ブラッドバウの力(1)
三日間の上陸休暇を終えたレイクロラナンは宙港を出発、リランティラ艦隊と合流して星系内の演習宙域へ。短距離超光速航法で向かう場所は第七惑星のガス惑星近傍。
「順当でやんすね」
タッターが宙図に示したポイントをリリエルも注目する。
「ガス惑星『トニタ』の影響で重力場レーダーの通りは悪いでやんしょう。リングの内側でやんすからダミー代わりになる障害物も多めになりやす」
「パイロットだけじゃなく通信士含めた管制要員の訓練にも持ってこいね」
「状況は想定できるから不測の事態は避けられるでやんす。でありながら、個々の動きによって展開は流動的になるでやんしょうね」
ターナ霧を使用するなら、ごく一般的な軍事演習場所。ガス惑星の巨大重力で検知能力は制限され、かつ光学観測を難しくする適度な障害物も存在する。
フィクションで描かれるような密集した小惑星帯が実在しない以上選ばれる環境。実際の小惑星帯は障害物と呼べないほどに間がすかすか。それは人工物デブリが吹き溜まっているところでも同じである。
緊急機動で回避しなければならないような距離に他の質量があれば、当然万有引力が働く。質量は衝突し、徐々に融合するだけ。残るのは間延びした空間になる。
(現代探知戦なんて電子阻害戦みたいなものだもんね)
戦闘要員によるノイズにひそむ事実の判別と、データ統合能力がものを言う。
「恣意が含まれるだけ面倒。人の考えることは天体運行より複雑怪奇だもん」
リランティラの思惑のほうが重要だと含ませる。
「やんすね。どんな仕掛けをしてくるかわからないでやすよ」
「まあ、うちの子たちなら大丈夫でしょ。お祖父様の薫陶を受けた世代に鍛えられてるんだから」
「お嬢を幻滅させないよう尻を叩いておくでやんす」
リングの密度測定データを斜め読みしながら言う。
「トリオントライを使うわけにはいかないね。ルシエルを一機貸してよ、エル。予備機でいいからさ」
「ルシエル? 冗談」
「わたしのデュミエルをお使いください、ジュネ」
ヴィエンタが提案するが彼は首を振る。ブラッドバウの戦力を削いでまで出る気はないと主張した。
「実際に破損するわけじゃないから予備機は必要ない。それを使えばいいんだよ」
演習ルールでは、破損度に応じたインターバルが設定されているだけ。
「せめてパシュランじゃない? ルシエルじゃパワー不足よ」
「ぼくはパワータイプじゃないと思ってるんだけど?」
「どの口で言うの?」
トリオントライはデュミエルはおろか、彼女の専用機ゼキュランをもしのぐパワーがある。パルトリオンという外殻を装着していた頃は、もう一機アームドスキンを背負って戦っていたようなものなのだ。
「あなたなら機種なりの使い方ができるとは思うけど」
建設機械でアームドスキンを戦闘不能にできる腕前がある。
「パシュランは重いよ。それがメリットでありデメリット。こそこそと動くには向かない」
「そういう感じなの?」
「真っ当にはこないだろうね、特務を使う気なら」
ジュネは部隊に紛れて動く気はないと言っている。状況に応じて単独で対処し、かつ表立って動く手段としてルシエルを使う気らしい。
「わかった。一機出して」
『トリオントライの調整基台に乗せてちょうだい』
「マチュア? 了解」
少しは彼に合わせたチューニングをするようだ。リリエルだって素の機体に乗せたくなかったので好都合。
「準備に時間が必要かね?」
パガンダ・セグマトー艦隊司令が挨拶もそこそこに尋ねてくる。
「かまいませんよ。こちらも戦闘に関してはプロフェッショナルのつもりです」
「いつでも可能と思ってよいか。では、一戦願おう」
「肩慣らしというところですね」
(こっちの力を計るつもりね。結構。契約料金なりのものだって教えてあげる)
不敵に微笑む。
「平場で『ボルンナクト』と『ヘイゼンナクト』が当たる。よろしく頼む」
「二隻ですか。了承しました」
そう言ってヘルメットを掲げる。彼女を含めてきちんと相手するという意思表示。パガンダの瞳は色を見せず読ませてくれない。
リリエルは意図的に画角から外れていたジュネにウインクをして機体格納庫へと歩みを進めた。通路を進むごとに下からの喧騒が増してくる。
(戦場の空気ね。よしよし)
緩みは感じられない。
「さてと」
パイロットリフトのグリップを掴み、爪先をフットレストに掛けて降りる。
「さあ、お仕事よ! ブラッドバウの名を知らしめなさい!」
「合点でさあ、お嬢!」
「粉砕してやります!」
スライドしているトップハッチには金色に縁取られた赤い剣の紋章。彼女の血に流れる誓いの意味を噛み締めながらアンダーハッチに足を下ろす。
(我らが闘争は自由と安寧の未来のために)
そう語られている。
真実のところ、リリエルの祖父はそれほど高い志を掲げていたわけではない。生き抜き、未来を掴むために必死で戦っていたのを一番身近に知っている。それが今のゴート宙区の安定を生みだしているからこそ、そのお題目を否定するつもりはない。
「ラーゴ隊は右翼、ヴィー隊は左翼。あたしが的になってあげる。敵の喉元に食らいつきなさい」
「了解!」
朱色の機体はそのためのもの。作戦は常に彼女を中心にまわる。読まれようが逆手に取られようが、不変のスタイルこそが彼らの強さである。
(ジュネにとっては使いにくいかもしれない。本音のとこではね)
潜入までこなし、状況に応じて柔軟に動く司法巡察官には隠密活動を得意とするアシストが適しているだろう。それなのにリリエルを選んでくれたのだ。彼の動きを隠す強い光として存在しつづけなければ意味がない。
(それも一つの関係性。あたしは間違っていない)
言い聞かせるように念じる。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
システム音声を背景に気合を入れる。
「ゼキュラン、スタンバイ」
『オールグリーン。いつでも発進できます』
「決して挫けぬあたしの剣に。リリエル・バレル、ゼキュラン、発進する!」
基台のフットレストが落ちてクランプレールが鳴く。20mのアームドスキンが発進スロットの空気カーテンを抜けて外へ。
そこはほとんど遮蔽物のない宇宙空間。いわゆる「平場」での戦闘になる。互いにターナ霧を広く放出して電波レーダーを無効化し、遠距離狙撃を不可能にしている。
(ここからは目に見えるものだけで勝負)
パイロットの有視界範囲とそれぞれのガンカメラ映像の統合データで状況判断をする。中継子機を経由したレーザー通信網を駆使し、いかに有機的な作戦行動ができるかが勝負の分かれ目になる。
「お嬢、やっこさん、上下に展開。挟み込むつもりでやんすかね?」
タッターからは重力場レーダーでの監視もできている。
「それくらいの手管は使ってくるでしょ。やらせときなさい」
「レイクロラナンは下げやす。前哨戦でやんすから、ほどほどにお願いしやすよ」
「手加減なんて、そんな失礼なことしては駄目」
母艦の存在も演習の範囲。撃沈判定を食らえば当然アームドスキンの換装復帰などもできない標準ルールになっている。ゆえに直掩機体は置いてあるし、戦闘開始に合わせて後退もさせねばならない。
「全機抜剣! 受け止めなさい!」
前進しつつ敵方の動きを見る。
「ロズとコビーで後衛をやるっす。下を担当するからおいらについてくるっすよ」
「ハヤンは後ろでお嬢の援護。ダレッティ以下はわたしについてきなさい。ゼレイ、こっそり抜けて残ろうとするんじゃありません」
「ひゃい!」
妹分は近づいてこようとして注意されている。
「エル様、いってきます」
「活躍してきなさい。そしたら褒めてあげるから」
「はい!」
一転して元気になったゼレイをリリエルは見送った。
次回『ブラッドバウの力(2)』 「墜とすためにに決まってるじゃない」