女優の秘密(2)
「おや、どうやら見覚えのある物のようだ」
艦隊司令ベイツ・レンゲルはギュスターに顔色を読まれる。
「憶測はやめていただこう」
「憶測、そう言われればそうだ」
「ならば……」
捜査官は手で制してくる。
「私が把握している事実は、このチップをσ・ルーンにかざせば接続状態になること。そして通信により中の揮発性ソフトが読み込まれ、内部で一つのタスクが走り始めるということだけ」
「…………」
「そのタスクは装着者から恐怖を抜き去り興奮状態にさせる。戦闘においては勇敢な兵士に仕立てあげるとともに、余計なことを考えなくさせる。それはチップの所為ではなく改造部分の効果。つまり改造されたσ・ルーンでしか起こらない」
事実が列挙されていく。レンゲル司令は平静ではいられなくなっていった。
(全て判明しているというのか?)
相手を注視する。
「加えて、このチップが『払い蜘蛛』という隠語で流通してしまっていること。それが問題を複雑にした」
ギュスターは続ける。
「タスクに囚われ、そう意識付けられたパイロットは自身が想像する怪物『払い蜘蛛』と戦う羽目になる。狂騒状態となり周囲の人間を払い蜘蛛と認識してしまい無差別に攻撃を始めてしまう」
指摘された症状に艦隊のパイロットが侵されている。しかも、チップ自体が極めて小さな物で、誰が所持しているか、どの程度広まっているか把握できていない。
「そもそもの問題はσ・ルーン改造による戦闘実験。それにより兵士は戦闘に対する強い恐怖を覚えてしまった。当然だろう。自分の意識するところでなく戦闘に集中して指定された敵を攻撃してしまうのだから」
ギュスターは冷たい瞳のまま淡々と説明する。
「おそらく副産物として偶然生まれたであろう『払い蜘蛛』だが、恐怖に駆られた者は逃れるべく使用する。そうしないと精神の平衡を保っていられないからだ。最終的に心を病んだパイロットが量産される。最後あたりが私の憶測なのだがね」
チップを弄ぶ男の面持ちにわずかに嫌悪の感情がよぎる。人を蝕む危険物を許さないとばかりに。
「そう、これはσ・ルーンドラッグと呼んで差し支えないもの」
指が汚れるかのように放り捨てた。
「改造実験によって自身の理性が信じられなくなったパイロットが侵される病。それが『払い蜘蛛』案件の全容だと思うのだが間違いないだろうか」
ギュスターはなぜ軍全体の罪としたのか指摘してきた。憶測の部分が状況だけであったのは、技術的な部分は解明されているからだと思っていい。
「どうするね?」
「本件に関して協議したい。こちらに来てもらえるだろうか?」
「ふむ」
副官が瞠目する。それでは認めるようなものだというのだろう。
「司令?」
「まだ一部は憶測の域だ。まずはこいつを黙らせるしかない」
パネルごとミュートして告げる。
「ですが技術的な部分は漏れているものかと。管理局には知られているのでは?」
「どんな手段を用いてもいいから此奴の事件に関する意識を変えさせる。内政問題として処理できねば我がデルモスディアはお終いだぞ?」
「こ、拘束なさるおつもりですか」
『払い蜘蛛』事件の被害者が国民にまで及んでいる事実。しかも原因が軍の実験にあることが明るみに出れば国際社会の批判を浴びる。そうでなくとも星間法の危険物質取扱い違反で国がかなりの刑罰を受けることになるだろう。
「いきなり臨検などと言ってきた暴走を悔いるがいい」
獰猛な顔つきをする。
「どうせ手柄を焦ったのだろう。いくら星間管理局とはいえ警備艇二隻と民間戦闘艦一隻で、我が軌道艦隊十二隻を恫喝できるとでも? 思い上がりも甚だしい」
ミュートを解除したレンゲル司令は自信に満ちた面持ちで応対する。手で機動部隊の発進を指示しながら告げた。
「ご招待させていただく。受けてもらえるだろうな?」
「私の目にはアームドスキンが発進しているのが見えるのだが、そういう意味だと受け取ってかまわないのだね?」
「さて、どういう意味だろうか?」
相手は動揺するものだと思っていた。しかし、ギュスターの面持ちはさらに温度を下げただけに留まる。
「拒絶の意志を示したものとして公務妨害の罪を加える。これより強制捜査に移行させてもらう」
「勝手にしろ」
「愚かなことだ」
通信パネルが消える前の憐れむような捨て台詞が気になる。まるで結果を知っているかのごときものだった。
「若造が。痛めつければ戦力差というものを思い知ろう。全機発進させろ」
「了解いたしました」
副長の声が震えているが無視する。ターナ霧の放出を指示して最低限の情報拡散を防ぐと戦況パネルの表示をさせる。
(身柄を確保すれば説得に応じる気にもなるはず。大統領閣下への相談はそれからだ)
自身の務めとする。
レンゲル司令はパルスジェットを瞬かせながら発進するアームドスキン群を眺めた。
◇ ◇ ◇
「残念だが、君の予想したとおりの結果になった」
キンゼイはコクピット内のジュネに告げる。
「追い込まれた人間っていうのは似たような反応をするものだよ。ましてや今回は後手後手で精神耗弱に近い状態だっただろうからね。だからって酌量の余地はないけどさ」
「兵も指揮官も同じような状態か。なんとも言い難いな」
「気にしない。間違っても、この狂騒状態の軍人を地上に降ろすわけにはいかない。消毒するさ」
時々ジュネが怖ろしく感じる。あまりにあっさりと切り捨ててしまうのだ。人類の害毒と判断するのが早すぎるように思う。
(そのほうが司法巡察官には向いているか。彼も自身をそう持って行っているのだろうな)
キンゼイはそこまで割り切れない部分がある。それは自身の中に残っている良心の働きであり、パートナーであるステヴィアの情の深さだ。
(彼女がいないと私も自身を止められんか?)
言い訳だろう。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
システムアナウンスが機体同調を教えてくれる。
『ゼスタロンプロト、コンディショングリーンです』
「対消滅炉出力、通常より20%上げ」
『了解しました。戦闘可能時間、マイナス二時間です』
「十分だ」
彼が預かるゼスタロンプロトは試作機だけあって出力調整がプラス50%まで可能。それだけ戦闘可能時間は減るが、状況によって使いやすい機能ではある。
(ステヴィアと違って凡人の私にはこれくらいのスペックはありがたい)
コンソールパネルで機体状態を確認する。
「ビフ、少し荒っぽくなるぞ」
整備士に声掛けする。
「当然でさあね。もしものときはいつでも戻ってください。30秒で換装してみせます」
「頼む。シュニフ、行けるか?」
「大丈夫」
言葉少なだが、慣れた彼には緊張感がわかる。
「無理するな。私の後ろで援護に徹しろ。主力はレイクロラナンになる」
「了解」
「では、オルレイ。あとを任せる」
艇長の応答を背にゼスタロンを発進させた。すぐにシュニフのノーマルタイプのゼスタロンが続く。
前方には先に発進したデルモスディア軍機動部隊が包囲すべく展開しつつあった。やはり全力とは言えない数である。
(二百というところか。しかし、戦闘となれば恐怖心に欠けた相手。いけるか?)
『総数、202機です』
機体システムが彼の意図を読んで報告する。
「多いな。どう攻める」
「心配いらない。エルたちが崩してくれるから乗っかればいいさ」
「なるほどな」
戦術も無用とばかりに突き進む部隊を示すリュー・ウイングにキンゼイは頷いた。
次回『女優の秘密(3)』 「非常識の最たる存在がまだ動いていないぞ」
皆様、良いお年を。




