。微妙なコントロールの効くストロングスタイルに切り替えた。
「豪語するだけはあるってこと?」
「強がりもそこまでだ。お前に読みきれるか?」
四本の腕からフォースウイップが舞う。ランチャー付属のブレードでも受けられるが、ブレードグリップの自由度には及ばない。二本を捌いてリフレクタを差し込む。隙間をこじ開けるように機体を入れて切っ先を跳ねさせた。
「多少強引なのはご愛嬌だと思ってよ」
「なるほど、覚悟を嘗めていたか」
フォースウイップは別方向に伸びきっている。リフレクタを展開できる距離ではない。深手とはいかないまでも脅かすくらいの一撃を見舞えると思った。
「それがあったか」
「惜しむらくもない」
タンタルのヴァラージは爪に力場をまとわせていた。原型が使っていた武器に刃は止められている。フォースウイップの間合いの内側にも攻撃範囲があると知らされる。
「届かんよ」
「果たしてそうかな?」
食いさがるのは悪手。すぐさま離れたジュネはリュー・ウイング最大の利点を活かすべくスピード勝負に戦術を変える。大きく間合いを取った。
「パワーはあるみたいだけど大きな身体は重くないかい?」
「重いな。その分、機動力も強い」
指摘したように巨体である。しかも背中側は厚めの甲殻に覆われている印象。甲羅に躯体を貼り付けたみたいな構造をしている。
その背中からは二対の螺旋力場がひるがえっている。さらには腰からも螺旋光が伸びた。マルチプロペラントの加速にもついてくる。
「なかなかだね」
「なに、合わせてやってるまで」
甲羅の尾端は鳥の尾羽根のような形状をしている。その表側、足の付根の場所からも螺旋光がたなびいた。突き刺さらんばかりの加速で迫ってくる。
「そんなものか?」
「いや、まだだね」
機体はリュー・ウイングのほうが軽い。機体重量にそぐわない機動力があるというべきか。四対ものスラストスパイラルを誇るタンタルのヴァラージに引けは取らない。
「どこまででも付き合ってやるぞ?」
「光栄だと言っておこうか」
機動戦になる。白く尾を引く生体ビームが追いすがってくる。ジュネは機体をひるがえして躱しビームで応射した。ひらりと二射まで躱され、三射目は螺旋光がさらっていく。
「誇れ。的あての的より面白みがある」
「そうかい。もっと楽しませてあげるよ」
すれ違い様の撃ち合いは互角。互いに擦過傷しか奪えない。ただし、タンタルにはもう一手。リュー・ウイングが無茶なロールをして上体を反らした場所を不可視の衝撃波が駆け抜けていく。
(通常武器だけじゃ詰め手まで組みきれないね)
決定機を作れるほどの差がない。
生体ビームのインターバルは他の個体と変わらないが、胸に三門のレンズを備えている。途切れ目を狙えるほどの時間はくれない。
(だとすれば死角を攻めるか)
幸い、身体の正面にしか生体ビーム発射器がない。背中を取れば白光からは逃れられる。内蔵がよじれそうになるほどの慣性力の痛みを噛み殺して機体を背後に付ける。
「どうだい?」
「ぬるいな」
ブレードは止められている。スラストスパイラル発生器の横に折り畳まれていた、大振りな鎌のような器官が立ちあがっていた。そこにも力場の刃が生まれている。
(背中を守る機能を備えているのまでは予想済みさ)
そこは生体ビームを気にせず止まってもいい場所なのだ。
「疑似ブラックホール制御システム起動」
ジュネは詰めの一撃を宣言した。
次回『タンタルの真意(4)』 「猿相手にそんな小細工など無用」




