戦闘生命(5)
人型ヴァラージの口に突き入れた力場刃を真下に斬り落とす。左足で半身を蹴り離すと断面にアンチVを撃ち込んだ。二発で仕留めてあとは振り返りもせず次の標的へ。
(何匹倒した? もう数えらんない)
リリエルは気炎を吐く。
限界までの集中力で疲労など感じない。脳内麻薬が麻痺させているのだろう。危険な兆候だが今はそのまましのぐしかない。終わったあとで立ち上がれなくなるくらい小さな代償だ。
「キリがなくないですかー?」
ゼレイも弱音を吐いている。
「踏ん張りどころ。これを越えたら強くなったって自覚できるから我慢なさい」
「エル様、わりと自虐系?」
「自虐言うな!」
事実なのだが経験しなくてはわからない。反吐に塗れるまで祖父の猛攻にさらされた過去が今の彼女を作っている。
「やっと底が見えてきたっすよ、ゼル。もうちょいっす」
プライガーが進展を伝えてくる。
「もう少しで援護にまわれます、お嬢。お待ちを」
「無理しないでいいから、ヴィー。それより確実に仕留めて」
「遠慮せずに助けてもらいましょうよー」
そう言うゼレイもまだ動けている。ゼキュランの重さを使った上段からの一撃を力場鞭で防がれると、すかさず脇腹にアンチVを着弾させていた。
「キシャアー!」
「ぎゃー、汚い! 体液吐くなー!」
ブレードグリップで殴った顎はあらぬ方向へ。
「殴るなら、せめて首を刎ねてやりなさいよ。痛いだけじゃない」
「ヴァラージの気持ちなんて知ったことないです」
「まあ、そう言わずに。こいつらだってタンタルに改造されて、いい迷惑なんだから」
戦闘生命体と化した以上気遣ってやるつもりもないが多少の憐憫はある。せめてひと思いに、という程度のものだが。
「俺の所為にするのは結構だが」
聞きたくない声が耳に届く。
「タンタル! あんた、どうして!? まさかジュネを?」
「安心しろ。翼ならあっちで遊んでいる。相手をしてやりに来てやった」
「サービスのいいこと。あたしのほうが与し易いとか思わないことね?」
最後のエネルギーを吐き出させてフレニオンフランカーに戻るよう命じる。全力で相手しなくてはいけない。
(ってことは別のヴァラージがいる?)
彼が戻ってこれないというのはそう理解するしかない。
(ジュネと対峙して無傷ってのは大したもん。丁重に相手してさしあげないと)
項がピリピリする。危険極まりない感触がリリエルの神経を泡立たせる。こんな感覚は祖父に感じて以来か。
(違った。ジュネのお父さんに味わわせてもらったばかりだった。慣れてないと身体が固まっちゃう)
慣れていいようなものでもないと思う。日常になってしまうと、いつでも命を放り出せてしまいそうでならない。
「牙を剥いたところで怖ろしくもないぞ、猿」
「その牙が身体に食い込んでも同じことが言えるかしら?」
低い声音で応じる。
右手にブレードグリップ、左手はアンチVランチャーのストロングスタイル。左支持架のものだけ残して急速チャージしたフランカーを解き放つ。どこまで通用するかわからないが、今リリエルにでき得る最強の対ヴァラージ戦術である。
「あたしの牙は長いんだから」
「過ぎた玩具に遊ばれるのはいただけんな」
ラキエルからのビームを挟んでフランカーを背後に忍ばせる。タンタルは回避せずに、かざした指一本でリフレクタを展開して受け止める。突っ込ませたフランカーは螺旋力場であしらわれた。
(硬い。理由はわかんないけど、やっぱり搭乗型のほうが反応がいい。ましてや知り尽くした相手だとすると……)
ひるがえる力場鞭をブレードで絡めて懐を開く。アンチVを胸の真ん中めがけて発射。生体ビームに焼かれる。
そのまま接近して斬撃を送り込む素振りをする。口が開いて衝撃波咆哮の気配。腕をクロスしてそのまま受けた。
(ここで!)
反動のままにラキエルをロールさせて離脱。背後のブラインドに隠してあったフランカーを突っ込ませる。ヴァラージが開いた口に向けてビームを放った。しかし、そこにもリフレクタが展開されていた。
(使いこなしてる。穴がない)
タンタルは間合いを嫌って下がる。リリエルは追わねば活路がない。
「ゼル、一人で踏み留まるのよ」
「そんなー!」
半泣きだ。
「お嬢、攻め続けてください。逃してはいけません」
「ヴィー」
「こちらはお任せを」
逃す気はない。この位置で自由にさせれば味方が大被害をこうむる。今の攻撃をしのぐ敵では、彼女の部下では太刀打ちできない。
(ジュネが来るまでとか甘えを持ったらやられる。速く、強く、んでズル賢く)
真っ当な戦法で下せる敵ではない。全力以上を出せてこそ結果に繋げられるだろう。せめてダメージを与えられれば光明が見える。
「勝負なさい!」
「ああ、潰してやろう。翼はどんな顔をするかな?」
「嘗めんなぁー!」
一気に詰めて連続突きを放つ。支持架が軋むほど前後する。コンディションがオレンジになるまで引っ張り、体を変えて右斜め下から逆袈裟。躱されたところで手首を返して押し込む。突如として伸びた切っ先は肩口を削った。
「どうよ! あんた、接近戦が苦手なんじゃない?」
「戯れがわからんか?」
胸からの金線が戦気眼に映る。右手一本残して半身になった。生体ビームの白光は胸の前をかすめていく。
「ほう?」
「当たんなければ威力も意味無し」
「そうか。お前はそういう性質の生き物か」
フォースウイップが首元に伸びてくる。
「殺すのが惜しくなった。捕らえるか」
「冗談じゃない。あんたの実験材料なんて真っ平」
「わかっているなら光栄に思えよ」
頭を逃して爪先で蹴る。突き放したところで三方からのビームで縛り付けた。連射で動けなくさせる。
「これでー!」
「ぬるい」
アンチVを全弾撃ち込む。突進しつつカートリッジを飛ばして新しいものに換装。アンチV弾頭を追うように距離を詰めた。相手の動きから回避方向を読む。
(下! スラストスパイラルが動いた)
背中から跳ねるように四本の螺旋が舞う。反動をまとうように躯体は下へ。そのときにはラキエルは想定位置へと振りかぶっている。
「タンタぁール! 取ったぁー!」
神速の剣閃が胸の高さに吸い込まれる。刃が腕に触れたところで止まった。
「馬鹿な!」
「力場とはこういう使い方もできるのだ」
表面が黄色い透過膜に覆われている。リリエルの刃はそこへ干渉波紋を描いただけだった。
「だっ!」
ブラストハウルを顔面に食らう。機体のロールが止められない。足下から貫くような金線が意識に浮かぶ。
「躱せない!」
「大丈夫ですっ!」
黄色いゼキュランが体当りしてくる。跳ねたラキエルは射線から逃れた。代わりにゼレイ機の左腕が失われる。
「ひゃ!」
「ゼル!」
次の金線はゼキュランを薙いでいる。彼女はフランカーを動員して押し退けた。三基ともが真っ二つに切り裂かれて誘爆する。二人とも危機は逃れられたが、戦力は大幅ダウン。
「終わりだな」
「違うさ」
風がうなる。タンタルのヴァラージが傾ぐほどに。
「ジュネ? Bシステム!」
「全部消す」
「退避ー!」
声を限りに吠える。ここにいては邪魔にしかならない。コンテナも放棄して総員退避を命じた。
「エル様」
「いいから」
肩を組み合って逃げ出す。大穴から隊員の退避が終わる頃にオギラヒムの巨大な傘が中央からクシャリと潰れた。そのまま一点に吸い込まれていく。
「ふん、くだらんな」
「負け惜しみかい?」
「そんな弱点を抱えて俺に挑もうとは愚かしいにもほどがある」
「…………」
リュー・ウイングの巨大化した重力波フィンの向こうに異質な航宙船が見えた。それはスラストスパイラルをなびかせている。
リリエルは生まれた虹色の転移フィールドを見送るしかできなかった。
次はエピソード『砕かれる希望』『剣王孫の逡巡』 「あたしの限界でも届かないってこと?」




