天敵(1)
「妙に流れが重いな」
男は独り言ちる。
銀河一円にばら撒いた罠は発動はするものの、獲物を仕留めるところまではいかない。それどころか削り取られている観もある。
「奴が要になっているか」
苛立たしげに三角耳を震わせる。空中に像が刻まれ、他とは一線を画す兵器の姿が浮かび上がった。それは記録にあるもの。
「ギナ・ファナトラ、死して俺の足を引っ張るな」
惑星規模破壊兵器の最たるものとして登録されていたはず。それが現代にまで現れたのは誤算の一つである。
「最終戦争には影も現さなかったくせに。なぜ、ここで?」
考えても仕方ないことなのは間違いない。しかし、思い通りにならない一因であるのも確かである。
「つまりはここを叩けば折れるということだ」
タンタルは口元を獰猛に歪ませた。
◇ ◇ ◇
「ゼル、ジュネ知らない?」
リリエルはなぜかファナトラの機体格納庫をうろうろしているゼレイに訊く。
「居候ならコクピットに籠もったままです、エル様。引き籠もりは放っといてうちと遊びましょー」
「コクピット? まさか、まだ実機シミュレーション? 午前中はずっと筋トレしてたのに?」
「そうなんですかー?」
ストリングでリュー・ウイングの基台の整備柱をキャッチする。急に重くなったと思ったら腰にゼレイがしがみついていた。
「なんで来たのよ」
背中越しに妹分を見る。
「いいじゃないですか」
「せめて自分のストリングを使いなさい」
「スキンシップです」
0.1G下で振りほどこうとすると姿勢が乱れる。方向がずれてストリングで円弧を描いた。
「尻に頬ずりすんな。きしょい」
「この弾力と柔らかさが最高です」
「変態!」
反対の整備柱へ振られたところでストリングを緩める。流れた身体で柱との間にゼレイをサンドイッチした。
「むぎゅ」
「ほら、放しなさい」
「ご褒美ありがとうございました」
背筋を悪寒が走る。
(ヴィー、教育法を間違えてない?)
不安になる。
レイクロラナンの隊員たちは彼女に叱られるのが大好物。その当人に妹分の教育を任せている所為で変な性癖が芽生えていそうで怖い。
「ジュネー!」
「なんだい?」
ブレストプレートが前にスライドする。彼のリュー・ウイングだけは特殊なハッチを有しているので取り付きにくい。頭部にストリングのマグネットを撃って身体を持ち上げた。
「ほんとにいた」
「探してた?」
プレートの裏側には操縦殻が丸い形で置かれている。回転スライド式のプロテクタが斜め上の方向に開くとパイロットシートを押し出してきた。緩衝アームに懸架されたシートには暗い銀髪をした愛しい人の姿がある。
「まさかと思ったけど」
開口部に爪先を掛ける。
「あれからずっと?」
「うん」
「わきゃ!」
ゼレイは着地に失敗して外殻に張り付いた。
「この形は乗り込みにくいの、居候。メンテナンス性も悪いって整備士たちが言ってました」
「どうせ触れないんだからいいじゃない」
「まあね」
妹分は張り付いたまま、少し前後に長い球体の上で器用に向きを変える。身体を起こすと天辺で胡座をかいた。
「この構造は強度が高いんだよ。通常のトップハッチとアンダーハッチが分離している機構みたいに横からの衝撃にも問題が出ること少ないのさ」
「そうよね。ハッチ開閉ができなくなるの、それ系の衝撃を受けたときだもん」
二分割ハッチ方式は正面からの衝撃にはかなり強い。装甲厚に比例した強度を持つ。あとは重量との相談だけだ。
ただし、どうしても回転するヒンジ構造を持つために横からの衝撃に弱い。打撃戦をやったあとにハッチの開閉不良が起こることも往々にしてある。
「その点、このブレストプレート方式は打撃戦でも故障することは少ないね」
「一体式だから当然」
ゼレイが操縦殻をペシペシと叩いている
リュー・ウイングの場合は、上は頭の基部とフィン支持架の基部、サイドはショルダーユニットの付け根、脇、下は鳩尾くらいの高さまでの一体式装甲板が前にスライドするだけなのだ。
「でもメンテナンス性悪いのはほんとよね。マニピュレータ導入も大変そう」
「この状態ならね」
開口幅はパイロットが出入りするだけしかない。今もリリエルは操縦殻の開口部に爪先を引っ掛けて背中をプレートの裏にもたれて身体を支えている。
「こうすれば」
「わっ!」
ブレストプレートを支持しているシリンダがストロークを広げる。その分だけ広く開いてスペースが空いた。当然、背中の支えを失ったリリエルはシートのジュネにしがみつく。
「言ってからにして」
クレームを入れる。
「ははは、そうだったね」
「わざとやりましたね、居候! エル様に抱きつかせるために」
「そんなつもりなかったんだけどさ」
その状態だと操縦殻が設置してあるベースに足がつく。立ち易くはなったものの、その下は稼働中の対消滅炉である。あまり気持ちのいいものではない。
(っても、どのアームドスキンだって操縦殻と対消滅炉の配置は同じ。あたしたちって、いつも対消滅炉の上に座ってるようなもん)
熱や、もちろん放射線を浴びるわけではない。十分に遮蔽してある。それでも危険性に変わりないのは事実。
(アームドスキンの筐体の中で一番安定するのは胴体の中。そこにコクピットとエンジンを配置するのは当然で、スペースに限りがあるのも曲げようがないものね)
コクピット、対消滅炉、メイン制御部。どれも大事なものが胴体内部に置かれている。全体が急所だと呼んでいい。それ以外に配置するのは支障が出る。
「頭とか一番に狙われるとこだし」
考えがそのまま口からこぼれた。
「そうだね」
「ありがと」
「いいや」
ジュネが引き出したサイドシートに持ち上げてくれる。
「頭にセンサー系を集中するのは危険だって考え方もある。狙われやすい場所だっていうのもあるし、激しい機動をすればブレも生じるしね」
「でも、人体の構造をなぞるとこでしょ? 目とか色々頭に集中してるんだから。モニタ映像だって頭部の位置からのものにしないと操縦し難いし」
「四肢とか激しい駆動をする場所に置くなんて論外」
ゼレイもそのへんはわかっている。
「逆に胴体に集中するのも危険。そこの外装を破損するとメイン、サブともに一遍に失われることになる。だからメインを頭に、サブを胴体に、危険を分散する形に収まったのさ」
「元々の構造がそうなんでしょ? 大まかな構造は発掘機体から変わってないって聞いたことある」
「それを発展させたのが我がブラッドバウですけどね」
「そんなに大胆にじゃない」
鼻高々の妹分の鼻面を指で弾く。顔を押さえて涙目になっていた。
「基本的な転用は当時のゼムナで行われたはず。発掘機体、つまりヒュノスはほとんどあそこでしか出てないもん」
「そうらしいね。ぼくは記録でしか知らない情報だけど」
「あたしも小さい頃に一回だけ行った。四十年前までは栄えていたらしいんだけど、今は一面アームドスキン工場だらけ」
権力は崩壊し、産業のみ残っている。それだけで国を支えていた。
「リューンとミレニティのお爺さんがそれをやったんだよね? どう足掻いても戦争は不幸な人も生みだしてしまうのか」
口調は重い。
「一概にそうとも、ね。あそこは職人気質が強い気風だったって聞くもん。溜め込んでた技術を使って、愚直に生計を立ててるんだと思う。そんなに苦しくはないかも」
「ブラッドバウにもゼムナ本星出身の整備士って少なくないですし」
「お祖父様ってそういう差別嫌いな人だったもんね。使える奴はどんどん使えって口癖みたいに言ってた。って、これ!」
リリエルはなんの気なしに覗いたコンソールパネルに目を剥いた。
次回『天敵(2)』 「居候、頭おかしい」




