タンタルの真意(1)
レイクロラナンが危機を脱したのちの作戦は順調に進む。三箇所確認されている侵蝕エリアのうち、もう一箇所の監獄棟エリアの駆除も完了した。ただし、生存者はゼロ。リリエルたちはただの一人も救出できていない。
(役割上、そう簡単に逃げ隠れできない構造になっているとしても、この結果はねぇ。やるせなくなる)
成功したとすれば拡散防止だけ。他の監獄棟エリアに拡散し、地上全土に及ぶようであれば星間管理局は放棄を決断するだろう。
意気揚々と星間軍がやってきて地表を焼き払うかもしれない。それはあまりに業腹だった。
(相手は囚人だとはいえ、少しでも助けられればと思ったんだけど)
今のところ叶っていない。
「ねえ、ジュネ。タンタルはどうしてル・マンチャスを狙ったのかしら?」
「そうだね」
疑問は残る。騒ぎを大きくしたければそこらの惑星国家を襲ったほうがいい。ヴァラージの存在を白日の下にさらし、ゼムナの遺志との関係性をつまびらかにする。それで星間銀河人類とエルシたちとの対立構図は演出できそうに思えた。
「監獄惑星なんかじゃ管理局が隠蔽するのは目に見えてるじゃない」
無意味に思える。
「それだと本気にさせちゃうからじゃないかな? 奴も星間管理局との本格的な対立は望んでないのかもしれない。圧倒的な物量は大きなリードだからさ」
「追い詰めたいのはゼムナ関係者絡みだけ?」
「事が大きくなると管理局は対決姿勢の世論形成に走ると思う。それは本意じゃないから隠しやすそうなとこを狙ってるのかもね」
(管理局はゼムナ関係と離縁したくない。ヴァラージを敵認定する方向に動くのね。それは困る、と)
彼ら翼ユニットや剣ユニット、特応隊が先頭に立って大戦力で攻められるのは厳しいのだろう。それが地味な嫌がらせのような形に表れているか。
(どこかしっくりこないのよね)
タンタルの言っていた「弱点」という台詞が頭に残っている。逆手に取らないタイプだとは欠片も思えないのだ。
「圧力、かしら?」
理屈を組み立てながら思いつきを口にする。
「急がないと、その気になればいつでもその辺の居住惑星をヴァラージの養殖場にしてやるぞって」
「ぼくたちに無理をさせるために?」
「そ、こうして小戦力で対処せざるを得ないような状況を作り出して消耗させるの。手が回らなくなったら止めを刺しに来るとか」
考えが現実味を帯びてきた。
「あり得るね。それ以上に、こちらの戦力分析もできてしまう」
「でしょ?」
「ただし、回数を重ねるほどにヴァラージ攻略法も増えていくよ? 諸刃の剣な気もするけどさ」
向こうの分析が進む分、こちらの分析も捗る。イタチごっこといえば確かにそうだろう。
「たぶん、各ユニットが要になるのは心得てる」
目論見の成否に関わるという意味か。
「そうね。今のところ普通の軍じゃ太刀打ちできない。星間軍がこてんぱんにされたみたいに」
「だから要を壊しにくる。戦力的な意味以上に精神的な意味で崩しを掛けるため、かな?」
「本来の目的であるゼムナの遺志打倒にも適うもんね」
全ての要が直接間接のバックアップを受けている。逆に、現状バックアップ無しでは対抗不可能だともいえる。そこを一つずつ叩いていく算段か。
「各所に仕掛けを分散させてオーバーフローさせる策は失敗してる」
ジュネはそれも混乱と消耗を誘う策だと指摘する。
「ゼムナの遺志が思ったより星間銀河圏にも浸透してたのが誤算かしら」
「対処ユニットの増設と母さんによる効率的な割り振りがね。侮っていたんだと思う。策が破綻の様相を見せてきたから各個撃破を狙ってきてるんだろうね」
「苦肉の策ね」
タンタルも想定外だったのかもしれない。
「こっちはつまんない口車に乗せられないこと。ブラフに踊らされると奴の手の内」
「うん、わかった」
「さあ、君も時間まで休んでおいで」
意識的にインターバルを取っている。そうでないと連戦にパイロットも支援乗員ももたないからだ。二人も休息が必要。
(弱点とか言ったのもブラフ。そう思おう)
自室の前でリリエルはジュネに手を振って別れた。
◇ ◇ ◇
「罠にした二箇所は潰されたか」
ヴァラージの並列感覚に危機意識が表れるのを読んでタンタルは気づく。方法はわからないが、この特異な種族は離れた場所の仲間のこともある程度は察知するのだ。
「かまうまい。どうせ捨て駒だ」
条件作りに配置した罠だ。だからこそ点々と追わせるような場所にしてある。彼が待ち受けているのが仕上げの場所になる。
「ほどよく身体とともに心も弱ったところで仕掛けてやろう。猿には耐えられんだろう」
彼は三角耳を震わせながら哄笑した。
◇ ◇ ◇
三箇所目の侵蝕地点は煙が上がっていた。まだ混乱の坩堝にあるものと思われる。
(だからこそ、まだ助けられる人もいるはず)
あまりにやるせない状況が続いている。これではモチベーションが保てない。戦果だけでなく成果も求めるものだ。戦争ではないのだから。
「やることは同じ」
リリエルは機体格納庫で下知を飛ばす。
「コンテナ移送担当は無闇に動かない。各隊長に従い降下。それぞれジュネがフィンガードで、あたしがブレードガードで確実に送り届けるから生体ビーム弾幕に動揺しない。よろし?」
二箇所目から採用した方法である。危険性よりも確実性を選んだ形だ。それぞれ二機で吊り下げたコンテナを地上に設置した担当は一機ずつ残ってコンテナ警護担当となる。
「今回はラーゴ隊からロズとコビー、ヴィー隊からハヤンとダレッティが担当。警護はロズとハヤンでよろしく」
「合点です」
「コビーとダレッティは持てるだけのカートリッジを持ってまわってばら撒く。いい?」
二箇所目では比較的若いパイロットを当てたのはいいが、降下時に動揺が見られて多少手こずった。なので今回は古参のパイロットから選ぶ。場数を踏んだ彼らなら目まぐるしいほどの光条の中でも動揺したりはしないだろう。
「直掩は各隊長が担当。指揮して無事に降ろさせること。ゼルはフリーで潰してまわんなさい」
「はーい」
「以上。じゃ、搭乗!」
「応っ!」
レイクロラナンは周回軌道上から動かず。その場所からの支援となる。中継子機も降ろすが少数に限定。ターナ霧の散布と指揮系統の維持に利用する。
(電波やレーザーみたいな電磁波照準までするとかどういう生物なのよ、ヴァラージって)
ターナ霧を使用する場合としない場合の検証結果も出ている。アームドスキンと同様、使用しないと遠距離狙撃に正確性が認められた。少ない戦力での攻略のために、戦場をある程度の範囲に限定するにもターナ霧放出は必須である。
「OK?」
「行こうか」
発進するとリュー・ウイングはすでに待っていた。地上の様子を観測していたらしい。マップが転送されてくる。
「衛星からの画像。ちょっと状況は悪いね。逃げ回ってる人影も見える」
「いいんじゃない、助けられる人がいるんなら。誘導が面倒だけど」
「できる範囲でって命じておいて。いくら優秀なブラッドバウでも、ヴァラージ相手にしながら余裕があるとは思えない」
(冷静な分析と言いたいところだけど、守るものがあると人は強くなれたりもするの。それが見える範囲ならなおさらね。ジュネって個人主義だから、そういうとこ足りないのよね)
自分が補える部分であるとリリエルは思って満足していた。
次回『タンタルの真意(2)』 (度し難いねぇ)




