ル・マンチャスの惨劇(3)
監獄惑星周辺は時空間復帰禁止宙域に指定されて封鎖されている。管理者も脱出艇で避難していて、レイクロラナンとファナトラ以外に船影の一つもない。静かに管理用人工衛星が周回しているのみである。
(荒れ果てた感じ。人が住んでる惑星になんて見えない)
元より緑豊かな惑星というわけでもなかった。それでも囚人の更生を求めるうえで精神衛生のために植樹なども熱心に行われたそうだ。ところが破壊行為が横行して端から枯れ果てていく。管理局もあきらめてなすがままにした経緯がある。
「全員がそうとは言わないけど、心の平穏なんて求めてなかったみたいでさ」
ジュネが肩をすくめる。
「彼らが求めるとしたら、別の意味で心に効く薬でしょう」
「辛辣ね、ヴィー」
「事実です。こんな半自治なんて状態にすれば自明の理ですよ。犯罪者に必要なのは強権による規律です。自分たちが謳歌していたのは本当の意味での自由ではないと教え込まねばなりません」
リリエルの秘書官は非常に厳しい。
「ヴィーが看守になったら囚人なんて飼い慣らされた犬みたいになっちまうっす」
「どういう意味です、ラーゴ?」
「ご褒美で心が満たされるって意味っす」
ニヤニヤと笑いながら間合いを取るプライガー。緊張が過ぎてもいけないが、少々緩み過ぎかとも思う。
「国際社会のコンプライアンスがうるさくてね。人権を保証しながら閉じ込めるだけ閉じ込めてあとはご自由にってことになってる」
ジュネもあまり良い状態とは思ってないらしい。
「だから模範囚として早く出ていく手合が少ないんでやんしょう?」
「わずかだね。更生の見込みがありそうな囚人は別の施設に送られるんだ。精神審査AIは極めて優秀で正確だからね。ここに放り込まれるのは手の打ちようがなさそうな連中」
「釈放される頃にはすっかり出来上がっていそうでやんす」
上手に立ち回る社会性が培われているんじゃないかとタッターは言う。
「それか、ほぼ壊れてるか」
「脱出できても別の病院に監禁でやすか? 悲しい人生でやんすね」
「それだけの罪を犯した人間が集められてるのね」
「だから変に思い入れしちゃ駄目でやんすよ、お嬢。ここは人類社会が生み出したゴミ箱くらいのつもりでいるでやんす」
あくまで極論である。そうでなくとも、ここル・マンチャスに収監されているのは98%が事実上終身刑を告げられた者。出ていける者は稀なのだそうだ。
「星間管理局ってちょっと不人情なところがあるかしら」
つい思ってしまう。
「上の人は心外だって言うよ。だって一つ外軌道の惑星はとても豊かで継続的に各種食料プラントから常時自動供給されてる。自給自足しなさいなんて言わない。そんなことしたら餓死者が大勢出るだろうからさ」
「足りてるのは衣食住だけなのね」
「きっちり人権は保証されておりますよ、お嬢」
ヴィエンタもジュネに続いて言い添えてくるが憐れにも思えてしまう。
(これなら国法で裁かれたほうがマシ……、違った。普通は死刑になるような輩ばっかりなんだもん)
同情するだけ無駄な気がしてきた。
「じゃあ、具体的な作戦内容に入ろう」
外部から招く人もいないので青年はいつもどおり艦橋で説明を始める。
「被害地域への降下作戦を行うんだけど、実際に降りてみないと被害状況がわからない。ただし、ヴァラージが徘徊しているのは必至だね」
「敵の巣に降りてくようなもんすからねぇ」
「そうなんだ、ラーゴ。だから十二分な準備をしていないと戦闘継続さえままならなくなる状態が予想できる。オギラヒム案件のときのように弾薬コンテナはもちろんパーツコンテナも設置して換装可能にしておく必要があるね」
ジュネはいちいち離脱している暇はないと唱える。
「順当っす」
「今回はどちらも買い取りさせてもらうことにした。すでに経費として処理してある。因子に汚染される可能性が大だからコンテナは放棄しないといけないからさ」
「そこまでしなくても良かったのに、戦闘資材なんだもん」
リリエルはちょっと不満である。予め相談があってもおかしくない事柄だと感じたからだ。
「管理局本部はそれくらい負荷の高い作戦だと心得ていると理解して」
安心料みたいなものだと説明された。
「危険を回避する方法でもあるんだ。アームドスキンなら高熱処理する機材が揃ってるけどコンテナまでとなると人力になる。そこで汚染するようじゃ本末転倒」
「神経質になっているのですね。安全策、了解です」
「うん、そういうことさ、ヴィー」
手順が連ねられていく。
「あとはコンテナを降ろす方法」
「アームドスキン二機で手提げっすよね?」
「おそらく地上はヴァラージだらけ。的にしかならない」
運搬する機体の機動力がガクンと落ちる。確実に狙撃されるとジュネは考えているようだ。
「どうするの?」
「地上の状態を確認して適切なポイントに投下する。設置はアームドスキンになるけど」
簡略図がパネルに表示された。
「これだとレイクロラナンを降ろさなきゃなんなくなるじゃない。それこそ生体ビームの的にしかならない。防御フィールド貫いてきちゃうのよ?」
「でね、考えた。生体ビームを防御する方法は三つ」
「三つ? ブレードで斬る方法とリュー・ウイングみたいに支持架式重力波フィンでカバーする方法。あと一つって?」
リリエルには思いつかない。
「転移フィールド。時空外媒質粒子を含めた高次空間の侵蝕を受けない強度を持つフィールドさ」
「あ、確かに」
「厳しいでやんしょう? 性質的には可能でも、稼働時間が限られるでやんす。超光速航法で一番エネルギーを食うのが転移フィールドなんでやすから」
タッターが異議を唱える。彼は戦闘艦運用の専門家なので詳しい。しかし、ジュネがそんなことに気づかないはずがないと思う。
「だから被害地域をかすめるように短時間の降下を行って速やかに投下場所を選定。ポイしてササッと離脱してもらいたいんだ」
パネル内でレイクロラナンに求められる行動が模式化される。
「なるほど、効率と安全性を天秤にかけたら最適かもしれやせんね」
「こんな曲芸じみたことをお願いしないといけないから当然回収のことなんて考えてない。そういう意味でも買い取りが必要なのさ」
「承知しやんした。いいでやんしょう、お嬢?」
最終判断が委ねられる。
「確認できてる被害地域が三箇所。コンテナのストックが4セット。わりといっぱいの作戦だけど、そうするしかなさそうね」
「被害が拡大するようなら補給をお願いしやすし」
「手配しておこう」
兎にも角にも弾液パックはもちろん、アンチVカートリッジは幾らあっても足りないような作戦である。ヴァラージの巣窟に降りて全機が無傷でクリアできると考えるほど楽観的ではない。リリエルは頷くしかなかった。
「じゃあ反重力端子コンテナ緊急投下の手配。担当人員の選定、よろしく」
タッターが「任されたでやんす」と答える。
「ヴィーとラーゴはレイクロラナン警護フォーメーションの策定。転移フィールド展開状態だと出入りもできないから事前に配置組んどいて」
「承りました」
「了解っすよー」
手順を定めていく。
「投下場所の選定は?」
「ぼくがやろう」
「だったら、あたしとジュネで最終決定する。一発勝負。よろし?」
艦橋要員が一斉に応じる。こうしてル・マンチャス降下作戦が決定した。
(奴がいる可能性が話に出なかった。また一人で対処する気なのね)
リリエルは頼られない状態が不愉快でもあった。
次回『レイクロラナン脱出不能(1)』 「作業員退避! 排除急いで!」




