レイクロラナン脱出不能(2)
「転移フィールド再展開、急げ!」
「ヴィー、それじゃ感染者の排除が!」
「これ以上被害が拡大すれば手の尽くしようがなくなります。ご了承ください」
「そうだけどっ!」
リリエルにもわかっている。侵入した感染者の排除にアームドスキンは無力。さらに外部装甲に取り付かれでもしたら、そのために排除用の人員を投入しなくてはならない。
(でも、戦闘職が誰も戻れなくなるのはあまりに……厳しい)
レイクロラナンにパイロット以外の戦闘職はいない。その代わりに乗員全員が戦闘訓練を受ける決まりとなっている。今頃は艦橋クルー以外は全員が武器を手に取っているだろう。
(どうにか堪えて、タッター)
リリエルは全機にコンテナでの補給を指示するのがやっとだった。
◇ ◇ ◇
「速やかな感染者の排除および接触者の感染チェックを」
珍しいジュネの直接命令をタッターは耳にする。
「合点でやす。排除担当はヘルメットも装備。絶対でやんすよ! 最低限の人数に限定するでやす!」
『後部ハッチ閉鎖完了。侵入者を倉庫内に限定しております』
「システム、ファナトラはどうしたでやんすか?」
『直結通路を解除。離脱しました』
(逃げてくれたでやんすか。あの方を汚染したら立つ瀬がないでやす)
副長は胸を撫でおろす。
艦長ブースに浮かぶパネルの一つは艦内図になっている。後部資材庫は赤く点滅状態になっていた。
(出さないのが正解でやんす。でも、開けないと排除もできないでやす)
これほど悩むのは何年ぶりか。
『転移フィールド展開可能時間、あと180秒です』
無情にも艦システムが宣告してくる。
「三分。排除担当者は隔壁に着いたでやんすか?」
「到着しました。突入しますか?」
「まずは内部カメラを……、レアンナ、お前!」
突入班の中に妻の顔を確認したタッターは仰天する。部下の前で声が裏返るという失態を演じてしまった。
「なんで輜重のお前がそこにいるんでやんす!?」
妻のレアンナはレイクロラナンの物資管理をする輜重部所属である。
「ここは私の担当区画」
「いや、でも、機関の連中に……」
「戦闘だからって機関部の人に任せるのはお門違い。そうでしょう、あなた?」
艦内戦闘の主役は機関部乗員がメインになる。力持ちが多いし、腕っぷしの立つ人間が集められている。その次が整備士あたりになろうか。輜重部はどちらかといえば事務方に近い。
「艦橋が占拠されたら解放するのに誰かの手を借りる? あなただって自分も加わるでしょう? 同じことです」
筋を通される。
「…………」
「大丈夫。真っ先に飛び込んだりしない。そのくらいはわきまえているから安心して」
「気をつけるでやんすよ」
そうとしか言えなかった。
「任せな、タッター。レアンナさんになにかあったら、あとでお嬢にボコボコにされちまうからよ」
「ロレグ、頼むでやす」
「そんな顔すんなって」
同い年の機関士に頼る。彼とも四十年来の付き合いだ。任せるしかない。タッターは戦闘中に艦橋を離れるわけにはいかない。
「いいでやすか? 今はK−6コンテナの影にいるでやす。突入したら挟み込んで焼くでやんす」
「ええ、わかったわ」
妻も重そうな小銃型のハイパワーガンを抱えて配置決めの指示を出している。中のレイアウトを最も把握しているのが彼女だからだろう。
内部カメラ映像を共有する。それを確認しつつカウントダウンが始まった。指を折って周知するとともに開閉パネルに付いたレアンナが平手で叩く。
「走れ走れ! 一撃で決めろ!」
「ヴァラージ野郎を消し炭にしちまえ!」
威勢よく突入する。コンテナの角に身を潜めるレアンナ。それを制してロレグがハイパワーガンを構えて滑り込んだ。小さな破裂のようなレーザー発射音が連続する。
(どうだ?)
タッターは緊張して見守る。
響いて来たのは歓声でなく悲鳴だった。影から飛び出してきた触手が妻へと迫る。その身体を押し退けたのはロレグだった。鳩尾に突き刺さった触手が彼を後ろのコンテナに叩きつける。
「ロレグ!」
フィットスキンでなければ貫かれているような勢いだった。幸い、触手の先端はシリコンラバーの表面を突いているだけ。しかし衝撃は防ぎきれず、ヘルメットシールドに血反吐を撒き散らしている。
「ロレグ、ロレグ、気をしっかり!」
「くそっ、逃げるぞ!」
焦げ跡を付けた感染者の身体が扉をくぐっていく。レイクロラナン内部に完全に侵入されてしまった。
(マズいでやす。どうするでやすか?)
総員に武装を命じるべきだ。しかし、アームドスキン隊の支援も継続しなくてはならない。
『転移フィールド展開限界まで五秒です。……安全措置のためフィールドを解除しました』
システムアナウンスにタッターは青褪めた。
◇ ◇ ◇
「閉じ込め失敗? 嘘っ!」
リリエルは愕然とする。
これでレイクロラナンの離脱は困難となった。そう思っている間に虹色の泡の形をした転移フィールドが消失する。
「消えたっす。マズいっすよ!」
プライガーのらしくない悲鳴。
「全機、レイクロラナンを防衛! 帰るとこなくなる!」
「りょ、了解!」
「フランカー!」
生体ビームが朱色の艦体に襲い掛かる。弾き返していた転移フィールドはもうない。斬り裂かねば直撃だったが、どうにか全ての光条の分断に成功する。
「いつまでももたない! 元から絶て!」
「お待ちください、お嬢!」
「取りつかれたら終わる!」
混乱の極致へと陥る。全長450mある艦は高度を取り始めているが地上からは1000mも離れていない。ビームは一瞬で到達する。
「無理ぃー!」
「音を上げない。足掻くんだよ」
「ジュネぇ」
支持架を前にまわして重力波フィンをかざすリュー・ウイングが加勢してくる。たった二人でのレイクロラナン防衛が始まった。
(Cシステム使ってって言いたい。でも、いつタンタルが出てくるかわからないこの状況で奥の手を切ってなんて言えない)
打開策もないまま悪化の一途を辿っている。
ジュネは射線を封じつつ距離を詰めては一体ずつ屠っている。彼女は四基のフレニオンフランカーの制御で手いっぱいだった。
(ビーム使わなきゃチャージはもつ。でも、先にあたしの集中力のほうが尽きちゃいそう。早くして、タッター)
リリエルは戦気眼の金線にブレードを這わせながら念を送った。
◇ ◇ ◇
レイクロラナン艦内外を問わず混沌とした状況。タッターはフィットスキンの中の汗が止まらなかった。
(このままじゃ崩壊でやんす)
通信士たちが背後、艦橋のドアを気にして集中できていない。情報制御も指揮系統の維持もままならなくなってきていた。
「システム、感染者はどこ行ったでやんすか?」
焦りが声に出ないよう低く抑える。
『動体反応は中央通路で消失。カメラ画角で確認できません。機体格納庫内かと思われます』
「そこしかないでやすね」
『検索中です』
レイクロラナン内部でも最も広いスペースだ。カメラの死角も多い。システムでさえ掌握できていないデッドスペースが多数ある。
(せめて、どこにいるかさえわかれば一番手の多い場所なんでやんすが)
すでに整備士全員に武装させている。彼らもただでさえやることの多い戦闘中なので侵入に気づけなかった。緊張が漂う空間はいつにない静寂があった。
(このままじゃ物音一つでなにが起こるか。最悪、同僚を撃っちまいやす)
しかし策がない。
「タッター」
「ジュネ坊……」
つい過去の呼び方に戻ってしまったタッターだった。
次回『レイクロラナン脱出不能(3)』 「だらしないわねぇ、あなた」




