オギラヒム攻略戦(3)
以前聞いた、取り込まれつつある人間のそれではない。悪意はありながらも理性は感じさせる。明らかにヴァラージを制御している操縦者だと思えた。
「俺の存在を知りながら挑んでくる。猿の分際で愚かしいにもほどがある」
「星間公用語! あんた?」
「レベルくらい合わせてやる。理解もできんでは話にならん」
通信は電波、レーザー両方で入ってきている。居丈高な口調は意図的にこちらに聞かせるもの。
(挑発? 違う。含みがない。そんな感じがする)
つまり本心で嘲っているということ。
「見下してる相手に本陣まで切り込まれてる気分はいかが?」
リリエルも挑発はお手のもの。
「わずかでも揺らいでるように見えるか?」
「自慢の子分がたった三十機かそこらのアームドスキンに駆除されてても?」
「お前は投げつけた石が床に転がっているからといって憐れんだりするのか?」
ただの道具だという。本能のままに暴れるだけの存在でも、命あるものとして扱うつもりもないということ。
「エル様、こいつ、ヤバいですよぅ?」
「ええ、とびきりね。議論以前に感性そのものが相容れない感じ」
「当たり前だ。ちょっとマシになった猿など世界の汚れに過ぎん。さっさと消えろ」
穴から溢れ出してくる人型ヴァラージ。歯を食いしばって身構える。しかし、攻撃を命じるまでもなかった。
視界が光に染まる。影となったヴァラージが溶けていく。咄嗟にリフレクタを掲げた個体も末端から崩れて燃えた。
「ブレイザーカノン! ジュネ?」
どうにか回避に成功した人型ヴァラージが襲いかかってくる。だが、横合いから衝突した物体に弾き飛ばされた。強固にパッケージされた弾薬コンテナである。
「持ってきた。任せる」
深紫のアームドスキンが割って入る。
「タンタル、お前の相手はぼくだよ」
「来たか、リューグ。これは貴様のために用意した墓標だ。死を賜ってやろう」
「気軽に出てきてくれたかと思ったら、そういうことなんだ」
タンタルに決戦の意思はないという意味。オギラヒムは道具の搬送用具でしかないらしい。ここで彼らを撃破すべく持ち出したのだろう。
(本拠地をさらしてくれたと思ったら違ってた。こいつにとって形あるもの全てが道具って言ってるみたい)
あまりに異なる感性に閉口する。こんな相手では思惑を読むとか、本拠地を逆手に取って動揺させるとか効きそうにない。
「どうでもいいさ。いずれにせよ、どっちか消える運命。ここで決めないかい?」
「過ぎた道具がそう言わせるか。やはり害悪でしかないな」
「お互いにそう思ってるってこと」
マルチプロペラントとドッキングしたリュー・ウイングがハイパワーランチャーを向ける。互いに放った光条が衝突してプラズマスパークの光を膨らませる。
「撃ち負けるかぁ」
「差がわからんか?」
出力大きめのビームが霧散されているが、生体ビームは減衰しながらも貫通してくる。ジュネは回避しなければならなかった。
「効かないわけじゃないってのもわかりなよ」
「当たらなければ無駄と知れ」
撃ち合いをしながらタンタルはオギラヒムの傘の中へと戻っていく。青年は追っていくしかない。リリエルにはそれが誘い込まれているように見えた。
「一人は危険よ、ジュネ」
「危険なのは同じさ。二人で勝負できる場を作ってくれるかい?」
「やるけど」
危機感は拭えない。口振りからしてオギラヒムそのものが罠と考えて間違いない。それがわからないジュネではなかろうに彼は止まらない。
(宿命に引きずられてる? そんな感じでもない。勝負に焦ってるんでもない。初めてまみえたタンタルを見極めようとしてる?)
それなら邪魔を排除するのが先決。彼女の本来の役目でもある。ここでの迷いが想い人を死地に近づける。
「突入する! 隊列整え!」
ブレードを頭上に掲げる。
「砲撃!」
「アンチV、全弾発射!」
「遅れたら名折れっすよ?」
ヴィエンタもプライガーを部下に気合いを入れる。それまでにないほど苛烈な攻撃が人型ヴァラージの群れを襲い、勢いだけで傘の穴の中へと追い落としていく。
「ついてきなさい!」
弾薬コンテナを掴んでラキエルで先行する。外装を抜けると景色が完全に切り替わった。
(逆さ!?)
重力平面は傘の上、つまり後方側。傘の裏から突入した彼らは真っ逆さまに落ちているイメージになる。そこには普通の光景が広がっていた。
(幻惑されそう)
土の地面。樹木茂る林。緑の丘陵。中央には湖沼らしきものまである。そこに家屋が点在しているのが見えた。多少集中している場所もあるが全体的にぽつんぽつんと散在している。急に牧歌的な場所に放り込まれて戸惑う。
(ほんとに生活空間だった)
コンテナのハンドルを握って反転。足を下に向けて減速する。反重力端子コンテナなので重さに引かれることもない。反対のゼレイのゼキュランとともに降下していった。
「ヴァラージは?」
「散ってったっす。どこかに連中の補給場所みたいなのもあると思うっす」
「そう。じゃ、今のうちにアンチVカートリッジを取りなさい」
ハッチを開放して向ける。隊機が次々とやってきてカートリッジや弾液パックを掴んで離れていく。
(なんか気持ち悪い。ジュネはどこ?)
暗躍していたタンタルのイメージとあまりにかけ離れた空間。それがリリエルに違和感を覚えさせている。ゼムナの遺志の創造主であるネローメ種やタンタルたちラギータ種は彼女が想像していたのとは違う暮らしをしていたのかもしれない。
「ここって、なんか懐かしい感じです。ゴート宙区の田舎みたい。観光惑星の風景はもっと作られたイメージがしちゃいますもん」
妹分も似たような印象らしい。
「人の原風景なのかもね。知らなくても遺伝子に刻み込まれているみたいな」
「だからって意識が引っ張られるほどじゃないですけど」
「あたしたちのほうがおかしくなっちゃってるのかもよ? 心のゆとりがないっていうか」
丘陵の一つにコンテナを降ろす。信号を送って反重力端子を停止。本来の重さに戻して固定した。
(空気が抜けてもいない。そういう構造?)
入ってきた穴に光の膜ができている。
(知らない場所のはずなのに目に馴染む。旧ゼムナの人ってもしかして始祖なの?)
丘を風が抜けていくと淡い緑の草が踊る。花の種なのか綿帽子も舞う。リリエルには違和感でしかない。好戦的だと聞かされたラギータ種がこんな場所で暮らしていたのか。あるいは彼らにとっての理想郷の再現なのか。
「これがなければ景色も楽しめるのにね」
「うじゃうじゃ湧いて出てますよぅ?」
一時的に撤退していたヴァラージが再び現れる。青い空を抜けてくるのを見れば、それが投影されたものだと思い知らされる。大地が窪んだお椀型をしていなければここはどこかの惑星上だと言われても納得してしまいそうだった。
(勘違いしてたかも)
彼女はそう思う。
ヴァラージが空の真ん中、軸のあたりから落ちてくる。つまり、今彼らのいる傘の部分がメインスペースで、軸はヴァラージの棲家に区分されているのかもしれない。
「さあ、片づけるのよ」
ブレードで示す。
「あれをジュネが戦っているところへ行かせない。それがあたしたちの役目。よろし?」
「合点っす」
「撃ってきますか?」
ヴィエンタの言うように、生体ビームの白い光が降ってくる。
「こいつらにはこれを壊したくないとか、そういう感性が残ってないのかしら?」
「そういう相手みたいです」
「その方がやり易いかもね!」
リリエルは遠慮なくアンチVを乱射した。
次回『戦闘生命(1)』 「そんな行儀の悪いことはしないさ」
 




