女優の秘密(1)
今夜の公演は特別回であるために、幕が開く前から座長が賓客へと挨拶を行っている。出演者も横並びに腰を折って立ち上がったメインゲストに相対した。
「ようこそおいでくださりました」
ステヴィアも主演として挨拶する。
「今宵演目は変わりませんが、招待された政府関係者の皆様と大統領にだけお送りします。どうぞお楽しみください」
「いやいや、遺憾なことに我が国の国民が貴女の関係者に迷惑をかけたこと、ここにお詫びする。GSOが容疑者の引き渡しに応じてくれないので詳細を把握できず、どう償うべきか困っている。ご理解いただきたい」
「ちょっとした揉め事ですわ。ただ、被害者がわたくしの夫だった所為でGSOもそう対応せざるを得ないだけです。あまり、お気を悪くなさらないでくださいね?」
客席にいるのは招待客の政府関係者、それとボディーガードに囲まれた大統領ジッター・マクミランその人のみ。特別公演は舞台上よりわずかに多い賓客に披露するだけのものだった。
(さすがに顔色一つ変えないのね。取調べの進み具合が気になって仕方ないでしょうに)
彼女もそんな思いは顔に出さない。
「さすがステヴィアさん。緊張しないんですね?」
隣の後輩女優は顔がこわばっている。
「いつもどおりなさい。演じるのは同じでしょう?」
「お客様は偉い人ばっかりなんですもん。無理ですよ」
「あなたもわたしもただ一人の女優であることを忘れない」
そう言っても簡単ではないだろう。彼女はデルモスディア国内でしか活動していないのだから。
(最後まで女優でいられたら一人前。もっとも、わたしは舞台が終われば違う顔を見せなくてはならないかもしれないわ)
キンゼイは地上にはいない。
ステヴィアは最上の笑顔を見せたまま、一度幕が下りるのを待っていた。
◇ ◇ ◇
「どこの所属だ?」
「お待ちください。すぐに」
デルモスディア国軍軌道艦隊司令ベイツ・レンゲルは上昇してくる船団をにらむ。事態は混迷を極め、政府には可及的速やかな解決を迫られているのに糸口さえ掴めないでいる。
(こんなときに)
邪魔をするなと言いたい。
しかし、相手は三隻だけとはいえ一隻は明らかに戦闘艦。それも朱色カラーに染められた派手な艦体をしていた。
「二隻は星間管理局船籍の警備艇です。戦闘艦はブラッドバウ所属となっています」
副長が報告する。
「ブラッドバウ?」
『ゴート宙区の民間軍事機構ブラッドバウのことかと思われます』
「ゴート、あそこか」
システムアナウンスに苦い顔をする。昨今、軍事関係者の間で「朱色の戦闘艦には気を付けろ」という流言が実しやかに囁かれている。彼から見れば酔狂としか思えないカラーリングにも意味が出てくるというもの。
『通信入りました』
真っ直ぐに接近してきた以上、用があるのは当然だ。
「繋げ」
『接続いたします』
「こちらデルモスディア国軍軌道艦隊である。官名、所属を答えよ」
確認作業を始める。
「こちら星間保安機構所属警備艇『ウェブスター』。これより貴艦隊の臨検を行う。協力を望む」
「臨検とはなにか? 根拠を示せ」
「貴殿らには星間法第一項第八条有害物品貿易規制条項附則違反の疑いがある。従っていただきたい」
一方的な通告に顔をしかめる。苛立たしくは感じるが、普通は応じなければならない。しかし、今は事情が許さないので抵抗するしかない。
「当艦は軍事機材、物資以外の積載はしていない。貿易船でもない。身の覚えのない容疑を掛けられても困る。証拠を示してもらいたい」
「了解した」
訴えると投影パネルが開いた。胸にGSOのロゴがあるフィットスキンの髭の壮年が現れる。これが声の主らしい。
「担当者と交代する」
即座に相手が変わった。
「本件を担当するギュスター捜査官だ。証拠を希望しているようなので説明させていただく」
「確かなものを願いたいが?」
「納得してもらえるだろう」
担当者を名乗ったのは若い美形であった。それだけでも鼻につく。態度も尊大で、如何にも見下した空気を醸し出していた。
(つまらん言い掛かりならただではすまさんぞ)
視線を強くする。
「そもそもの事の起こりはデルモスディア軍のとある実験。これは兵の統率に寄与するであろう装備品の機能追加であったのだろう」
すらすらと述べてくる。
「それはどこの軍でも苦慮しているのではないか?」
「確かに。しかし、その対象がσ・ルーンであった場合は問題がある。先ほど通告したように、これは星間法違反。ライセンス生産は許されていても改造は許されていない」
「なんのことだね? 憶えがないが」
答えを予想していたとばかりに肩をすくめる。
「これは先般、暴行容疑で逮捕されたジギー・テレベイン操機長補のσ・ルーンだ。内部を詳細に調査した結果、明らかな改造の痕跡が見受けられた」
「それを軍全体の罪とされては敵わない。個人的に行ったものではないとどうやって証明する?」
「うむ、なので臨検を行うべきだと判断したのだが、もし個人が行ったものだと確信があるなら応じていただこう」
(余計なことをしてくれた)
証拠品が掴まれている。
(ここからどう誤魔化す? 管理局相手となると厄介だ)
「司令」
副長が囁くのでミュートした。
「どうした」
「ウェブスターという警備艇、あのステヴィア・ルニールの乗船です」
「なに? では、この男は?」
勘違いをしていたか。
「どこかで見覚えがあると思って調べました。かの女優のエージェントでパートナーでもある男です。確かに管理局籍の持ち主でもありますが」
「捜査官だったというのか?」
「どうやら」
ステヴィア・ルニールが星間管理局の広報部専属契約をしているのは有名な話。それを理由に彼女は管理局の船を移動の足にしている。しかし、エージェントまで捜査官だとは知らなかった。
「面倒な。だが、一捜査官が因縁をつけてきているだけか」
「そうとも言えますが」
「押し切るぞ。言質を与えるな」
ミュートを解除する。素知らぬ顔で対応するが、ギュスターと名乗った男も不審には思っていない様子。
「失礼した。確かに問題行動のようだ。こちらで独自に調査して報告させてもらう」
門前払いするに限る。
「事実が判明した場合、改造を行った者も含めて出頭させよう。それでかまわんな?」
「困るな。証拠隠滅の疑いがある。直ちに臨検に応じてもらいたい」
「勝手言わないでもらおう。ここは領宙内。貴官の自由になる場所ではないと思ってくれ」
道理など今は放り捨てる。
「ふむ、応じてくれんか。お困りのことと思って出向いたのだが、余計なお世話だったかな?」
「なにを」
「おそらく艦内でも問題噴出の状況なのではないか? 誰が急に暴れだすかもしれない状態。医務室は溢れ、通路にも負傷者が並んでいる始末というところか」
正鵠を射られる。パイロット、その他の要員問わず、どの艦も負傷者の山。戦力は半減していると言っていい。
「その原因を解消せねばならんのではないか?」
ギュスターは嘯く。
「我らはその一助となるつもりでやってきたのだが」
「言い掛かりも甚だしい。なにを根拠に追及しているのだか示してもらおう」
「『払い蜘蛛』事案。こう言えばわかるかね?」
核心を突かれる。
「貴様、なにを?」
「その原因がここにある。見覚えがないか? それとも、まだ辿り着いてもいないか?」
ギュスターが指先にチップをつまんで示している。それは間違いなく『払い蜘蛛』だった。
(なぜ、こいつが!?)
ベイツは顔が歪むのを抑え切れなかった。
次回『女優の秘密(2)』 「憶測、そう言われればそうだ」




