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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
まみえる宿命
177/216

タンタル(1)

 レイクロラナン艦内に警報が響き渡る。叩き起こされた乗員(クルー)は反射的にクローゼットからフィットスキンを引っ張りだして足を通す。事実確認は並行作業でいい。まずは戦闘できる状態になるのが彼らの務めで身についた習慣なのだ。


時空間復帰(タッチダウン)反応。カテゴリⅣです』


 システムアナウンスは十隻以上の船舶が復帰してきた重力震をキャッチしたと告げる。その規模の船団が識別信号(シグナル)も発信せずに近傍にタッチダウンすれば警報を鳴らす事態にもなる。


「何事?」

 リリエルもフィットスキンの袖に腕を突っ込みながら問う。

『光学映像、出します』

「なにこれ!?」

『タッチダウンしてきた物体だと思われます』


 そう、物体だった。重力震の検知は質量が十隻以上を示すだけで絶対的な数とは限らない。今回の場合、復帰してきたのは一つだけ。ただし巨大な物体。それは要塞規模の構造体である。


「なんだかわからない?」

 個室から飛び出し中央通路(センターパス)を駆け出しながら訊く。

『該当する建造物がございません』

「要塞? そんな感じでもなく見える」

『引き続き検索中です』

 相手がわからないでは攻撃していいものか。

「エル、そのまま出撃。あれを攻撃する」

「ジュネ? いいの? あれがなにか知ってる?」

「いい。あれは移民船『オギラヒム』。ラギータ種が惑星ナルジ脱出に使った航宙船だそうだよ」


 驚愕の事実が告げられる。羅列された単語が本当ならそれはゼムナの遺志の創造主の惑星、つまり現在のゼムナ環礁が成していた天体のことである。


「ファトラが確認した」

 σ(シグマ)・ルーンから投影された通信パネル内で青年が言う。

「彼女も珍しく動揺してて要領を得ないけど、敵であることに間違いはなさそうだ」

「そう……なの?」

『間違いないわ、エル。速やかに臨戦態勢に』

 美形アバターまでもが出現する。

「本当なのね、エルシ?」

『ええ、中にタンタルがいる可能性も大。気をつけなさい』

「うげ。いきなりクライマックス?」


 ジュネの宿敵がやってきた。エルシにいつもの余裕はない。一気に目が覚める。


『援軍を送りたいところだけど間に合わない。最初から全力をもって対処なさい』

 露骨な警戒感を漂わせる。

「わかった」

『ファトラと共有したけど、ほぼ無傷な形で現代に帰ってきてる。中は……、想像もつかないわ』

「エルシが言い淀むなんて異常事態ね」

 リフトポールの途中から飛び降りてラキエルのアンダーハッチへ降り立つ。

『本当は逃げるよう言ってあげたいけど、これほどの好機はないわ。タンタルの本拠地かもしれない。できれば叩きたい』

「もち! やってみせる」

『リュー・ウイングを援護。決定打を持っているのはジュネだけよ』


(エルシがここまで言及するなんて。本気で破壊したいんだ)

 戦い方まで口出ししない彼女らしくない。


 それだけ危険な敵であることも意味する。想像もしたくないが、中身はヴァラージでいっぱいかもしれない。


(どこまでやれる?)


 これが戦闘艦の十や二十なら怖ろしいとも感じない。が、相手はタンタル。戦力はヴァラージ以外あり得ない。


「全機、アンチVランチャー装備。忘れて飛び出したおっちょこちょいは取りに戻りなさい」

 待機室組は出撃している。

「準備を怠らない。勝ちに行くから」

「合点!」

「タッター、艦砲三斉射。味を聞いて」

 攻撃させる。

「撃ちやしたがリフレクタらしきもので止められたでやんす。直接攻撃するしかなさそうでやすよ、お嬢」

「仕事早い。よろし。レイクロラナンはアームドスキンを放出したら後退。戦場規模が予想もできない」

「了解しやした。ファナトラが直結(ダイレクト)通路(パスウェイ)解除して動いてるでやんす。中継お願いしたでやすから」


(ファトラが動いた? だったらデータ収集は任せる。こっちは全力で)


 リリエルは朱色(バーミリオン)の機体で宙を駆けた。


   ◇      ◇      ◇


 結ばれた像にほくそ笑む。予想どおりの反応だった。


(いたな、リューグ? 何者であれ貴様を潰せば終わる、ジュネ・クレギノーツ)

 タンタルはアンバランスな構造の機体をにらみつける。


 他は独自進化した人形兵器(ヒュノス)の群れだが、その惑星規模破壊兵器(リューグ)だけは違う。明らかにネローメ種の人形(・・)が使わせている。彼を撃退するために。


(させてなるものか。積年の恨みがどれほどか思い知れ、人形ども)


 折り重なる憎悪が赤い瞳を爛々と輝かせた。


   ◇      ◇      ◇


 遡ること、三十五年。


 時間は唐突に流れはじめる。タンタルにもなにが起こったのかすぐには認識できない。


『組織維持限界時間を超過しようとしています。強制蘇生を行いました』

 耳に届いたのは合成音声。

「組織維持? 代謝停止槽。そうか、ここは」

『本船は移民船『オギラヒム』です。現在位置は……』


 銀河の外れであった。そのあたりをずっと漂っていたと表示されている。


(オギラヒム。俺だけ逃されてこんなところで)

 徐々に記憶が蘇ってくる。


「待て、組織維持限界だと?」

 その単語に引っ掛かる。

「まさか。計算上、八千年あまりは可能だったと習ったが」

『8239年が経過しています』

「はっ……」

 絶句した。


 代謝停止槽は移民船の非常設備。肉体の代謝そのものを停止させて極めて長期間維持を可能とする機材。


 超光速航法(フィールドドライブ)機能は有していても恒星間航行というのは時間の掛かるもの。光の速度を超えられようが、条件に適した場所にたどり着くのは容易ではない。

 そのとき、もっとも大事にすべきは食料である。移民船内部で細々と世代を重ねるのも可能だができれば節約したい。そのために人体を休眠状態にする設備である。


(しかし、八千年以上とは)

 タンタルもおののく。


 人体を冷凍状態にして維持する機材も研究されたが現実的ではない。わずかに組織を活動状態にしないと脳髄の維持ができないからだ。数十年程度の期間では恒星間航行に即しない。

 なので記憶を外部転写する機能が併設される。脳を含めた人体の代謝を完全に停止させる槽内に入れる。脳内代謝も停止するので記憶も失われるが、それはあとで再転写すればいい。シナプス接続も個人の持つものなので齟齬なく蘇生できる。


(それにも限度があるが)


 一定以上の期間を経過すると脳組織が分子レベルで崩壊をはじめるとの計算結果が出る。なので代謝停止槽での生命維持にも監視機能が設定された。機材が組織状態を監視して強制蘇生させるのが八千年余りと算定されている。


「今、どうなってる?」

『観測を再開しますか?』


 オギラヒムも機能維持のために休眠状態に置かれていた。最低限の自衛機能を生かしていただけである。現状を把握するには観測が必須だった。


「オギラヒム、どれくらいの機能が残ってる?」

『航行機能は95%となっています。経時劣化による部品交換を行えば100%にするのは可能です』

「やれ。パワーは?」

『星間物質取り込みを行っておりました。十分に備わってます』


 活動に支障はない。まずは現状確認が先。移民船の観測機能を最大に持っていく。彼が眠っていた間に銀河は完全に様変わりしていた。


(ネローメ種の版図になってしまったか。欲のないフリをしながら平気で裏切る連中だからな)


 銀河全体で知的生命活動が認められる。結論からして天敵であるネローメ種が制覇したものだと勘違いした。


(は? 全く違う人類だと?)


 タンタルが見たのは彼らと異なる文化を持つ人類の姿だった。

次回『タンタル(2)』 (どんな手段を用いても母なる大地をこの手に)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 思った以上に根が深い?
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