ル・マンチャスの惨劇(2)
全滅とはただ事ではない。それはリリエルにもわかる。軍事的な事態では済まないという意味で。
(ヴァラージ相手に備えもなく動員すれば全滅は必至。どうしてそんなことを?)
星間管理局らしくない失態である。
「実は前々からちょっとした軋轢があってね」
彼女の表情を読んだジュネが説明をしてくれる。
「君も良く知ってるとおり、V案件は司法部で対策室を作り警務部に協力を仰いでる。だから警務部所属の星間保安機構や星間平和維持軍は動かせるし対処にも慣れてきたのさ」
「特応隊とか警務部所属なのに対策室の指揮下だものね」
「手続き上は協力してることになってる」
特応隊とは『GPF特殊対応艦隊』のこと。通称として『V特応隊』あるいは単に『特応隊』と呼ばれている。オルドラダ・フォーゲル軍団長率いる、フユキが所属する対ヴァラージ部隊である。
「そんな体制だから、蚊帳の外に置かれた軍務部は面白くない」
青年は少し苦い顔。
「守りの要であるはずのGFが、なぜ星間銀河圏を揺るがしかねないV案件で動員されないのか、とね」
「あー、なんとなくわかる」
「真っ先に声が掛かって然るべきなのに全くタッチさせてもらえない。それどころか、司法部なんて法律屋の部所が仕切っているとは何事かと痛く名誉を傷つけられてるって主張してた」
そんな情報がちらほらとジュネの耳にも届いていたそうである。
「そんな簡単な敵じゃないでしょ、タンタルは」
「もちろんさ。でも、本部直轄の情報部は軍務部にろくな情報さえ与えてなかった。拡散を最低限にする措置として」
「当然といえば当然ね」
ル・マンチャスの管理官からの通報はV案件と判断される前のもの。それが偶然軍務部の目に触れるところとなった。軍務部はこれ幸いと星間軍の艦隊十二隻を派遣してしまい、挙げ句に全滅させてしまったのだ。
「勇み足ね」
正鵠を射ている表現だと思う。
「それそのものはね。ただし、彼らの星間銀河圏を守りたいという気持ちは本物。非常に責めにくい。管轄の逸脱も微妙なタイミングだったし」
「でも、つまるところ名誉の話でしょ?」
「それなんだ。ファイヤーバードは激怒してるよ。せっかく苦労して情報拡散を抑えてきたのに、一遍に大量の戦死者を出しちゃったんだからさ」
補償をしないわけにはいかない。
「あー、説明が難しいのね」
「本当のことは言えない。GFが敗北したのも無し。威信に関わる。事故とするには大規模すぎる。管理局本部は対応に追われてるよ」
「やらかした感満載なんだけど」
それでも引き下がれないのが星間軍という組織らしい。失われた威信を取り戻さずにはいられないって騒いでいるという。
「そんな状態なんで、並行機関であるGPFが動けなくなった。特応隊もね」
余計に角を立てることになる。
「くだらないプライドなのに」
「それでも組織を維持するには必要な考えさ。で、母さんが下した判断はできるだけ小規模な戦力で現状を打破すること」
「それで翼ユニットに出動命令なのですね」
ヴィエンタもすぐに納得顔。
「剣ユニットが別のV案件で動員されてる。どうも陽動臭いね」
「タンタルの罠です。露骨じゃないですか」
「そう。ゼルにだってわかっちゃうよね」
妹分は「馬鹿にするな、居候!」と憤慨している。簡単にあしらわれているが。
「それでもやんないといけないのね」
ジュネは頷く。
「本部が軍務部をなだめてくれてるうちに翼ユニットだけで処理する」
「面倒なこと」
「星間軍も色々あるからさ。古い組織だから固定化してる。安易にV案件用の新しい部門なんて立ち上げられない」
余計な並行部門になってしまう。
「対策室は時限措置なんだよ。タンタル絡みの案件が終了したら解散。しかも、評価という形での名誉も与えられない。極秘裏に処理するためにね。実に軍務部に不向きの案件ってこと」
「星間銀河圏の平和を願う気持ちだけで動かなきゃいけないってことよね?」
「それとギャランティだけ。だから本件は重ね重ねの守秘義務と一緒に非常に厳しい作戦になる。君の判断抜きで出動ってわけにいかないのさ」
それでわざわざ相談に来たらしい。リリエルに訊くまでもないのにとは思う。だが、彼の一存で決めるべきではないと考えたのだろう。
「それは……」
手で続きを制される。
「オギラヒム案件に勝るとも劣らない作戦になる。だから条件提示もある」
「なに?」
「監獄惑星ル・マンチャスは現在封鎖されてる。状況によっては放棄もあり」
とんでもない条件だった。
「それって見殺しにしてもいいってこと? 相手が囚人だから?」
「無いとは言えない。でも、第一なのはヴァラージ因子を拡散させないための作戦。感染確認が取れていない状態で一時的にでも避難させて別の惑星で因子がばら撒かれたりすればもう手が付けられない。それこそ星間銀河が終わる」
「そのために犠牲はやむ無しということですね。了解いたしました」
ヴィエンタは平然と受け止める。しかし、リリエルは「はい、そうですか」とはいかなかった。
「助けられる人も助けないの? 刑期を終えたら釈放されるような人でも?」
食い下がる。
「助けられるものなら助けるさ、もちろん。ただし、ル・マンチャスから外に出すのは無し。防疫検査を済ませたあとじゃないとね」
「そんなの作戦終了後になるじゃない。収容するのも駄目ってこと?」
「そうなる」
リリエルは顔色を変える。
「そんなのひど……!」
「仕方ないでやんしょう? お嬢の命令でもあっしの権限で受け入れは拒否させてもらうでやんす」
「タッター!」
副官に拒絶された。意外なところから異論が出て呆然とする。
「仲間を守るためでやんす。ヴァラージ因子をひと度艦内に入れたら終わりじゃないでやすか? あっしにはできないでやす」
厳しい姿勢である。
「そう……なのね」
「理解してほしいでやす。軍事組織ではまず余計な危険性を排除するのが最善手なんでやんすよ」
「了解よ。救助はしても収容は無し。徹底します」
思わず声が震えてしまう。
「対策室長にとっても苦渋の決断なんだ。この条件だって後々問題になるのは目に見えてる。でも、ヴァラージ因子だけは拡散させちゃいけない」
「わかってる。わかってるけど、自分を納得させるのが難しいの。あたしの甘さ」
「違うよ。優しささ」
ジュネだって理解しているのだ。刑期を終えれば普通の人として扱われるべき。彼こそ心からそう願っているだろう。しかし、現実には選択できない。あまりに事が大きすぎる。
「まずはヴァラージの排除」
話は具体的な指示に移る。
「囚人の救助ができるなら、とりあえず一箇所に集めること」
「まだ拡散してない可能性もあるし」
「それは正直厳しい状況」
中パネルに戦闘時の現場らしい映像。
「もう食い散らかされはじめてる」
「こんなふうにヴァラージ因子に感染させて人体組織をヴァラージ細胞に置き換えてから吸収してる。それが奴らの食事だから」
「意識も乗っ取られるのね」
人の形も怪しげになった感染者が非感染者を襲って広げている。人型ヴァラージはそれらを収穫しているような状態。
「目的はヴァラージ因子の駆逐。それまで封鎖は解かれないからそのつもりで」
「因子の駆逐。つまり……」
感染者も攻撃対象だとはっきり言われてリリエルは胸が痛かった。
次回『ル・マンチャスの惨劇(3)』 「ご褒美で心が満たされるって意味っす」




