戦闘生命(1)
ジュネはタンタルの乗る人型ヴァラージを追ってオギラヒム奥部へと進む。誘い込まれている感は拭えないが、ようやくまみえた宿命を取り逃がすほうが問題だ。
「逃げ回るためにこんな箱を用意したんじゃないんだろう?」
ひるがえる螺旋の光に続く。
「無論歓迎の準備はしている。料理のテーブルはすぐそこだ」
「そう願いたいね」
「もっとも、テーブルの上に乗るのはお前のほうだがな」
そのための招待だ。
「そんな行儀の悪いことはしないさ」
「残念ながら客は腹ペコで待っているぞ?」
「君自ら平らげるつもりなのかと思ってたけど誤解かい?」
言葉のわりに生体ビームの白光は容赦なくリュー・ウイングの残像を喰む。逃す気などないと言わんばかりに。
(でも、この移民船を大事にしてるわけじゃないのも確か。本当に罠の仕掛けくらいにしか考えてないのか)
ビームが外装を穿つのも気にしていない。応急処置的な力場らしき隔壁が起動しているので即座に空気が失われる心配はなさそうだが、だからといって本拠地なら無闇に壊したくはないはず。
「喜べ。人形どもが過ぎた道具を渡したのと同じくらいには評価している」
当てつけがましく言う。
「猿にしては使えるほうだと思ってやっているぞ」
「光栄だね。たった一人しか残ってないのに闘争を望むほど後先考えなさ具合はそれほど高等な存在だとは思えないんだけどさ」
「銀河を蝕む害虫の駆除など前座だということだ」
強がりではなさそうだ。
「むしろ劣等じゃないかとさえ思う。生き残る道は宥和だと考えられないからネローメ種も退治するしかないと決めたんだろうね」
「あいにくと相容れられない相手と我慢して同居するほど呑気ではない」
「知性と理性はそのために発達したものだと思わない?」
(否定しない。やはり生き残ってるラギータ種はタンタルだけなんだ)
カマを掛けてみたのだ。
余計に大事な局面となる。撃破できれば宿命の戦いは終わる。最低でも取り逃さないようにしなければならない。技術力からして隠れられると追い切れない。
「知性も理性も同等の相手に振る舞うものだ。下等な猿になど不要」
断言してくる。
「弱者を認められないから君らは繁栄できなかったのさ。理解したよ」
「ほざけ。使うだけの価値がないなら駆除するまでだ」
「そのわりに見極めようとしてきてない? 有利な舞台に持ち込もうとしているのは表れだよ」
タンタルの思惑が見え隠れしている。
「確実に仕留める。それが強者の強者たる所以であろう」
「わからなくもない。でも、簡単に読み切れるほど現人類を知ってるのかな?」
「お前を潰しに掛かっているのが証左だとは思わんか、翼の男」
理屈は合っている。言葉で崩せる相手ではなさそうだ。性質が戦闘に特化していようとも、逆にいえばそうであるがゆえに巧妙である。
「もう狩り場だ。糧となれ」
「御免被りたいね」
空のスクリーンを割ってなにかが降ってくる。腰まで現れたところで別の人型かと思ったがそうではなかった。腰から先が長かったのだ。
(見たことがない。多脚タイプ?)
長い胴体に数十対の脚が並んでいる。全ての脚にではないが、数対置きに短めのスラストスパイラルさえ生えていた。空中でも胴をくねらせながら泳いでいる。
「これは悪趣味な」
「使えるとはこういうことだ。ヴァラージは食わせるもの次第でどうとでも変わる。そういうふうに調整してあるからな」
用途による。ここが外、宇宙空間であれば長いだけの的になるはず。しかし、今いるのが人工空間だとはいえ地上であれば脚の多さは意味を持つ。
(やはりね)
着地間際を狙ってビームを放り込んだが胴体は機敏に射線を躱した。脚の一部が地面を喰めばグリップ力は増す。俊敏な動作に貢献するのだ。
「よくもまあ」
「知性とはこうやって使うもんだ」
「そうかな? 立派な使い道とも思えないけど」
「感性の相違であろう?」
人型の上半身、その腹部に縦に三対レンズ器官が並んでいる。ビームインターバルを打ち消すがごとく連射を可能としていた。しかも多脚が巧みに動き、狙点である上半身を絶え間なく移動させる。
(あれだけ動けば三半規管が狂いそうなものだけど、そもそもそんな器官があるかさえ怪しいものか)
ヴァラージが元々戦闘に特化した生命体なのか、あるいは調整された結果なのかは知る由もない。だが、ひと度有利な形態を取れば極めて強力な敵に変わるのに違いはない。
(仕掛けてこない?)
多脚ヴァラージが盛んに生体ビームを放って近寄せてくれない。撃ち返してもくねって躱すか、部位によってはスラストスパイラルで弾き飛ばしている。
隙もあろうものなのにタンタルは攻撃してこなかった。二対のスラストスパイラルを持つ人型は悠々と空中に座している。
「なんのつもり? 自分が出しゃばるまでもないって?」
「わかっているなら訊くな」
(違うな。本当に見極めようとしてる。敵するに値するか否か値踏みしてる?)
レイクロラナンの位置を割り出しているところを見れば下調べはしていると思っていい。しかも、リュー・ウイングのことを惑星規模破壊兵器と呼んだ。過去にシステムを起動しているのも調べ上げているだろう。
(そのうえでこの仕掛け。用心深さも強者の証明とでも言いそうだな)
おそらく多脚ヴァラージにシステムを発動した段階で離脱するか、もしくは物量で削りにくると思われる。高確率は後者。ジュネの精神的スタミナまで読み取ろうとしている。
(見極めて戦略を練る。確実に勝てる局面で自分が動く、あるいは戦力を投入するね。こんなに厄介な敵はいない)
尻尾を掴ませてくれない時点で手を焼いた。それなのに姿を現すと、さらに難しい一面も見せてくる。彼の宿敵は例を見ないほど強敵であるのは確かだった。
(ならば答えは一つ。多脚タイプくらいは通常兵装で下してみせるしかない。手札を削ってから仕留めにいく)
戦略的には誤っていないはず。問題は自身のスタミナがどこまでもってくれるか。タンタルがどれだけの手札を用意しているかによる。やはりオギラヒムは壮大な罠だったのだ。
「第一ラウンドをクリアしたら相手してくれるのかな?」
「それはお前次第だ」
明言したも同然。タンタルは仕掛けてこないと思っていい。完全に油断していいわけではないが、多脚ヴァラージに意識を傾けてもいいと感じた。
(だったら相手のフィールドに入り込んだほうが良さそうだ。リュー・ウイングの機動性は利点だけど空気抵抗は否めない。地に足つけた戦い方のほうが向いてる)
生体ビームを躱して機体を地面へ。足裏が土をえぐって次の一射を避ける。踏ん張って狙点を固定すると連射した。そのほうが狙いは正確になる。
(負荷は掛かるけど考えてられないね)
リュー・ウイングは本体と変わらないくらいの質量を持つマルチプロペラントを背負っている。そんなアームドスキンを足で動かせば足首や膝などの各部に、特にマルチプロペラントの接合部に過大な負荷が掛かることになる。
しかし、地面までを使った三次元機動が可能な利点はリスクを上回る。乗機の構造強度も彼は度重なるシミュレーションで把握していた。
「じゃあ、関門を突破してみせるしかないか」
「できるものならな。失望させるな?」
愉快さをにじませるタンタルにジュネは抗議のビームを挟んだ。
次回『戦闘生命(2)』 「大人しく降れ。そのほうが楽に死ねよう」




