タンタルの真意(2)
(やっぱり悪い方に作用するね)
ジュネは苦い面持ちになってしまう。
順調に思えている作戦が容易にひっくり返される。彼らが降下してきたのが救助に思えたのだろう。それ自体は間違いではない。ただし、妨害するのなら話は別だ。
(形振りかまわず集まってくるか)
囚人の非感染者がそこら中から溢れてくる。勇猛にも感染者と戦いつつなのはいい。助かりたい一心でも自衛する度胸があるのはかまわない。だが、コンテナを設置しようとする場所も開けず、無闇に集まるのは違う。
「場所を開けて! コンテナ降ろしたら安全域を作るから!」
リリエルがスピーカーで訴えている。しかし、おかまいなしだ。我先に救出しろと言わんばかりにアームドスキンの着地点さえ開けようとしない。それどころか「早くしろ!」と急かしてくる。
(度し難いねぇ)
業を煮やしたヴィエンタが対物レーザーを路面に走らせ赤熱の筋を生む。囚人は慌てて飛び退いていた。ピンクのゼキュランが腕を向けるだけで逃げていく。
「なにすんのよ、ヴィー」
「緊急措置です。このままでは埒が明きません」
憤慨する主に抗弁している。
「エル、彼女が正しい。強制的に場所を作って。そうしないと今度はこっちが全滅する」
「ジュネ?」
「命じる。ラーゴもよろしく」
「合点で。お嬢、飲み込むっすよ」
彼女の中では囚人も非戦闘員なのだろう。守るべき対象だ。だからといって、なにをされても我慢しなくてはいけないわけではない。より多くを助けるためなら脅すくらいは許される。
(治安行動といってもエルのは一般人と接するものじゃなかったからな)
ブラッドバウの役割は警察機構とは異なる。
(ほとんど戦場と化した場所にしか行ってなかったんだろう。公共の福祉という考えが醸成されてない。リューンにしてはちょっと甘やかしたみたいだね)
そのあたりも学ぶべく任されたのかもしれない。だが、彼らが部隊として行動している以上、ジュネが露骨にトップを教育するという姿勢は取り難い。それが仇になって、感性の一部が箱入りのままになってしまった。
(リカバリできないほどじゃない。こうやって、ぼくが率先して見せればいいんだからさ)
どうにかコンテナの設置には成功する。
「見殺しにする気か!」
「死にたくなければ協力するんだね。できないなら守れない」
冷然と告げる。
再び寄り集まってきた囚人たちが吠えているが黙殺すればいい。必要なのはヴァラージ因子を監獄惑星ル・マンチャスから駆逐すること。囚人を地上から避難させるつもりはない。
「……散開してスペースの確保。編隊単位でこの場所を呼び掛けながら撃滅しなさい」
リリエルはなにか言いたげな声音。だが、まずはなにが優先かは理解している。問題は戦闘にまで影響するか否か。
(彼女のタイプは影響は否めないな。声に精彩を欠いてるようではね)
戦い難いだろう。彼でも周囲を真っ赤に感じている。ヴァラージ本体や感染者だけではない。非感染者も救助を優先しない彼らに悪意を抱いている。戦気眼持ちのリリエルは敵味方の区別さえ難しいと思われる。
「フォロー、頼める? 崩れそうで危なっかしいや」
個人回線でヴィエンタに呼び掛ける。
「お任せください。お嬢の甘さの責任は我々にあります」
「好ましいと思ったからだろう? あまり気負わないように」
ジュネがメインで動かなければならない。これまでに比べればヴァラージの数は少なめに思えるが、リリエルのフォローをしつつ相手できるほどではない。
(それに、いるからさ)
気配を感じる。宿敵がひそんでいると確信していた。出てくれば彼は掛かりきりになってしまう可能性が高い。それまでに数を減らしておきたいところ。
「ジャッ!」
「ぬるいよ」
生体ビームをフィンアームで受けて詰める。飛散型アンチVを正面から放った。スレていないヴァラージは簡単に引っ掛かる。顔を掻きむしって苦しむ人型に通常型アンチVを叩き込んだ。
「ラーゴ」
「合点っす」
合図して横並びに戦列を組んだ。監獄棟敷地内にローラー作戦を掛ける。ヴァラージ本体は撃滅。感染者にも飛散型アンチVを使うよう打ち合わせてあった。掃討作戦である。
「知恵がついてる。厄介だね」
「任せるっすよ。こんなフィールドは、おいらたちが得意っすから」
これまでの戦闘から学んだかのようにヴァラージが高層建築を遮蔽物に利用してくる。真正面からではなく、不意に飛び出してくる個体が多い。
ただし、対ゲリラ戦闘はブラッドバウに一日の長がある。彼らは治安維持活動として、そういう敵ばかりを相手してきたのだから。
(上手いね。これなら手助けなんて必要ないや。この網の先に奴がいても掃討戦はラーゴたちに任せて問題ない)
警戒しつつ絞っていく。中継子機を先行させたいが、ヴァラージ相手に暗黙の了解など通用しない。容赦なく撃墜されてしまう。なので、探り探り進むしかなかった。
『いますか?』
紫眼のアバターも警戒している。
「いるね。もったいぶってくれる」
『これがどういう罠なのか、わたくしにもわかりません。十二分に注意をなさってくださいませ』
「引っ張り出してやらないことには。心配しなくてもいざとなったら……、使うさ」
ようやく捉えたのだ。機を見て確実に討ちたい。惑星規模破壊兵器システムの使用を躊躇う気などなかった。
(ここで決着を付ける。八千年も因縁を引きずってる敵に、父さんや母さん、他の大勢を縛り付けておくなんてできない。必要なら……)
多少の犠牲など目を瞑るつもりだった。
まだ足元を駆け抜けていく囚人の姿もある。コンテナのほうへ避難を呼び掛けているだけで温情と思ってほしい。散々好き勝手してきたような輩だ。自分の命くらい自分で守ってもらいたい。
「惑星規模破壊兵器の理論はタンタルも知ってるんだよね?」
エイドラでリューグ筐体を使ってきた事例もある。
『はい、仕組みは理解しているものとお思いください』
「使ってきたところを見たことないね」
『機械的構造が必要なのでヴァラージには組み込めないかと思います』
砲身ブレードで監獄棟を貫いて筒先を貫通させる。その向こうに隠れていたヴァラージに飛散型アンチVを撃った。
道路に転がり出てきたところで首を吹き飛ばす。胴体にアンチVを放って仕留めた。カートリッジを換装しつつ進む。
「じゃあ、手持ち武器として独立して使う可能性は?」
ブラッドバウ部隊に使われるのは避けたい。
『低いかと。おそらくヴァラージという生体兵器に絶対の自信を持っております。その気になれば、このような場所で量産して一軍を成せると思っているでしょう』
「そうかな。こっちはアンチVの効果的な使い方を習得しつつある。普通のパイロットでさえ対抗可能になってきてる。危機感を抱かないもの?」
『現状、ナクラ型を除けば人型しか用いておりません。ですが、ヴァラージの発展性はこんなものではございません』
不穏な情報を伝えてくる。
「なるほど。そっちがあったか」
『ご理解いただけましたでしょうか? 我らの主も惑星規模破壊兵器のみで対抗するのは限度がございました』
(大型躯体ね。それも人型に限定されるなんて誰も言ってないか)
ジュネの前方にゆっくりと浮いてきたのは全高で40mはあるヴァラージだった。
次回『タンタルの真意(3)』 「死出の土産だ」




