女優の秘密(4)
「あなたの理想は幻想よ。そして、あなたが夢見た彼女もね」
「僕は……」
「彼女が欲しければわたしはいなくなる。わかるでしょう?」
舞台はクライマックスを迎えている。本来なら観客は一番引き込まれていけなければいけない展開なのだがそうもいかない。マクミラン大統領の意識は耳のインカムに奪われている。
「なにをしている、馬鹿者が。どうして誤魔化さなかった?」
興奮して声が大きくなっている。
「許されんぞ。露見するくらいなら自爆しろ。そんな機能はない? なら対消滅炉でも撃てばいい」
(ろくでもない会話が始まってる。終幕まで持たせてくれない? 皆が可哀想だわ)
ステヴィアは頭の片隅で考える。
相手役の震える手からレーザーガンがこぼれ落ちる。膝から崩れ落ち、頭を抱えて天を仰いだ。
「できない。僕の中でシルビアは死んでしまった。二度も君を殺すなんてできない」
「それなら、彼女を想って暮らして。不毛でもね」
「いつか、いつか必ず本物のシルビアに出会えるはずなんだ」
「夢だけで人は生きていけないの。わたしは自分を取り戻させてくれた彼と行くわ」
そのあとはステヴィアの独白が続く。どれだけ台詞に熱を込めようと、もう大統領の目を引きつけるのは無理だろう。奥歯を鳴らさんばかりに頬が引きつっている。
(ちょっと巻いて終わらせていただこうかしら)
不自然に感じられない程度にアドリブでエンディングへと導いた。
共演者がどうにか面に出さないよう努める中で終幕し、そして一度暗転ののちに全員で舞台前に。観客席に向かって深々と腰を折って挨拶する。
「以上『夢のはざま』ご鑑賞ありがとうございました。これにて終幕です。では、主要キャストからご挨拶を……」
座長がアナウンスするが座席は騒然としはじめている。
「あの女が我が国を陥れようとしている捜査官の関係者だ。捕らえよ。直ちに軍への攻撃をやめさせるのだ」
「あらら、台無し」
「え、ステヴィアさん?」
指を突きつけてくるマクミラン大統領。肩をすくめたステヴィアは隠しからσ・ルーンを取り出し装着する。確認すると状況は最終局面まで進んでいた。
「そうはまいりませんわ、閣下。お聞きのとおり、あなたには星間法違反の嫌疑が掛かっております。大人しく縛に就かれてはいかが?」
決然と言い放つ。
「美しい顔して悪どい毒婦め」
「申し訳ございません、座長。挨拶は辞退させていただきます。お仕事が入ってしまいましたの」
「ステヴィアくん、君は?」
「袖に入ってらして」
ステップでヒールを鳴らし観客席へ。そのときにはボディーガードの二人が彼女に向かって駆け寄ってきている。
「大人しくしろ。閣下のご命に従え」
「おあいにくさま」
女一人と嘗めているのだろう。腰裏に吊るしてある銃器を用いる様子はない。
(それならそれで加減してあげなくてはね)
左足をすらせて半身に。
掴みかかってくる手首を取って引き込む。踏み込んだ足を払って、反対の手で肘を巻くように押した。それだけで遥かに大きな身体は仰向けに倒れ込む。
鳩尾に踵を落として悶絶させると前へ。両手で掴みに来るところへガードした上体を入れる。跳ね上げた膝で顎を撃ち抜くと黒目がくるりと裏返った。
「残念。この程度でわたしを取り押さえるのは無理ですよ?」
「貴様」
昏倒した二人をあとに通路を歩く。立ち上がっていた政府関係者たちは腰を抜かして座席に尻を落とす。一部は我先にと逃げ出していった。
「あなたに逮捕命令が出ております、マクミラン大統領。抵抗はおやめください」
「女優風情が偉そうになにを!」
σ・ルーンに軽く触れて小さな投影パネルを表示。そこには『SA』のロゴの横に小さめの金翼が踊っていた。
「司法巡察官『ロングレッグス』、シークレットアシスト、ステヴィア・ルニール。あなたを逮捕します」
大統領は瞠目する。
「司法巡察官!? シークレットアシストだと? それが貴様の正体か!」
「いえ、ちょっとした女優の秘密ですのよ。一つふたつあるものです」
「そんなわけあるか!」
命じられたボディーガードがレーザーガンを構える。ステヴィアは銃口からトンボを切って逃れた。舞台に焦げ跡が付けられる。
「わたしたちにとっては神聖なものですのよ。よくも……、あらあら」
降り立つと大統領一行は通路を逃げていくところ。
「往生際が悪いこと。困った方だわね」
「ステヴィアさん!」
「まだいたの。隠れてらっしゃい。ちょっと荒事になるから」
後輩女優に楽屋のほうを示す。
「さっきのは本当なのか?」
「内緒です、座長」
口元に指を一本立て、ウインクを送る。ステヴィアは身をひるがえして劇場裏のトレーラーへ。荷台のゼスタロンに乗り込む。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
「よろしく」
『対消滅炉稼働率100%まで上がっております』
ウイングハッチが開いたのを確認して起こす。呼び寄せられたであろう都市警察のアームドスキンが三機飛んでくるのを見据えた。
(ここまで抵抗する? さすがに重大事案だって自覚はあるわけね)
悲しいかな、その程度の数では彼女を足止めするのも無理である。ブレード一本を抜いてジャンプさせた。
「公務妨害。強制排除します」
「大口を叩くな!」
金翼のエンブレムに気づかないほど興奮している。
劇場に向いたバルカンランチャーの砲口をリフレクタで押し込む。跳ね上げると鳩尾から背中の制御部へと刺し貫いた。
絡まるように身を入れ替える。後続が砲口を向けたときにはゼスタロンの蹴りが胸へ。コクピットを揺らして動きを止めると首元から背中へひと突き。
「墜ちろ!」
「冗談」
跳ねさせた機体を断続的な輝線が追う。左手でビームランチャーのグリップエンドを叩くと前に回転した筒先でビームを放った。頭部が粉砕、溶解して地上に雫を垂らす。
「ひっ!」
逃走車両の前に落ちた雫にマクミラン大統領が悲鳴をあげている。
「ごめんあそばせ」
最後の一機の背中を裂いて舞い降りる。軽く爪先をトンと鳴らすと、ブレードの切っ先で車のフロントを縫い付けた。
「はい、お終い。観念して」
「うう……」
飛びだした憐れな男は道路に尻餅をついて見上げてくる。指先で摘んで持ち上げた。
(あーあ、衣装でこんなことしたら痣ができちゃうじゃない)
ステヴィアはちょっと悲しくなった。
◇ ◇ ◇
警備艇『ウェブスター』はまだ惑星デルモスディアの軌道上。ステヴィアは外側から見れば美しい惑星を眺める。
(中身は人間の欲望で暗く染まってたのだけれど)
今も地上は混沌の極致であろう。軍の危険な実験が暴露され、それを大統領が承認していた事実が星間管理局より告知されている。
「どう?」
「悪くない方向に落ち着きそうだ」
彼女の質問にキンゼイが答える。
「星間銀河除名か、再選挙による政権の刷新および再発防止策の提示を求められたら後者だわ」
「除名処分となれば人類経済圏から弾かれるからな」
「衰退の道しかないものね。選挙までは管理局の管轄下に置かれるんでしょう?」
収束までは半年前後というところか。それまでは管理局ビルが統制する。
「もう、ジュネったらさっさと行っちゃうんだもの」
不平をもらす。
「そう言うな。彼らは忙しい」
「リリエルも冷たいんだから。久しぶりにゆっくり話す暇もないのかしら」
「V案件は容易ではない」
彼女もわかっている。甘えているだけだ。
「我々はまだマシなほうですな」
オルレイ艇長は髭を撫でつけている。
「そうね。シュニフ、彼はどうだった?」
「すごかった。聞いて」
「はいはい、ゆっくり聞くから」
ステヴィアは星の海にはためく翼を思った。
次はエピソード『まみえる宿命』『天敵(1)』 「この弾力と柔らかさが最高です」




