女優の秘密(3)
ブラッドバウの部隊は集中するビームをものともしない。中心にいる朱色のアームドスキンに至っては、光条を斬り裂きながら進んでいく。
(まったく、常識外れな)
キンゼイは苦笑する。
(新しい機体は『ラキエル』といったか。七年前でさえ散々苦労させられたのに、さらに強化されているな。あれでは手がつけられん)
肩にマウントされたユニットが回転してビームを弾く。背中のそれはもう一対の腕のように動いた。そのうえ本来の腕もある。
「フランカー!」
リリエルが吠えると、分離したユニットが独自に飛び回って攻撃を開始する。
「なんともはや」
「面白い曲芸でしょ?」
「呆れるね」
慣性を無視したかのごとく飛行するユニットに抗する術はない。刻まれたパーツが飛び交い、中には爆散する機体が混じる。避けようと逃げれば本体の前に引きだされている。追い込まれたのに気づく暇さえ与えられない。
「冗談?」
シュニフも目を疑っているようだ。
「ジャスティウイングチームは最強の呼び声高いからな」
「非常識」
「まだだ。非常識の最たる存在がまだ動いていないぞ」
戦場をひと筋の光が貫く。それは深紫の人型をしていた。無差別にばら撒かれただけのように見えるビームが正確に国軍機を破砕していく。道筋を描くように順に火球が膨らんでいった。
「あれと戦った?」
呆けている。
「以前な」
「ロングレッグス、幽霊?」
「生きているのが不思議だろう?」
程よく加減されていたとわかる。リュー・ウイングという新しい機体のお陰でもあろう。機動性で数倍、攻撃力は十倍以上になっているように思える。
「さあ、彼らが崩してくれたのであやかろうか」
「おこぼれだけ」
アシストの娘に出番はない。
正面から受け止められなかった国軍部隊はど真ん中に穴を開けられる。再編もままならないうちに食い破られていっていた。仕方なく分散して動く編隊をキンゼイたちで仕留めていく。
「緩めるな。相手は正気ではないからな」
「余裕ない」
彼女もこれほどの規模の戦闘の経験などあまりないはずだ。数の多い敵の動きに意識を奪われ気味。しかし彼と重ねた訓練の結果は如実に現れ、冷静さを失っている国軍機に後れを取ることはない。
「管理局相手とわかって仕掛けてきた以上、簡単には収められない。遠慮はするな」
「了解」
(これも経験とするには派手過ぎるがね)
キンゼイはクレバーに敵戦列の弱点を見極めていった。
◇ ◇ ◇
「砲戦をさせるな。崩せ」
ヴィエンタが指示を飛ばしている。
「前に出て拡散モードで浴びせなさい。それで浮足立つ」
「確かに」
「上手に使えば戦術組み立てまでできるから」
使い方を教える。
「そう申されても、わたしとラーゴはゼキュランで実戦が初めてなのです」
「指揮官機としても必要十分なはずよ。慣れなさい。どうせ売り物になるような機種じゃないから器用に乗らなくていい」
「データの蓄積も不要なんですね」
リリエルの乗っていたゼキュランはゼレイに使わせているが、新たに二機を調達した。ヴィエンタはピンク、プライガーは青鈍色に塗色して隊の中心にいる。デュミエルとは一線を画すパワーにまだ慣れていない。
(これからのヴァラージとの激化する戦闘を思えば使ってもらうしかない。デュミエルも七機入れて隊長に任せるまでになったんだし)
要の二人にも常に繋げられるフレニオン受容器搭載機は必須と考えている。
プライガーは元から器用なので早々に使いこなしているイメージ。しかし、堅実が長所のヴィエンタはピーキーな専用機のメリットを咄嗟に振るえないでいる。ものにすれば最大限の力を発揮するタイプだが、それまでが時間が掛かるのだ。
(戸惑い含みでもやれなければね)
逆にいえば、ヴァラージとの戦闘の前に本格的な実戦を挟めたのは良いこと。これで不安を抱かず本番に備えられる。
(お試しに使われるほうは堪ったもんじゃないでしょうけど)
戦場を作るのに腐心する。部下ができるだけやりやすい形に動いた。広範囲を網羅できるラキエルにはそれが可能だ。
「残数約120。まだ元気でやんすね」
タッターが報告してくる。
「改造σ・ルーンの影響から逃れられてないかしら? もう少しダメージ食らわないと退けないかも」
「奴さんにしてみれば後がないんでやんしょう」
「こういう敵って後味悪いのが嫌い」
好き嫌いの問題ではないが、死人が増えてしまうのはどうしようもない。もっと心理的に効くダメージが必要だろう。
「手元緩んでるよ」
戦闘中のダブルタスクを指摘される。
「ごめん、ジュネ。って、背中は?」
「飛ばした」
「あっち?」
リュー・ウイングはアームフィンだけの姿。マルチプロペラントがどこかに行っている。リリエルの視線の先には国軍艦隊がいた。
「ブレイザー」
遠く図太い光束が生まれる。一直線に突き進むと一瞬の紫電の抵抗の果てに艦体が弾けるように破壊された。間を置いて特大級の爆炎が花開く。
「旗艦じゃないのよね?」
「まさか。潰すと引き際が失われる」
「じゃ、あと二、三ってとこ?」
「それくらいで精神的にも崩れるはずさ」
ブレイザーカノンともなればビームインターバルがあるので連続とはいかない。だが、ジュネは戦闘艦も三分の一くらいは削っておくつもりらしい。
「平気?」
「このくらいならフィン二枚で十分」
リュー・ウイングは上下の別なくクルクルとロールしながらハイパワーランチャーを放っている。それだけの数の敵機が大破または撃破されていた。
「そう言わずに付き合いなさいよ」
「そうだね。止めを刺そうか」
リリエルはジュネとともに戦場に光の花を咲かせていった。
◇ ◇ ◇
キンゼイは戦局が完全に傾くのを見越してシュニフを連れて艦隊のほうへ。そろそろ頃合いだろうと思われる。
「わかったのではないかね、レンゲル司令」
レーザー回線で告げる。
「我々は抵抗がないと高をくくってやってきたのではない。この戦力で貴殿らを制圧できると考えていたのだ。速やかに判断を願おう」
「く……ぐうぅ……。なんなのだ、貴様らは?」
「まだ理解できんか」
最後のひと押しが必要なようだ。ちょうどよくリュー・ウイングのマルチプロペラントに相乗りしたラキエルもやってくる。
「逃すわけにはいかんので削らせてもらった。が、これ以上は行き過ぎだな」
最後通牒だ。
「管理局を背負っているからと驕りおって!」
「勘違いはよせ。これは私たちの断ずるところである。その権限においてな」
「なんだと?」
キンゼイが操作するとゼスタロンプロトの左胸に金翼のエンブレムが浮びあがる。同時に深紫のアームドスキンにも同様のエンブレム。旗艦から光学観測可能な距離で身分を明かした。
「な、司法巡察官!」
「ご名答。これで理解できよう?」
降伏を勧告したも同じこと。
「そんな馬鹿な。二人もだと?」
「どうやら切迫して頭が回らなくなっているな? 『払い蜘蛛』はそれほどに危険なものだと知れ」
「う……」
(これで観念しないほど愚か者でないことを祈るがそうでもないか)
即答しないのが証拠である。
「げ、撃墜せよ! こいつらを墜とさねば我らは滅ぶ! 死ぬ気でやれ!」
「愚かしいことだ」
一拍置く。
「ジャッジインスペクター『ロングレッグス』、対象を星間法第一条第八項違反で拘束する」
「ジャッジインスペクター『ジャスティウイング』、対象を公務妨害および殺人幇助の罪で拘束する」
「「執行せよ」」
二人の命令でブラッドバウ部隊が艦隊を強制武装解除に向かった。
次回、エピソード最終回『女優の秘密(4)』 「あらら、台無し」




