タンタル(2)
(これが「現在」か)
タンタルたちラギータ種は戦った。自分たちを母星から追いやったネローメ種と。生存競争の果てに惑星ナルジを放棄せざるを得なかった彼らの祖先の雪辱を果たすために。
(因縁の結果なのに)
大人は不退転の覚悟で臨んだ。なにがあろうと母星を取り返す。彼らの全力をもってネローメ種を駆逐しに掛かった。
(どんな手段を用いても母なる大地をこの手に)
そのためにラギータ種は宇宙を飛び回り、力を手に入れようとした。ある惑星で強靭で戦闘能力の高い生物を発見する。ヴァラージと名付けたその種を遺伝子レベルから徹底的に改造した。
(如何なる抵抗も無駄のはずだった)
ところがネローメ種は新たな武力を開発していた。ヒュノスという大型人型兵器をまるで手足のように操る。人型に改造したヴァラージにも対抗できるものだった。
(泥沼の戦いだったと大人たちは言っていたが)
戦争は十年余りに及ぶ。幼児だったタンタルが少年に成長するほどの長い間。同じ祖を持つ両者は互いをすり減らす激戦を演じた。和平の道など寸分も入り込む余地はない。
(皆、疲弊していった)
彼の目から見れば無数とも思えた戦闘艦艇が失われていく。同じだけ同胞も喪われていく。それでも厭戦機運など高まりもしないほど思いは強かった。
(最後の手段に打ってでたのに)
彼らは惑星規模破壊兵器も持っている。ネローメ種が生みだしたものを盗んでいた。それは互いに使わないための抑止力のようなもの。しかし、大人はそれを使うのもやむ無しという方向へ進んでいく。
(警告はしたのに聞き入れない奴らが悪い)
惑星破壊も可能な空間エネルギー変換システムを用いる。それは宇宙での戦闘が激しければ激しいほど破壊力を増す。ヴァラージとヒュノスが激戦を繰り広げ、力が蓄積していく。
「タンタル、お前はオギラヒムに行け」
「俺だって戦える!」
「駄目だ。残された子供は少ない。生き残れ。そして、万が一のときは我らの宿願を果たせ」
大人にそう命じられる。
過去の遺物とも呼べる移民船に、選ばれた数人の子供が男女で乗り込まされた。四隻の船はナルジをあとに銀河へと旅立っていく。
背後では惑星を飲み込まんばかりのサイズの光の円盤が幾つも生まれている。発射されれば母星ごとネローメ種を滅ぼせるはずだった。
「ああっ!」
円盤のうち数個がなにかに吸い込まれていく様が見える。ネローメ種はCシステムの対抗手段まで手に入れていたのだ。しかし、拡大した戦場はいくらでも円盤を生み出せるエネルギーを溜めていた。
「どうなったんだろう?」
「わかんない」
その後のことをタンタルは知らない。一緒に選ばれた女の子と二人、船内でしゃがみ込んでいた。不安だけが募っていく。
「でも」
「うん?」
「俺たちは俺たちの務めを果たすまで」
ところが思いもかけない事態に見舞われる。女の子が重い病気になってしまった。古い移民船には治癒させる設備がない。彼が手を尽くす間もなく死んでしまった。
「このままじゃなにもできない」
愕然としたタンタルは未来に望みを託した。船体システムに命じて自らを代謝停止槽へ。いつか勝利した大人たちの子孫と合流するために。
(それなのに)
ところが蘇生した彼が目にした銀河は全くの予想外のもの。ラギータ種でもなくネローメ種でもなく、異質な人類が銀河をほしいままにしている。
三角耳も持たず美しい毛皮も纏っていない、図体の大きいだけの人間。祖先が各地で見つけた猿の子孫か。そんなものが宇宙を闊歩していた。
(こんな現実を受け入れられるか)
密かに探し回った。しかし、銀河のどこにも大人たちの子孫も宿敵の子孫も確認できない。それでタンタルは知った。あの戦いでラギータ種もネローメ種も滅びてしまったのだと。他の移民船さえ消息を追えない。
「俺はどうすれば?」
時間だけが無為に過ぎていく。彼も大人になっていた。ただし、彼はたった一人。新たに世代を重ねていくこともできない。
(まさか……)
一つの発見をする。明らかにヒュノスと思われる人型兵器が使用されている。それも惑星ナルジがあった宙域近く。ネローメ種の生き残りがいるのかと思ったがそうでもない様子。その機体も猿型人間が使っている。
「美しくない!」
タンタルは不満だった。知的な人類とは彼のように鋭敏な耳を持ち、毛皮の美しさを誇り、無駄に大きな身体を持ってはいけない。それが大人から教わった常識である。
「ヒュノスだけ残っているとは何事だ。奴らは遺物を使ってるのか?」
『そうではない様子です。独自に発展している形態が見られます。超空間通信に痕跡を発見しました』
「痕跡だと?」
船体システムが調査結果を報告する。それによると、ヒュノスは特殊な形で今も発展しつつあるということ。現人類にそんな芸当ができるとは思えない。
「すると、人工知性が残ってたか?」
『はい、現在も交信しているようです』
それはネローメ種が生みだした人工知能が発展したもの。なにを考えたか奴らはアテンドに自我さえ許している。信じられない所業だった。
(ネローメ種の人形ごときが)
今の銀河を牛耳っている。認められるわけもない。タンタルは自らの子孫を残す術を模索する前にネローメ種の残滓をこの銀河から駆逐しないといけないと思った。
「そして、無能で美しくもない猿など俺が支配してやる。オギラヒム、武器はどれだけ残ってる? Cシステムは搭載されているか?」
『ございません。残っているのは技術資料のみです』
「くそ、脅すこともできんか」
『他にはヴァラージの遺伝子サンプルと改造技術です』
「それだ!」
戦う手段は残っていた。いかんせん手数が残っていない。搭乗型ヴァラージを扱えるのは彼のみ。しかし、ヴァラージには自律戦闘行動が可能な能力も残してある。
(頭は悪いが役には立つな。まずは増産することから始めるか。幸い、俺しか消費しないから栄養源は豊富にある)
タンタルは目標を定めた。第一に人工知性を滅ぼす。どれだけの数残っているかはわからないが、全て消滅させねば祖先の無念は果たせない。
(だが、相手は現人類に食い込んでいる。切り離すのは容易ではないな)
肩入れされた人類が邪魔をするだろう。その気になれば人工知性は銀河に散らばる無尽蔵ともいえる数の人間を戦力として用いることが可能。
「真っ当な方法ではひと思いに潰されてしまうな」
『ヴァラージに本来の戦闘能力を持たせるには食料が必要です』
「そっちの問題もあるか」
兵器としてかなりの多様性を持たせられるヴァラージだが、それには形態複写がもっとも有効な手段。餌としても戦闘能力アップとしても生物の取り込みをさせねばならない。
(しばらくは隠密行動が必須か。十分に準備を整えてからでないと勝負にならん)
力を蓄える。しかし、時間を費やすだけというのは業腹だ。なにか方策はないものかと考える。
(そうか。奴らが人間社会に馴染んでいるということは最も近くにいるということ。愚かで美しくもない人間など操るのは簡単だ。反目させて燻り出してやる。弾き出されたところで平らげればいい)
タンタルは口端を吊り上げ、声を立てて笑った。
次回『オギラヒム攻略戦(1)』 「中にどれほどのヴァラージがいるかしら」




