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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
砕かれる希望
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レイクロラナン脱出不能(1)

 一見して逃げ惑う囚人の群れ。よく見ればほとんどが異形である。皮膚が泡立ったかと思うと触手が生える。伸びるほどに人体のほうが痩せさらばえていく。あくまで全体の質量は変わらないのだ。


(さながら地獄絵図ね)

 リリエルは奇しくも囚人と同じ感想を抱く。

(ヴァラージ因子に感染したからってゼロから物質は生まれない。変化した分どこかが減るわけ。ヴァラージそのものだって触手を放てば中身が移動してるはず)


 そのために他の生命を取り込むのである。生命を維持し、自らを強化するのに生物組織を欲する。だから満腹の状態を「中身がぎっちり詰まってる」とジュネは表現するのだ。


σ(シグマ)・ルーンにエンチャント。機体同調成功シンクロンコンプリート

 すでにコクピット待機しているリリエル。

「システム、いつでもフル稼働できる状態に」

『出力を105%に設定します。フレニオンフランカー、チャージ完了です』

「レイクロラナン、高度カウントダウン」

『ただいまの高度、12,000m。降下中です』


 艦のシステムには別の指示を与える。これで7000mに合わせて全機が発進スロットをくぐる。作戦の始まりだ。


「準備よろし?」

「応っ!」


 地上を映す映像内では、触手を絡めあって合体する様子が見られる。融合し、他の誰かも取り込みはじめた。みるみると成長し、一体の人型に。

 皮膚に変化が表れ茶褐色に濁っていく。硬化していきゴツゴツとした甲殻へと変化。最終的には人型ヴァラージが出来上がった。背中からするすると螺旋光が伸びて飛行する。


「あんな有様じゃどんだけの数のヴァラージがいるかわかんない。気合い入れていきなさい」

「合点です!」

 皆の声に緊張感が高まる。

「ラーゴ、カウント」

「行くっすよ? (スリー)(ツー)(ワン)発進せよ(エンゲージ)!」

「せいせいせい!」


 皆が掛け声とともに中空へ放出されていく。ラキエルもガイドレールを鳴かせて足下へと滑った。地上が近い。


「全機、設定離隔。タッター、確認し次第転移(ドライブ)フィールド展開」

「承知しやした」

「コンテナ投下準備」

「後部搬入ハッチ開放。いつでも行けやす」


(っても、そこら中感染者。どこに降ろす?)

 それなりに開けたスペースが必要。


「ジュネ?」

「ぼくが排除する。エルは誘導」

「うん」


 生体ビームの白光が走る中をリュー・ウイングがフィン支持架(アーム)を前にかざして降下していく。リリエルは彼女の役割を全うしなければならない。


「レイクロラナン防衛。フォーメーション」

転移(ドライブ)フィールドを遮蔽物にして狙撃。近寄らせない」


 ヴィエンタの号令でアームドスキンが全て球形のフィールドの後ろ側へ移動、狙撃を始める。投下まではこの戦術。事前にパイロット全員にブリーフィングしてあった。


転移(ドライブ)フィールドは防御フィールドと違って攻撃を受けても負荷が増すような構造じゃない。でも、展開可能時間が短い。レイクロラナンみたいに贅沢なパワーマージンを取ってあってもそれほど長くない。その間に)

 狙いどおりならヴァラージを減らせる。


「挑発する」

「お願いします。お嬢にしかできませんので」


 副官の言うとおり戦気眼(せんきがん)持ちの彼女にしかできないこと。生体ビームをものともせず攻撃可能なのはラキエルだけ。

 フレニオンフランカーを全基放出。意識に映る射線を躱して地上に向けて攻撃する。リリエルはラキエル本体の防御を副官に任せてフランカーのカメラに集中した。


(慣れたあたしならできる。戦気眼は身体で感じてフランカーを逃しつつカメラで照準。狙撃)


 意識を二つに分けるようなもの。マルチタスクで回避と狙撃をやる。それも四基分。極度の集中が不可欠だった。


(当たれ)


 地上付近を飛行しつつ生体ビームで狙ってくる人型ヴァラージ多数。ビームは転移フィールドで跳ね返しているがダメージを与えないと敵を動かせない。動きの遅い個体を狙った。


(どうがいいかわかんない。とりあえず一体に集中)


 胸への狙撃はリフレクタで受けるヴァラージ。しかし、別のフランカーの狙撃が防げずスラストスパイラルまで動員する。飽和させたところで一発が足に直撃。

 動きが悪くなったところに畳み掛ける。肩が粉砕され、頭が吹き飛び、胴体も穴だらけになって消し炭にする。手間は掛かるが確実だ。


「お見事です」

「一体に消耗しすぎ」


 フランカーのパワーゲージは思わしくない。もって数体というところ。


(そっか、誘いになるかも)

 思いついた。


 もう一体を同じ目に遭わせたところでフランカーを全てチャージに引き戻す。その分弾幕は薄くなった。観察していると、及び腰だったヴァラージたちが勢いづく。


「食いついてこい」

「来ますね」


 生体ビームの弾幕も薄くなる。一斉に飛び立ったヴァラージが、虹色の泡に包まれているレイクロラナンに向かって襲い掛かってきた。


「回り込ませないように」

「大丈夫です」


 これも作戦である。ヴィエンタとプライガーが周知していたので全機がビームランチャーを構える。緊張感が漂った。

 ヴァラージは一直線に艦体へ。無謀にも転移(ドライブ)フィールドに挑む。接触すると軋み音がした。接触面が焦げて煙を漂わせ始める。


「今! 狙え!」


 転移(ドライブ)フィールドと拮抗しているヴァラージに一斉にアンチVを発射。着弾するともがき始める。接触ダメージと相まって崩壊しながら地上へと落ちていった。


「狙撃で誘いを。襲うしか能のない怪物どもを一泡吹かせてやんなさい」

「合点!」


 十を数えるヴァラージにアンチVを叩き込んで滅した部隊機は、不利を察して降下する敵に狙撃を加える。一斉掃射にさらにダメージを重ね、反転攻勢の口火となる生体ビームには転移フィールドの裏に避難。

 波状の砲撃で地味なダメージを与えるとヴァラージは再び接近を試みる。そこからは同じことの繰り返しだ。全機のアンチVが心もとなくなるまで続けるとかなりの数減らしができた。


「エル、そろそろ掃除が終わる。ポイント確認して」

「了解よ、ジュネ」


 レイクロラナンの進行方向には広場が見られる。そこで深紫のアームドスキンが暴れていた。組織分解液を食らったヴァラージが崩壊しつつ吹き飛ばされている。


(単独戦闘能力は比べ物にならないのね)

 今やリュー・ウイングは対ヴァラージ戦闘でも比類なき力を発揮する。

(あたしは要らなくなっていきそうでちょっと怖い)


 ジュネは機体を地上へと降ろす。足元には元囚人である異形の数々。リュー・ウイングの重量には耐えきれずにプチリと潰れる。彼が足を払う操作をするだけで多数の異形がただの破片へと変わっていく。


(容赦ない。本当ならあれくらいの割り切りができないといけないんだけど)

 憐れむ感情が心に淀む。


「高度200! 投下しやすよ!」

「やって!」

 迷っている暇はない。

転移(ドライブ)フィールド解除しやす。コンテナ、続けて投下開始!」

「担当、固定設置作業」

「了解!」


 一番危険な瞬間が訪れる。戦力はコンテナ防衛にも割かれ、レイクロラナンは丸裸。それでも十分に敵を減らせているつもりだった。


「後方、薄い!」

「え?」


 リリエルはコンテナのほうに集中していたが警告に振り向く。ヴァラージがアンチVの直撃を受けて崩壊を始めるところだった。


「セーフ……」

「ヤベっ!」

 声が重なる。


 崩壊するヴァラージが振りかぶってなにかを投擲。それは異形と化した感染者。放物線を描いて後部搬入ハッチの中へ。


「感染者侵入!」

「作業員退避! 排除急いで!」

「次が来る!」


 現場は混沌としている。状況は伝わってこない。


「レイクロラナン、感染者排除まで離脱を不許可とする」


 ジュネの宣告にリリエルの背筋は凍った。

次回『レイクロラナン脱出不能(2)』 「なんで輜重のお前がそこにいるんでやんす!?」

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[一言] 更新有難う御座います。 侵入られた!?
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