天敵(3)
「それはそうとさ、タンタルってどこから現れたのか予想はついた?」
ジュネがファトラに尋ねている。
『いえ、今のところ不明です』
「動きからして単独。そのお陰でこの程度の騒動で済んで秘密にもしておける。でも、これ以上のラギータ種が目覚めて、どこからともなく現れるようになると収拾がつかない」
『理解しております。ですが、あまりに情報が少なく。想定状況の確度が20%を超えるものがない状態です』
その程度の推論を列挙されても意味はない。
「本当にラギータ種なのかの問題も据え置きだしね。普通に考えれば一人だけ生き残っていたとは思えない。それほど長寿なわけではないんだろう?」
『平均して創造主のネローメ種と天敵であるラギータ種の寿命は二百年ほどです。同一の祖から分化しておりますので』
「比較的長寿だね。それくらい生きられるなら精神文明が深まるのも頷ける」
ジュネは平均寿命と精神的進化とは比例関係にあると考えていると教えてくれた。時間があれば物質文明が進化するのも早いが、それ以上に精神的な成長が促されるだろうと主張する。
(わかる。人間生きても百年と少しって思えば限界も感じるもんね)
リリエルも人の情、正確には欲望も理解している。
(苦楽はともかく、一度の人生なら好きに過ごしたい。それは否定できない。でも、生きた証を遺したいと思うのも人の欲望の一つ。兼ね合いが人類の文明を築いてきたっていっても過言じゃないと思う)
「ただし、生命活動の維持っていうのは物質に依存するところが大きいはず」
寿命が肉体の限界である以上は。
『おっしゃるとおりです。幾つかの肉体維持手段がございます。それは想定の中に組み込まれておりますが』
「遺伝子情報の記録。そして記憶のコピーって方向性は?」
『あり得ません。記憶情報の記録は可能です。ですが復元は不可能です。復元すべき肉体の脳が元の脳と同じ構造を有していない所為です。もし、復元した脳を元どおりの構造を有しているものに育てようとすれば同じだけの時間が掛かります』
ファトラは脳構造の中のシナプス接続について説明する。人体の成長過程において、およそ十年で完成する。
脳細胞は産まれたときから必要数存在し増殖することはない。欠損が生じた場合、特殊な再生力を発揮する程度である。
『脳細胞の回路形成、つまり成長に十年ほどを要します。それからは記憶情報が蓄積するばかりになります』
ファトラの説明が続く。
『真っ更な脳に記憶情報を追体験する形にすれば似たような構造を有する成長を遂げるかもしれません。ですがその確率は低く、類似成長を遂げても思考傾向は異なったものになる研究結果が出ています』
「どうやっても同じ人間にはならないってことだね。君たちゼムナの遺志も」
「え、そうなの?」
リリエルは、彼らはコピー可能なのだと思っていた。
『ご明察です。わたくしたちの有機チップの回路構成も同等の時間が必須です。ただパターン化した教育を施されるので非常に効率的です。それでも個性が生じるのはナルジ人研究者も永遠の命題であると考えておりました』
「そうなんだ。あなたたちもオンリーワンなわけね」
『一時期より以降はその教育さえ自由度が高く、個性を助長するものだったように思います。なぜかはわたくしたちにもわかりません。創造主のみぞ知る事実です』
ファトラや他のゼムナの遺志も、そこに自分たちの存在意義が隠されているのだと考えている様子。しかし、誰一人として解き明かせないらしい。
(あれ、ジュネはなんか気づいている)
彼は顔を伏せて苦笑している。
(そうよね。最近はファトラと話してることが多いもん。感じるものがあるのかも)
「当時の状況からの推論には限界がありそうだね」
ジュネは素知らぬ顔で続ける。
「じゃあ、現状から追える糸は? タンタルが君らの情報に明るいのは『個のネットワーク』ってのかな、それを覗く方法があるんじゃないかな? そこからは辿れないのかい?」
「ダダ漏れってこと?」
『そこまでではないと思われます。完全に漏洩しているならば、もっと効率よく致命的な罠を仕掛けてくるでしょう。あるいは対抗手段の目を摘むような。そうでないのは、一部が漏れるような状態なのではないでしょうか?』
質問口調なのは確信が抱けない所為か。
「仕方ないから罠をばら撒く。それがぼくらには愉快犯的行為に映っていると思うのかい?」
『はい』
「方法も予想しているってふうだね」
ジュネが促すとファトラはそれも肯定する。おそらく擬似的な人工知性を製造したのではないかという。それに個のネットワークを解析させていると予想していた。
『断片的な情報からわたくしたちの行動を想像したのだと思われます』
推測を口にする。
『技術的に導くことで新たな創造主を生み出そうとしているのだと勘違いしたのかもしれません。脅威に感じたので妨害しているのでしょう』
「ラギータ種のタンタルは天敵たるネローメ種が絶えたのを知った。だから、君たちが現人類を利用して万が一の対抗手段を構築しようとしていると?」
「それって代理戦争をする気だってこと?」
八千年前の遺恨を現代で晴らそうとしているように感じた。
『それくらいしか動機がありません。もし新たな版図を求めているなら、こんな刹那的で非効率的な手段は選ばないかと? 秘密裏に同胞を増やして攻勢に出たほうが確実です』
「種として好戦的だって言ったよね? ただ復讐心に駆られてるだけだとは考えない?」
『否めません。それならば、ただの愚行です』
「その愚行をするのも人なんだよね」
ファトラは沈黙する。彼女の論理的思考では導き出せない結論なのかもしれない。
「なるほど、動機から追うかぁ」
青年は愉快そうに言う。
「それなら、まみえたときに聞いてみるのもいいかもね?」
「居候は呑気ですねー。そんな余裕あります?」
「だってさ、凝り固まった考え方してたって打開策は見つからない。どうせ潰し合う宿命なら、お互いを認めあったうえでのほうがまだ救われる」
ジュネが戦いながらも相手の意図を問うのはそのためだろうとリリエルは思った。裁定するのに不可欠なだけでなく、処断するにも納得できる終わり方を与えようとしているのだ。
「でもね、あなたの想像を超えるほど理不尽な存在もいるかも。あまり相手を認めすぎるのもどうかと思う」
彼は「確かにね」と返してきた。
「心配してくれるのは嬉しいよ。ただ、ぼくは背負うなら丸ごと背負いたいって思うタイプなんだろうね。そうじゃないと、やり切れないって思っちゃうからさ」
「タンタルがそれに値するかって話。あたしには純粋な悪意に思えてならない」
「純粋な悪意って快楽に繋がるのかな? 想像もできないや」
(ジュネならそうかもしれない。でも人間っていとも簡単に感情に飲まれるものなのよ)
そういう人間が作る歴史もある。
(史上最凶と呼ばれた父親も単純な破壊者じゃないからそう思っちゃうのよね。血のなせる技?)
「なんにせよ、タンタルが現代に蘇る術があるってこと」
根本を思い出させる。
『叩かないと事態は終わらないというのですね?』
「それがどこかもわからないんだけどね」
リリエルはこのときの会話がのちへの皮肉になるとは思ってもいなかった。
次回『タンタル(1)』 『タッチダウンしてきた物体だと思われます』




