オギラヒム攻略戦(1)
(あのサイズ)
リリエルは改めてターゲットを見る。
航宙船というよりは宇宙を飛ぶキノコである。ただし、傘の直径が3000mもある。しかも、軸を前にして傘を後ろに航行している。これはおそらく常に星間物質を拾いながら航宙する構造だ。
(反応からして、傘の部分の後ろ側に重力平面がある。あの傘全てが生活空間になってるのね)
傘の厚みだけで300mはあろう。それだけの空間があればどれだけの人が住めるだろうか。ひいてはどれだけの物が詰め込めるか。
「タッター、全中継子機に弾液ピットをぶら下げて放出。アンチVカートリッジも可能なだけ貼り付けなさい。補給ローテのスケジュール組んで」
「合点でやす」
考えうるかぎりの準備は不可欠。戦闘継続性も考慮しなければならない。
(パイロットのスタミナ配分も。タッターに任せていいかしら)
余裕がある気がしない。
「マルチプロペラント?」
リュー・ウイングの機動力そのものが飛んでいく。
「普通に考えると軸の部分に制御系や機関が収まってる。足を止められればね」
「ブレイザーカノンを使う?」
「対策されてなければ」
ジュネが答える。
力場砲身が形成されると光輝が生まれる。決して短くない距離を大口径のビームが埋めた。防御フィールドの抵抗で紫色の波紋が生まれたあとに突き抜ける。ところが、外装面寸前で波打って弾かれた。
「駄目かぁ」
青白い円盤が残る。
『リフレクタです。任意の場所に展開できる機能を有している模様ですね』
「これは厄介だね、ファトラ」
『ヴァラージの能力の発展形でしょう。力場制御では一歩先んじているとお考えください』
二人の会話が聞こえる。
「いっそ、Bシステムで一気に消滅させようか」
「そんな余裕くれないんじゃない?」
「みたいだね」
傘の下から胞子が放散されるみたいに光の粒が撒かれる。一つひとつが螺旋力場の光だ。速度からすると大量のナクラ型ヴァラージだと思われた。
「システムは温存すべきだと思う。中にどれほどのヴァラージがいるかしら」
提案する。
「君の言うとおりだね。リュー・ウイングなら一撃でパワーダウンはないけど連発までは無理。このサイズじゃBシステム一発で消すのは難しい」
「あれは防御不能だけど、範囲と出力が限られるでしょ? もしかしたら戦場が温まった頃に使うCシステムのほうが威力は大きいんじゃない?」
「確かにね。とりあえず対抗できるうちは控えよう。怪しくなったらすぐ使うよ?」
ジュネの方針に否やはない。戻ってきたマルチプロペラントが本体にドッキングするのを確認してブレードグリップを抜いた。
「総員、抜剣!」
力場刃を煌めかせる。
「ナクラ型を撃滅せよ。攻撃!」
リュー・ウイングについていきたくなる気持ちを抑えて部下を呼ぶ。戦力の偏重は愚策である。
「来ました、エル様」
ゼレイがいの一番にやってくる。
「あんたはついてくる。ヴィー、ラーゴ、まずは二編隊単位で運用。アンチV撃ち尽くすつもりで行かせなさい」
「了解でーす」
「ご武運を、お嬢」
部隊はめいめいに散っていった。
リュー・ウイングはすでに接敵。ビームを掻い潜ってくるナクラ型に際どい回避で応じる。すれ違い様にアンチV弾頭を直撃させると並走した。
内圧で外殻が剥離する箇所へビームを一射。力場制御が不安定になったヴァラージはリフレクタも展開できず直撃を受ける。内側から弾けて組織片を撒き散らした。
「見た? あれが基本。確実にできるようになればナクラ型も怖くない。よろし?」
「はい、うちがアンチV担当ですか?」
「状況次第。フランカーには弾頭発射装置が付いてないから」
あるのはビームランチャーの装置だけ。なので双剣は封じられる。改造できなくもなかったのだが、リリエルはフレニオンフランカーが重くなるのを嫌った。長所である機動力を削ぐのは悪手である。
(それなら、ね)
フランカーは三基だけ射出。左の支持架ラッチのものは残して左腕代わりとする。本当の左手にアンチVランチャーを握らせた。
「追い込む!」
「あいっ!」
ビームでナクラ型一体を誘導していく。転進させた先には彼女のラキエル本体。狙ってきた生体ビームを残していたフランカーで斬る。間合いを詰めて右手の一閃を放った。
それはリフレクタの表面に紫線を刻んだだけ。機体を寝かしてすり抜けさせる。目前の腹にアンチVランチャーを向けて発射。着弾を確認する。
「狙え、ゼル!」
「もらい!」
苦しんでふらつくヴァラージの弾着痕に狙撃を当てる。綺麗に二射を放り込むとスラストスパイラルが滅茶苦茶にうねった。力場が明滅したがと思うと、外殻ごと弾けてバラバラに。
「OKっ! 次っ!」
「あい!」
この戦術はシミュレーションを徹底させている。他の編隊も順調にナクラ型を屠っていった。二チーム編成にしたのは保険で、問題ないようなら通常編隊に分かれてもいいと言い含めてあった。
(何百出したかわかんないけどナクラ型で潰せると思わないでよ、タンタル?)
オギラヒムをにらみつける。
実際、撃滅効率は高い。リュー・ウイングのハイパワーランチャーなどはビーム収束素子とブレードエミッタが一体型になっているバレルブレードを装備している。アンチVを使わないで撃滅している個体もある。
(そもそも高機動型ヴァラージのナクラ型と同じスピードで飛んでるし)
戦場全体が徐々にオギラヒムへと寄って行っている。
(どこかで人型を出してくる。そのタイミングが次の戦局が変わるとき)
対人型ヴァラージのシミュレーションも重ねている。それぞれが身に染み付いてるといえど、どうしても接近度合いが高くなる。比例して危険度も高まる。どうあれ損害機も出てくるはずだ。
(レイクロラナンを寄せる? ううん、どれだけ余力を残してあるかわかんない。賭けはできない。あたしが見極めないと)
「エル、取り付くよ。たぶん人型出してくる」
「承知」
リュー・ウイングはナクラ型を断ち割りながらビームを発射。直接内部に叩き込まれたプラズマ粒子は暴れて組織を破壊。爆散させる。
「順次、弾液を補給。アンチVももぎ取って行きなさい」
「合点!」
リリエルも近場の中継子機に接近する。信号を送って放出させた弾液パックを拾ってヒップガードのホルダーへ。マグネットで貼り付けてあるアンチVカートリッジも掴み取ってガードに付けた。
「ゼル、あたしたちも取り付くから」
「先、行きます」
フランカーのチャージもしているラキエルの横を通り抜けていく。妹分もゼキュランを使いこなしていた。黄色い背中が頼もしい。
(これなら人型もいける。あとはオギラヒムがどんだけ抱え込んでるかで決まる。ジュネがシステムを使うタイミングが肝。近づきすぎて枷にならないように)
作戦室で何度も検討した課題だ。惑星規模破壊兵器システムの威力が大きいほどに使うタイミングが難しい。至近にいれば彼は躊躇う。機を逃してしまう恐れさえあった。
「ファトラ、そろそろジュネの位置のナビお願い」
『了承しました。ナビスフィアにバー表示を行います』
フレニオン受容器搭載機だけが把握できる情報。なので、リリエルとヴィーたち隊長機が要となる。
「相対距離確保。各自連携してヴァラージを撃滅せよ!」
「了解」
オギラヒム攻略戦は次の段階に移行しつつあった。
次回『オギラヒム攻略戦(2)』 「でも、あん中ぎっちり詰まってそうですよう?」




