戦闘生命(3)
戦闘光は遠く瞬いている。ジュネも戦い続けているのはリリエルにも容易に確認できた。
(でも、どういう状況かわかんない)
距離的にはさほどでもない。2kmと離れていないのだが空気や土埃が邪魔して詳細が分からなかった。
ただし、彼女とゼレイのように多数のヴァラージに囲まれていないのはわかる。ざっくりとした数くらいは把握できる距離だ。
(タンタルの人型ヴァラージに苦戦してる? 本当は援護に行きたいけど)
そんな余裕もない。
「押し切りなさい、ゼル!」
「うー……、はい!」
人型と斬り結んでいた黄色のゼキュランが足で蹴飛ばし拡散モードのビームを浴びせる。それを目眩ましにアンチVを直撃させた。
「まだまだぁ!」
「耐えるのよ」
弾薬コンテナをガードする二機は集中攻撃を受けている。ヴィエンタやプライガーが巧みに分散させていなければ、とうに落ちていた。彼女だとてフレニオンフランカーをチャージに戻す時間を得るのに四苦八苦する始末。
(とてもじゃないけど抜けらんない。どんだけ蓄えてたのよ)
リリエルはタンタルに恨み節を放った。
◇ ◇ ◇
地響きを立てて着地した多腕ヴァラージは再び舞い上がる。背中の二対の螺旋力場を巧みに操って高い機動性を示してきた。
(こっちのフィールドに近いかな?)
ジュネは多脚タイプとの違いを読む。
「対策されてる?」
「驕るな。お前に合わせた設計仕様ではない。戦闘生命としての可能性を模索した結果だ」
「仕様ね。あくまで道具に過ぎないのか」
暴言は収まらない。打ち破って見せなければ誤ちに気づけはしないだろう。命を弄ぶタンタルは人類にとって害悪に他ならない。
(ともあれ、どうしたものかな?)
サイズ感は小型化している。全長で100m近くあった多脚タイプと違って身長30mと標的が小さい。同じ戦術が通用するとも思えないでいた。
「無駄を排除するか。ファトラ、アンチV弾頭の誘導プログラムに細工して近接炸裂設定ができる?」
『可能です。甲殻表層損傷用炸薬を一定距離で炸裂させます』
「二発だけでいい」
薬液をより浸透させるために着弾時に炸裂する指向性液体炸薬を着弾前にスパークで爆発させる。そうすれば広範囲に飛散させられるはず。飛沫だけでは効果は低いが、相手の対処が見られる。
「炸裂距離次第で今後はそういう弾頭も準備していいかもね」
『その場合、炸薬を後方に配置したほうが効率的です。試作いたしましょう』
「今回はそのままで」
燃房内で書き換えられた二発を発射する。多腕ヴァラージは多脚タイプのように身体の一部をくねらせて回避しようとはしない。高い機動性を利用して躯体そのものを逃した。
(あれじゃカートリッジ作戦は使えないな。でも、空中戦に付き合ってくれるなら幾らでもやり様はありそうだ)
腕が多いということは近づいてくると思っていい。攻撃をいなすなり防ぐなりすればアンチVを直撃させるチャンスになる。多客より与し易いと感じた。しかし勘違いだと気づかされる。
「……んくっ!」
衝撃が来た。リュー・ウイングの機体は大きく弾かれている。損傷は見受けられないがジュネにダイレクトにダメージが通っている。
(衝撃波咆哮? 攻撃意思は認めたけど、そんな素振りはなかった。だから射線を気にしていなかったのに)
ヴァラージと対しているときは口の動きにも注意している。距離を詰めるほど用心深く。ブラストハウルの威力は距離と反比例するからだ。
「どうした? 妙な鳴き声をあげていたが」
「招待するだけあって趣向を凝らしてあるなって感嘆しただけさ」
衝撃が来た瞬間映像ををリピートする。腕の一本の先端が割れて指向していた。そこからブラストハウルが放たれたものと予想される。
(あの手この手でくるね)
良く観察すれば腕の先は手の形をしていない。力場鞭でも使うのかと気にしていなかった。生体ビームのレンズでも付いていれば警戒したのだが、油断と言われればそれまで。
(通常の腕以外の六本はブラストハウル射出用だと思えってこと? 厳しい)
予想どおり腕が動き始める。先端が口を開けたかと思うと衝撃波が来る。御大層に牙まで並んでいる有様。
(噛みつかれる気はないけどさ)
近づけばそれもあり。
(これはエル向きの相手。だからって今からスイッチってわけにもいかない)
彼女なら戦気眼で見切ることができる。ジュネでは攻撃意思の色の変化しか見極められない。来るとわかっても、どこから来るかわからなければ回避は困難だ。
(スリングアームの進化系だね。見えないし防げない分、ビームよりタチが悪い)
「ファトラ、ブラストハウル用六腕の監視。常に方向と口開けてるかのフィードバックを直接σ・ルーンに」
『承りました。タイムラグ0.1秒はご勘弁を』
「妥協するよ。ブラストハウルは弾速が遅いからね」
『反映します』
ジュネの意識の視界で六本の輝線が蠢き始める。口を開けたものは赤に変化した。それを頼りに回避する。
(連続して何発も食らったらぼくの意識が持っていかれる)
輝線の隙間にリュー・ウイングを滑り込ませる。
(エルはこれをいつもやってるのか。大した集中力だね。しかし、接近できなくなるとつらいな)
当初の予想は外れて中距離型ヴァラージだと判明した。これでは近接距離でアンチVを叩き込むのは困難を極める。
「ダンスには付き合わんぞ」
「気にしなくていい。一人で踊るのが好みなのさ」
タンタルの声には嘲りの色が含まれている。
衝撃波咆哮の弾幕の中を泳いでいると隙間に生体ビームを挟み込んでくる。回避はギリギリになってしまう。ビームコートが蒸発して白い霧が舞った。
(追い詰められればジリ貧になる)
死角もなさそうだ。
(普通の腕みたいな関節もないから後ろも狙えそうだし。背中にまで生体ビームを……、待てよ?)
多腕ヴァラージを観察する。違和感の原因を探った。
(そうか。背中を見てない。機動性はあるのにそれほど動いてないってこと。つまりはブラストハウルの反動制御があるから飛行しながら弾幕は張れない。こっちが回避に専念している限り、足は動かない)
人知れず口元が緩む。ようやく弱点を見出すことができた。あとは、それをどう活用するか。
「まいったね」
「もう降参か? もっと足掻いて楽しませてくれ」
「仕方ないね。ご要望に沿ってみよう」
油断を誘う。少々強引な策だけに察知されるのは避けたい。一発勝負なのだ。
「面白い芸を頼むぞ」
「さて、どうだろうね」
残念ながら攻撃の手は緩まない。
「ふうぅっ!」
「当たっているぞ?」
「もう少し待ちなよ」
気合一閃、ブラストハウル三発までを腕で受ける。無理に上に抜けた。多腕ヴァラージは躯体を寝かせつつ弾幕を維持。隙間に機体を入れる。
「ここ」
「甘い!」
間隙を縫ってリュー・ウイングを接近させる。当然のように生体ビームを挟んできた。致命的な一撃。それをランチャーのブレードエミッタで受ける。
「来るのがわかっているなら」
「だからどうだと?」
生体ビームは左右に斬り分けた。しかし、続く斬撃は半身で躱される。当然だろう。フェイントも何もないただの攻撃などヴァラージに通用するはずがない。
(反射神経が良いだけにね)
通過した機体に多腕タイプは正面を向けてくる。
ジュネはハイパワーランチャーの砲口で応じた。
次回『戦闘生命(4)』 「これで終わらないのが厄介なところなんだよね」




