足長蜘蛛(2)
キンゼイが協力者とバーに入ると、中はアルコールの匂いと喧騒に満ちていた。どこにでもあるような安くも高価くもない店。ただし、客層が他と違うだけだという。
「ラディックさん」
協力者が呼び掛けると男の一人が振り向く。
「お? なんだ、ミカネン、酒をたかりに来たのか?」
「違いますよ。例の件、伝手が見つかったんで連れてきたんですって」
「例の件? まさか」
男は彼の顔を見て隣の男と顔を見合わせている。
「冗談だろ? そんな、甘い台詞を吐いてたら金になるような奴が汚れ仕事するわきゃないじゃん」
「本当ですって」
「ええ、私が掃除屋です。ジャック・ギュスターと申します」
露骨な偽名を伝えるが、それは相手も承知している。誤魔化す必要もない。
「信じられるかよ。さっさとオーディション会場にでも行け」
にべもない。
「とんでもない。性に合いません。愛想ばかり振りまいていたら心が病んでしまいそうですよ」
「だからって裏稼業はないだろ?」
「こっちのほうが楽に稼げます。これも役に立ちますしね」
頭のσ・ルーンをコツコツと指で叩く。
「荒事もありってか? らしくないのによ」
「そうでもありませんよ。ご要望に応えられる機材は当方で揃っておりますので」
「マジか」
投影パネルをスワイプして回転させる。彼らには清掃業者のロゴの入った箱トラの数々や人型の小型作業機械が何機も並んでいる様子が見えている。
「本格的じゃないか」
男の面持ちが少し変わる。
「もちろん。偽装も万全でないとやっていられません。なにせ、普段のお客様は裏社会の方々。丁寧な仕事を求められます。あなたのような業種からの依頼などまずありません」
「だろうな。なるほど……」
「私はいつもどおりの仕事をするだけです。どうなさいますか?」
どちらでもかまわないと匂わせる。
「待て。こちとら夕べも処理に駆り出されて頭が回んねえんだよ」
「その割に良いお酒を飲んでいらっしゃいますが?」
「そうでもしなきゃ、やってらんねえの。事情知ってるんだからわかんだろが、情報屋」
協力者が目敏く指摘すると男は鼻を鳴らす。彼らにとって「情報屋」と呼ばれる協力者は見下しながらも、いなくてはならない存在なのだ。
「あいつら、狂ってやがんだ、一般市民を平気で殺しまわりやがってよ」
苦々しげに顔を歪めている。
「穏やかではありませんでしょうね。本来ならあなた方が守るべき市民が殺されているのに見てみぬフリをしなくてはなりません」
「わかるだろ?」
「それどころか、遺体の処理まで秘密裏に行われるよう命令されるわけですからね、警官の方々が。犯人確保だけにして、後始末はプロの我々に外注してはいかがですか?」
キンゼイは表は清掃業者を謳いながら、裏の死体処理業者に扮している。顧客にしようとしているのは都市警察の警官。払い蜘蛛案件で出る被害者の処分を担おうと持ち掛けている。
「周囲の封鎖から品物の回収、あとの清掃まで承っております。現場は元どおりにしてさしあげますよ?」
機材類はそのための道具。
「マシンはゴート宙区製の『ライトスキン』。ランドウォーカーの小型なものと同様です。σ・ルーン対応でスピーディーな作業が可能です」
「立派なもん、持ってんな。儲かってるじゃん」
「なにせ裏ですので」
わかるだろうと言わんばかりに目配せする。
「わかった。上司と相談する。たぶん契約だ。こんなんやってらんない。いつか露見する」
「でしょうね。ちなみにどれくらいの汚れ具合でしょうか? 清掃するにも手順がございますので」
「色々だ。相当派手なのもある。そこら中、真っ赤に染まってるような現場もな」
徐々に踏み込んでいく。あまり急ぎすぎれば違和感を覚えてしまうかもしれない。
「どの程度までの跡処理をお望みでしょうか?」
確認事項として尋ねる。
「見た目問題なければいい。管理局の耳に入ってる気配はない。軍が躍起になって収めようとしてるからな」
「おい、しゃべり過ぎだぞ」
「かまうもんか。奴ら、普段は裏で地べた這いまわる虫とか俺たちのことを言ってやがんだぜ。思いっきり貸し作ってやんなきゃ気がすまないじゃん」
同僚が諌めているが、アルコールのまわった警官は収まりがつかないらしい。
「お宮仕えは大変ですね?」
「わかってくれ。ついでに安くしてくれると助かるけどな」
「そう申されましても、当方もこれだけの機材を運用しております。それなりに経費は掛かってしまうものとご承知ください」
如何にもそれっぽく演出する。信用を得られれば相手の口も軽くなるというもの。
「頻度的にはどんな感じでしょう? 処理にはそれなりに時間が掛かってしまうものですので」
カマを掛ける。
「一晩で一、二件。いっても三件ってとこだ。前はそれどころじゃなかったんだが、軍幹部の脳筋どもも学習してきて、機動部隊の隊員の怪しげなのは非番でも降ろさないようにしてるみたいだ」
「その網をすり抜けているのですね? 根深いご様子で」
「手に負えない感じだな。蔓延してるらしい」
面白いキーワードが聞ける。
「蔓延? 私の聞いた話では、なにか実験が失敗した結果だということでしたが」
「元はな。だが、アレが広まっちまった以上、収拾つかないんじゃないかと思ってる。手を出すような輩が処分されるまではな」
「アレとは?」
「通称『払い蜘蛛』だ」
(どうやら私の予想とは違う方向へ事態が進行しているらしいな。通称『払い蜘蛛』とはなんだ?)
同僚が訝しげに目を細めてにらんできている。
キンゼイは聞き出せる限界が来たと感じて身を引いた。
◇ ◇ ◇
「以上が情報屋を脅して協力させて得られたものだ。そっちは?」
ジュネはキンゼイからの情報共有を聞いている。
「昼間の街中の様子はそんなでもなかったからね。これから夜に賑やかになる界隈を当たってみるさ」
「人に代わりはあるまい?」
「人口が違う。口さがない連中っていうのは街中じゃなくオンラインのほうに多いからね」
一度に情報を集めやすい。
「ぼくが口出しすると匂いがしそうだからさ、素人っぽいゼルに話し掛けてもらおうと思ってる。たぶん上手くいくんじゃないかな」
「ふむ、適材適所だな。彼女の飾らないところは食い付きがいいだろう。不用意に漏らさないよう君が監視しておけばいい」
「この男もうちをなんだと思ってるんですか。ステヴィア様が人が良いからっていつまでも騙してたら承知しませんから」
ゼレイが噛み付いていくから諌めておく。彼女にはフラットでいてもらわないといけない。
「そう言わず頼めるか」
キンゼイも折れる。
「あまり彼女に負担を掛けたくない。長引くと怪しまれて、業界にあらぬ噂が流れると困る」
「うちに任せなさい。今夜、全ての謎を解き明かしてみせます。真実はうちの進む道に転がっている」
「どこの刑事ドラマの台詞だい?」
ジュネはツッコむ。
「知らないんですか? 『夕暮れ探偵コニー・グットマン』の決め台詞じゃないですか。彼はそのへんの司法巡察官より優秀ですよ?」
「そんな人がいるんだったら、もうちょっと案件が減ってくれても良さそうなものなんだけどさ」
「世の中には人の数より多くの事件が転がっているです」
「矛盾してるな、おい!」
(まあ、このくらい世辞に通じてるほうが頼りになるんだけどね)
ジュネはゼレイにちょっとだけ期待した。
次回『足長蜘蛛(3)』 「最強ヒロイン登場か?」




