足長蜘蛛(3)
ファトラに「払い蜘蛛」のキーワードでヒットするローカルチャットルームを探させる。そこにゼレイがたまたま訪れたという感じで入り込めばいいとジュネは考えていた。
『こんばんは。横入りOKですかー?』
『新人さん、ようこそー』
何件か当たってみたが、時事として掲げているだけで流れは雑談になっているところも多い。そこに急にキーワードを放り込むと不自然になるので退散する。そういうとこは熱心に情報収集している連中は少ないと彼女も言う。
『都市伝説研究室さんってすごいですね?』
軽くジャブから。
『とびきり胡散臭いだろ? そこが売りなんだ』
『胡散臭い、胡散臭い』
『中身はほんとに臭いかも』
『うるさい! ごめんね、常連は口が悪くて』
怪しげな空気が流れている。ここもただの雑談に終わるか、噂話に終始するかもしれない。
(行き当たりばったりは厳しいかもね。ファトラに事前調査しといてもらうべきだったか)
ジュネは自身がそういう場所に縁遠いため、話は偏る方向なのだと思い込んでいた。ところが無数のチャットルームが存在し、誰もが適当にしゃべっているだけなのだと気づく。
(あと二、三当たって空振りなら支局の情報部に任せるさ。ゼルが帰るってごねそうだし)
ターミナルスポットからアクセスさせている。相手の身元まで探ろうとする強者が混じっているかもしれない。
発信元を調べられたところでレイクロラナンならプロテクトに弾かれるが、弾かれたら弾かれたで相手を警戒させてしまうだろう。
『いいのいいのー。慣れてるし』
ジュネで真似できない軽さで入り込む。
『うち、旅行者なんだけど、変な噂聞いたから詳しい人いるかと思って』
『噂? どんなの?』
『払い蜘蛛ってやつ。知んないくらい古い迷信を持ち出すのってあり?』
『あー、あれね』
意外と食い付きがいい。
『迷信っちゃ迷信だね。若い子は調べないと知らないくらい』
『うん、調べたー』
『びっくりした? ピピンにはあれが出るんだぜ?』
『でも、ここって首都でしょ? 化け物出るとか』
若干煽る感じがするが、ゼレイの発信にはちゃんと回答が返ってくる。音声変換チャットなので彼女の語り口から若い娘だと覚られた様子。
(乗ってくれればね。あと、情報通がいれば言うことなし)
ジュネはσ・ルーンで直接閲覧している。
『さらわれてる。被害者は見つかってない』
『そーそー、僕の知り合いの友達がいなくなったって』
噂話の域を出ない。
『ほんとにいるんだ、化け物』
『いるいる。夜道に気をつけなー。なんだったら送りに行ってあげようか?』
『送り狼が出たぞー!』
『うっせ!』
ゼレイの人気が良くも悪くも作用する。
『大丈夫ー。うち、戦闘職ー』
『ぎゃー、返り討ちに遭う!』
『滅せ、送り狼』
ジュネにはノリが理解できない。どうにも遠回りをしているようで気乗りしないが、とりあえずは我慢して黙視する。
『蜘蛛もうちなら退治できるかな?』
さらに投入。
『いけるいける。ピピンの平和を守って、無敵少女』
『最強ヒロイン登場か?』
『ちょっと厳しいかもね。相手もプロだし』
最後の発言は見逃せない。
『プロ? うそー』
『あくまで噂。はっきりと裏取れてないんだけどさー。払い蜘蛛の正体、軍人らしいって』
『マジで?』
(悪くない流れだね)
ゼレイを促す。
『ちょ、軍人って無しでしょー? 偉い人なにやってんの?』
絡み方が上手い。
『ファイヤファイター。上手くいってないみたい』
『人ひとり捕まえられないとか無能?』
『そうなんだけどさー。どうも話がおかしくって。払い蜘蛛、何匹もいるって』
『激ヤバ』
多少でも事情を知っている者も混じっていた。
『それって軍人でアレな人がいっぱいいるってこと? デルモスディア、大丈夫?』
『さすがにそれは。でも、軍人を払い蜘蛛に化けさせるもんが流行してるって』
『人間を蜘蛛に化けさせる? パニックムービー!』
茶化すメンバーも混じっているが核心に近づいているものもいる。玉石混交というところ。
『うちを脅かして送り狼に化けようとしてる人いる。みんな、助けてー』
ゼレイは乗っかりにいく。
『よし、有志で滅しに行こう』
『脅してるんじゃないって。マジな話』
『それって?』
程よいところで振る。
『人を化けさせるもんなんて色々。それこそ転べば払い蜘蛛にさらわれるような』
『ヤバいヤバい。ヤバいやつじゃん。そんなもんが軍に?』
『信じられんけど』
普通なら辿り着く結論へと流れていく。ジュネが知りたいのはそれではない。期待が薄れてきた。
『ここの国軍さんは緩いの? そんなん幾らでも調べられるのに』
ゼレイのクリティカルな振りが決まった。
『それなー。身体検査しろっての。一般市民に被害者出てるんだからよー』
『調べたくらいでわからないようなヤバいやつか?』
『かもなー』
皆が疑問に感じていたようだ。
『そう、調べたってわからない代物さ』
『もしかして情報通来た?』
『あるぜ、「払い蜘蛛」。欲しいやついるか?』
怪しいが乗らない手はない。ジュネはゼレイにジェスチャーでゴーサインを送る。
『でも、お高価いんでしょー?』
挑発する。
『安くしとく。なんたって使い方がわからない』
『はいー?』
『手に入れたはいいが、どうやって使うもんかわからないんだって。馬鹿らしい。少しは元を取らないとな』
『それって、うちなら使えるってこと?』
誘いを掛ける。
『おそらくな。軍人どもが使えるってことは戦闘職が関係してるんだろ? それっきゃない』
『ふーん。個人に移れる?』
『もちろん』
話はついた。
『ありがとー。みんな、バイバイー』
『バーイ』
場所を変えて個人取引に移る。今度は映像付きだが、相手は当然、変換アバターを使っていた。
「ブツを確認させて」
ゼレイも顔は変えている。
「こいつだ」
「なに? チップ?」
「ああ、こいつが『払い蜘蛛』らしい。俺も最初は嵌められたと思ったんだが、相手は本物だって貫き通しやがった」
指先につまんだ小さな物理メディアを示す。
「危ない橋渡るのね?」
「知るか。使うも使わないもあんたの自由。興味あんだろ?」
「わかった。買う。このポイントに飛ばして」
「ああ、アカウント確認させてもらったらすぐ飛ばしてやる」
集配ドローンの個人利用。それで怪しげな取引を成立させているらしい。
(こいつも引っ張らなきゃ駄目か。軽くお説教で済ませておいてあげるけどさ)
星間保安機構に手配する。
「キンゼイ」
通信を繋げる。
「どうした?」
「現物を掴んだ。画像を送るよ」
「チップだと? σ・ルーン……、チップ……、まさか?」
類推は彼と同じ結論に達するはず。
「思ったより危ない代物だったよ。早いうちに全部押さえたいね」
「うむ、臨検するしかあるまいな。どれくらい動員できるか」
「いや、ぼくらだけで行こう。逃したくない」
相手は軌道艦隊。それなりに数を揃えているだろうが仕方ない。星間平和維持軍艦隊を動かしていたら察知されるかもしれない。
(それでなくとも過敏になってるだろうし)
予想に難くない。
「居候、うち、役に立ったでしょ?」
「ああ、ベストだね」
にっこりと笑う。
「帰ったらたっぷり褒めてくれるようエルに言うからさ」
「やったー!」
「とりあえずなにが食べたい?」
ジュネはターミナルスポットのカフェにゼレイを連れていった。
次回『女優の秘密(1)』 「あなたもわたしもただ一人の女優であることを忘れない」




